With me,With You.


  1

「だから、一緒に行かなくていいの!」
 あー、うるせえなぁ。
 でっかい駅でそんなでっかい声だしたら、響くだろうが。
「別にいいだろ、減るもんじゃなし」
 衣澄が俺の腕を引っ張って、切符の券売機に行こうとするのを止める。
「そういう問題じゃなくって……」
「周りの人たちも見てるぞ〜」
「……!!」
 衣澄が顔を赤くして、腕を握る力を弱めたその時、
「よいしょっと」
 俺は軽く腕を振りほどいて、自販機のほうに走っていった。
「ああっ、もう! 隆也のバカッ!」
 後ろのほうでまた衣澄が叫んでるけど、別に気にしない。
 新幹線用の券売機に駆け込むと、万札一枚と五千円札一枚を突っ込んで、液晶パネルに表示された目的地への切符を買う。
 午前九時二十一分発、ひかり号。
 行き先は――京都。

 事は昨晩、衣澄が家に電話してきたときから始まった。
「はい、高口です」
『あ、あの、遠藤ですが』
 コードレスホンを手にすると、受話器の向こうから衣澄の声が聞こえてきた。
「ああ、衣澄か。ちょうどよかった。お前のバイト、話ついたぜ」
『えっ?』
「お前の夏休みのバイトだよ。本屋のレジ打ち」
『えっ……』
「どうした? なんか都合でもあるのか?」
 衣澄の暗い声に、俺は思わず聞き返した。
『うん。ちょっと、里帰りしようと思って……』
「里帰り?」
『お姉ちゃんから電話があってね。ちょっと帰ろうかなって』
 電話の向こうの衣澄の声は、なんだか淡々としていた。
 いつもははっきりとした声で言うはずなんだけど……
「なんだよ、せっかく先輩からバイトを譲ってもらったのに」
『ごめんね』
「別にいいんだけどさ、用事があるなら」
『なんか、気を遣わせちゃったね』
「いや……」
 このとき……俺はふと、衣澄の様子が変ということに気付いた。
 いつもは活発で『ごめんごめん』と済ます衣澄が、こんなしおらしいことを言うはずがない。
『なあ……何かあったのか?』
『別に、何もないわよっ!』
「俺に隠し事か?」
『…………』
「俺に言えない事か? 別に言わなくてもいいけどさ、言いたくな……」
『ねえ、隆也』
「うん?」
『来ないの……』
 急に、恥ずかしそうな声で言う衣澄。
「……は?」
『アレが……』
「……え?」
 瞬間、俺の頭はまっさらになった。
 アレって……何だよ。
「あの、もしもし?」
『なに?』
「来ないって、あのー……」
『……月に一度の――』
 その後の言葉は、予想もつかないものだった。
 いわゆる、アレだ。その、二文字の……
 ……「生理」だ。
 しかも、だ。
 この状況で「生理が来ない」となると……考えられるのは「妊娠」しかない。
「……嘘だろ?」
『……ほんと』
 ほんの少しの望みさえ粉々にされる答え。
「おい」
 こんなこと、信じたくなんかない。
 でも……確かに心当たりはある。
 たった一度の過ち。
 俺が酒を飲んで、その勢いで……
『……今日、病院行ってきたら、三ヶ月だって』
「うそ……」
 その時、俺の頭の中に「責任」という言葉が重くのしかかってきた。

 そして、衣澄は京都に帰ると言い出した。
 気持ちの整理もつけたいってことだったけど、それ以上に俺と会いたくないというのが言葉から感じ取れた。
 俺はそれを止めようとしたけど、結局衣澄の結論は変わらず。
 その後「明日すぐに出発する」とあっけなく電話を切られたけど、俺はめげずに部屋にあった時刻表を手にした。
 衣澄の性格を考えながら、部屋の片隅の片隅に置いてあった時刻表をめくっていく。
 のぞみよりひかりを好んで使うドケチさ。
 待ち合わせ時間の三十分前から来ているせっかちさ。
 そして、夜は早く寝る昼行性。
 そこから割り出した時間に、俺は衣澄を捕らえることが出来た。

