あした


鷹取かずき









 空を、そっと見上げてみる。
 抜けるような青空が、そこには広がっていた。
 とても広くて……両手には収まりきらないほど。
 いいお天気。
 あたしはそう思いながら、にっこり笑った。

「おまたせっ!」
 最初会ったときから変わらなかった、おどけた声。
 その声を、あたしは毎週日曜の朝に何度も聞いていた。
「遅いぞっ!」
 あたしも、おどけたみたいに言っていた。
 これが、あたしたちのいつもの挨拶。
 その後は、お決まりみたいに服を引っ張ったり、髪を引っ張ったりしてじゃれていたっけ。

 雨の日曜は会わなかった。
「俺、雨の日って苦手なんだよ」
 一度、雨の中で会ったとき、あの人はそう言ってた。
 最初は付き合ってくれたけど、あの人はあまり元気なかったみたいだった。
 だから、いつからか電話だけになった。
 晴れた日曜、また会えるんだからって。

 風が優しくて、気持ちいい。
 こんなに、いい天気なのに。
 どうして、あなたはいないんだろうね。

 疲れたみたいな電話の声。
 それでもあなたは、日曜になるとこの公園に来ていた。
 あたしも、ね。
 たまに疲れた顔して、ため息ついたりして。
「大丈夫?」
 そう言っても、大丈夫って言ったんだよね。
 疲れた笑顔で「大丈夫、元気だよ」って。
 ……嘘ついたら、いけないんだぞっ。

 優しい嘘。
 このお日様みたいに優しくて、だれも傷つけない嘘。
 笑って許せた、そんな一言。
 けどね。
 最後の嘘は……優しくなかったね。

「明日、晴れるな」
 ベッドに横になりながら、あなたはそう言った。
「嘘だよ」
 あたしはどんよりとした雲を見ながら、口をとがらせた。
「本当だ」
「嘘だよっ」
「いつも言ってるだろ。明日は晴れるって」
 明日は、晴れる。
 あの人が、いつもお出かけからの帰り際に言う言葉。
 夕焼けを見たり、星空を見たりすると、そんなことをあの人は呟いていた。
 透明のカーテンの中でも、あの人はそんなことを言っていた。
 疲れ切った目で、だけど、力強く。

 晴れた日は大好き。
 雨の日は嫌い。
 晴れた日は、笑顔になれる。
 雨の日は、気持ちが沈む。
 あの人が言った嘘は、現実にはならなかった。
 結局、雨だったもん。
 とても悲しい雨。
 文句、言おうとしたんだよ。
 だけど、もう言えなかった。
 だって……
 もう、あなたは嘘も、言葉も言えなかったんだもの。
 だから、あたしは雨の中にずっといたの。
 雨の中で、悲しさを流したかったから。
 そして、いつか晴れるまで待ちたくて。

「明日は、晴れるよね」
 あの人の言葉を、あたしなりに言ってみる。
 明日。
 あたしにはある明日。
 だけど、あの人にはもうない。
 もう来ないはずの明日だけど……

 あの人の明日は、晴れていたのかな。

 あの日から、もうこんなに経つ。
『おまたせっ!』
 なんだか、あなたがそう言って走ってくるみたいな天