 結果として、俺はこうして新幹線の中にいる。
 まあ、確かにひかり号は安いしまあまあ速い。唯一の計算違いと言えば、衣澄が朝も早くから行動したことだ。
 まったく、朝っぱらから駅で張っていて良かったよ……
 衣澄の行動パターンを把握できたし、遠藤衣澄専門家を名乗れるな、俺。
 その衣澄は、隣の車両の端のほうの席で、俺に背を向けて座っている。
 まあ、無理もないか。
 突然こんなことになったんだし、心の準備だって出来てないはずだ。
 今は、そっとしとこう。
 俺だって、まだ何の準備もできてない。
 正直言えば、衣澄の両親に会うのは一番怖い。何を言われるか、わかったもんじゃないからなぁ。
 あの衣澄の両親だし……

「あんた、どいてや!」
 俺が二回生に上がって幾日か経った頃。
 学食の食券を買うのにもたついていた俺に飛んできた罵声。
 振り返れば、俺より背がひとまわりも小さい女の子が俺のことを見上げている。
 思えば、衣澄が俺に初めてかけてきた言葉がこれだった。
 突然のことだったし、耳慣れない関西弁のイントネーションだったから、俺は思わず笑ってしまった。
 その時、
「……バカにしてるんか?」
 と言って、張り手を俺の右頬に飛ばした事は、今でも忘れられない。
 その後、衣澄は俺に事あるごとにつっかかってきて、俺を殴り飛ばしたことだってある。
 まあ、変な風に女にちょっかい出した俺が悪いんだけど……いつの間にか、それが俺と衣澄の日常風景になっていた。
 だんだん変わったことといえば、俺が女にちょっかい出さなくなった事と、衣澄が関西弁を使わなくなった事だ。
 いつ頃からこういう関係になったのかは覚えてない。
 こんな事になったのだって、物のはずみで……酒の勢いっていう物もあったから、それに、興味だってあったし……

 パンッ!

「痛っ!」
 俺の頬に、鈍い衝撃が走る。
 横を見ると、衣澄が丸めた雑誌を手にして、怒ったように立っていた。
「なにボーっとしてるの、もう京都よ」
「え?」
 言われて外を見ると、新幹線が京都駅に着いたところだった。
「あっ、ごめん」
 そう言ったときには、衣澄はもう外に出ようとしていた。
 焦った俺は、スポーツバッグをひっ掴んで、衣澄を追うように急いで電車から降りた。
「まったく……世話が焼けるんだから」
 衣澄はそう言って、俺を捲くようにそそくさと階段を下りていった。
 いつもの衣澄と変わらないよな。
 でも……ちょっと雰囲気が違う気もする。
 俺はそう思いながら、衣澄の姿を見失わないよう、必死に衣澄を追いかけた。

  2

「……うわ」
 京都駅から、歩いて二十分。
 中央通りから大きく外れたところにそれはあった。
 檜の立派な門構えに、家を囲んでいる大きな垣根。
 その中には、がっしりとした作りの木造二階建ての家。

 ギィッ……

 衣澄が扉を開けると、そこには昔ながらな木造の引き戸があった。
 ほんと、豪華な家だよ……
 俺がボーっとしてると、衣澄が少し振り向きながら引き戸を開けた。

 ガラガラガラッ

 そして、俺に中に入るように促す。
「あ、ああ」
 俺も、衣澄を追うようにして中に入る。
 ……うわ。
 玄関も広い。
 だいたい、見た目三畳ってところか。
 一体、ここの家主ってどんな人だろう。
 衣澄の親ってことは、きっと荒っぽいか、厳格かのどっちかだよな……
「ただいまぁ!」
 その衣澄の言葉に、一瞬すくみ上がる。
 俺はあわてて姿勢を正して、廊下の突き当たりをじっと見つめた。
「お帰りなさい」
 ……あれ?
 想像と違った、明るい女性の声。
 それとともに、奥のほうから着物を着た女性がしずしずと歩いてきた。
「ただいま、姉ちゃん」
 その女性に向けて、明るく挨拶する衣澄。
 姉ちゃん……?
 確かに、女の人は衣澄とよく似た顔立ちをしている。
 違うのは、表情が穏やかっていうことと、髪を腰まで伸ばしているところか。
「あらあら、よくいらっしゃいましたね」
 衣澄のお姉さんが、俺に笑顔でお辞儀した。
「あっ、ど、どうも」
 ならって、俺も慌ててお辞儀する。
 衣澄が新幹線の中で電話してたのって、このお姉さんにだったのかな。
「姉ちゃん……わざわざそないな男に挨拶なんかせえへんでええんよ」
 対称的に、ぶっきらぼうに言いながら靴を脱ぎ揃える衣澄。
「荷物、置いてくるわ」
 俺のほうを振り向きもせず、衣澄はそそくさ二階へと上がっていった。
「いつもすいませんね、衣澄が迷惑かけて」
 俺が呆然と衣澄を見送っていると、女の人……お姉さんが苦笑しながら、俺にまた深々とお辞儀をしてきた。
「いえ、こっちこそいろいろ迷惑かけちゃってるみたいで」
「私、衣澄の姉の遠藤優佳いいます。これから色々と、よろしゅうお願いします」
「あっ、俺、高口隆也って言います。今回は、どうも」
「ふふふっ」
 なんだか、面白そうに笑う優佳さん。
「高口さん、そんなに硬くならないでもいいんですよ」
「えっ?」
「いえいえ、先ほどからなんだか緊張されてるみたいですから」
「あ……」
 見ると、確かに俺は綺麗な「気を付け」の格好をしていた。
 俺は体の力を抜いて、楽な姿勢に戻した。
「わっ、わざわざすいません」
「しかし、急に里帰りする言うから、何も用意できんかったんですけど」
「おかまいなく。俺、近くのホテルで泊まろうと思ってますから」
「そんなこと言わんで……部屋は、用意してありますから。
 まあ、どうぞお上がり下さい」
「あ、はい」
 俺は靴を脱ぎ揃えると、優佳さんに促されて廊下を進んでいった。
「こちらへ」
 優佳さんに通され、部屋の中に入る。
「……うわぁ」
 入った瞬間、思わず情けない声を上げてしまう。
 見ただけで圧倒される広さ……何畳なんて、両手だけじゃ数えられない。
 高い天井には梁が通っていて、置いてあるテーブルも木目調のしっかりしたもの。
 普通に生活してたら……じーちゃんが死んだときの寺でしか見られないぞ、こんなの。
「どうぞ、お座りください」
「ど、どうも」
 優佳さんの勧めに従って、静かに座布団に座る。
 それにしても……凄すぎる。
 衣澄って、本当にこの家の住人なのか?
 廊下も綺麗な造りだったし、昔ながらの名のある家って感じだし……それに、清楚な優佳さんの振る舞いを見ていると、なおさらそう思う。
 けど、ここに来てからの衣澄の行動を見ると信じるしかないんだろうな。
 衣澄は、お嬢様だってことを。
「どうぞ」
 お姉さんが、麦茶の入ったコップをテーブルに置いて、向かいの座布団に座った。
「あっ、ありがとうございます」
 俺は軽くお辞儀して、麦茶を一口飲んだ。
 冷たくて、ちょっと苦い喉ごし。
 改めてそれを飲み下していくにつれ、気分が少しずつ落ち着いてきたような気がした。
「ふぅ……」
「少しは、落ち着かれましたか?」
「えっ? あ、はい」
 み、見透かされてるのかな?
 笑顔で俺を見ている優佳さんを見て、俺はそんなことを考えた。
「衣澄から、高口さんのことはよく聞いてますよ」
「そ、そうでですか」
「変だけど面白い人だって、電話で言ってましたから」
「はっ……ははは……」
 あいつってば、余計なことを……
 だけど、一通りのことは知っているようで、ちょっと安心した。
「でも、衣澄がそういうことを言うのって、珍しいんですよ」
「へえ」
「あの子、あまり同年代の人と接することがありませんでしたから。
 むしろ、人見知りをするタイプでしたし」
「は、はあ」
 ――冗談だろ?
 学校での振る舞いを思い出して、心の中で呟く。
「最初電話で聞いたときは信じられませんでした、恋人が出来たなんて。
 それに、なんだか嬉しそうに言うものだから」
「え?」
 う、嬉しそうに?
「何か?」
「いや、失礼にあたるかもしれませんけど……衣澄さんって、俺とか別の人の前で、あまり嬉しいとかそういう顔しないんですよ。いつも、なんだかムッとしてて」
 俺の言葉を聞いた優佳さんは、軽く吹き出して笑い出した。
「ふふっ……そういうところは相変わらずなんですね、あの子」
「はい?」
「あの子、照れたりするとすぐに反抗的な態度になるんですよ。さっきも、そうだったでしょう?」
「確かに、そうですね」
「小さい頃から、衣澄はああなんです。
 私が衣澄と二人で暮らすようになってからも、ずっと変わりませんでしたし、学校でも友達はあまりいなかったみたいですから」
 ふうん……って、えっ?
「ゆ、優佳さんと衣澄さんの二人って……ご両親は?」
 俺の言葉に、優佳さんの表情がわずかにかげったように見えた。
「両親は……交通事故で既に早世してます。高校三年の時から、私は衣澄と二人暮らしをしていましたから」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「別に大丈夫ですよ。もう心の整理はついてますし」
「は、はい」
 俺の失言を、微笑んで済ます優佳さん。
 これを、大人の余裕っていうんだろうな。
「それがまさか、恋人ができるなんて……思ってもいませんでしたよ。このまま私に頼ったままなんじゃないかって」
「そうなんですか……あいつ、そんな……」
 そう呟いた瞬間、

 ごすっ!

「がっ!?」
 突然、俺の側頭部に辞書――しかも、広辞苑が真横から直撃してきた。
「二人とも何変な事言ってんねん!」
「い、衣澄……」
 なんとか首をまわすと、居間の入り口で、衣澄が鬼のような形相をしてこっちを睨んでいた。
「まったく、うちがおらんと油断もスキもありゃしない……」
「衣澄、なんて事するの!?」
「隆也が変なこといいくさった事のバツや! それに、姉ちゃんも姉ちゃんやっちゅうねん、ウチはウチで別に平気なんやから……」
 その後もぐちぐちと呟く衣澄。
 まるで、出会ったあの時みたいだ……
「あーっ、もう! むしゃくしゃするわ……姉ちゃん、ウチ出かけてくるわ」
「どこへ?」
「三年坂に買い物! 隆也はついてけえへんでええからな!」
「あっ、衣澄!」
 俺が止める間もなく、衣澄は駆け出していってしまった。
 しかも、まだ衝撃が頭に響いてるし……
「まったくもう。大丈夫ですか? 高口さん」
「あ……一応、大丈夫です。
 ところで、三年坂ってなんです?」
 俺は広辞苑が直撃したところをさすって、座り直した。
「清水寺への参道のことです。うちに来る途中に見たと思いますけど、坂になっているでしょう?」
「はい、あの店がいっぱいあるところですよね」
「亡くなった母がよく行っていたんですけど、あそこは別名『産寧坂』と呼ばれてて、安産祈願を願う場所でもあるんです。私たちが生まれる前にも、母はよくあそこを歩いていたって言ってました」
「はあ……」
 俺がそう言って、ため息をついてから……しばらくの間、沈黙が流れた。
 優佳さんが、無言のまま麦茶を注いでくれる。
 それを、俺は少しずつ飲んでいく。
 とても、静かな場所。
 聞こえる物音っていったら、扇風機の音ぐらいだ。
 こんなに静かなところで、二人きりで過ごしていたのか……
「衣澄に……ついていかなくてもいいんですか?」
「え?」
 麦茶を飲み干したのと同時に、優佳さんが声をかけてくる。
「高口さん、『お父さん』になるんでしょう?」
 ……っ!
 いきなりの優佳さんの言葉に、俺は手にしていたコップを落としそうになった。
「なっ、なんで……」
「ふふっ」
 何事もなかったように笑う優佳さん。
「……い、衣澄が言ったんですか?」
「いえ、あの子は何も言ってません。
 でも、私はずっとあの子と暮らしていたんですから、そのくらいの変化ならすぐ解ります。
 今日、ここに来たのも、そのことだったんでしょう?」
「……はい。
 あの……怒っていますよね?」
「何をです?」
「妹さんを、傷つけるような……そんな真似をしまったんですから」
 俺ははたかれることを覚悟して、目をつむった。
「……傷つけてはいませんよ」
「えっ?」
「少なくとも、あの子にとっては……あの態度ですから、周りには幸せそうには見えないかもしれませんけどね」
 軽く顔を上げると、優佳さんは苦笑いしていた。
「でも、あの子が昨日電話してきたとき、ちょっとはわかりましたよ」
「……どういうことを言ってました?」
「『うち、むっちゃ幸せや』って。
 私がいままでに聞いたことがないぐらい、明るい声で」
「そんなこと言ったんですか?」
「ええ、本当に幸せそうに……だから、京都に帰ってきたんでしょうね。さっき、三年坂に行ってくるって言ったのもそうでしょう」
「そうですか……」
 そっか。
 衣澄、本当は喜んでたのか……
「優佳さん」
「はい?」
「本当に……」
 俺は後ずさって、
「すいませんでしたっ!」
 畳に頭を擦りつけるように土下座をした。
 優佳さんのたった一人の妹を、傷つけてしまったこと。
 俺は、それを認めて償わなきゃいけない。
 今できることは、たったこれだけだけど……
「……高口さん」
「……はい」
「あなたには、そういうことよりも他にすることがあるんじゃないですか?
 あの子の側にいてあげることが、今一番しなければいけないことなんじゃないですか?」
「優佳さん……」
 顔を上げると、優佳さんが微笑んでいた。
「さあ、追ってあげてください。きっとあの子、あなたのこと待ってますよ」
「そうですねっ、わかりました!」
 その言葉につられて、俺も笑顔で答えた。
 本当に凄いお姉さんだと、俺は心の底から思った。
 ……鋭くて、でも、とっても優しくて。
 衣澄も俺も、幸せ者だ。

 俺は急いで外へと出て、衣澄を追いかけた。
 ここから三年坂まで、そう遠くはない。
 走れば、十分衣澄に追いつけるだろう。

 そして、坂の手前で衣澄の後ろ姿が見えてきた。
 あいつは、ゆっくりと歩いてる。
 俺は走るのをやめて、早足であいつに近づいた。
「……まったく、お前一人で抱えてどうするんだよ」
 ぼそっと、衣澄の後ろに立って呟く俺。
 衣澄は振り返ると、俺を不思議そうに見て……
「来るなって言ったでしょ!?」
 そう、怒鳴ってきた。
 俺の前でしか使わない標準語で。
「いいだろ、お前だけの子供じゃないんだから」
 言った瞬間、俺の顔も衣澄の顔も真っ赤になった。
「……ま、それもそうだけど」
「俺にだって、子供が健康に生まれてくるのを願う権利はあるだろ」
「…………」
 ゆっくり、ためらうようにうなずく衣澄。
 まったく、素直じゃねえな。
「だからさ、一緒にゆっくり坂を上ろうぜ」
「……別に、いいけど」
 顔を赤くしたまま、衣澄が毒づく。
 そして、突然俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「そのかわり、たまにはこうさせてよね」
 悪態をつきながら、ちょっと視線をそらして……
 衣澄らしいや、やっぱ。
「少しだけだぞ」
「ふんっ」
 そして、俺達はゆっくりと坂を歩き出した。
 これからを暗示するように、長く、高い坂を。


<あとがき>

 どうも、鷹取かずきです。
 この小説は、1998年7月に執筆・発表した「With me, With you.」を大幅に加筆・改訂してものです。以前のバージョンは描写不足なところもあったので、今回続編を書くにあたって改訂しました。

 今では人様のHPのマスコットキャラにもなってしまい、一人歩きした感のある衣澄ですが、やっぱりこうやって書いてみるととても楽しくて、大好きなキャラだというのを再確認することができました。
 元々はフジテレビで放送している「月9」(月曜夜9時から放送しているドラマ枠のこと)を意識して書いてみたものなのですが、今やそれも逸脱してしまっているような……独特な世界をこの先も書いていけたらと思います。

 この作品を改訂するにあたりまして、試読していただいたはぐさん、そして衣澄のキャラを描いていただいた佐瀬幸広さんに深く感謝いたします。

 それでは、引き続き第2話をお楽しみください。

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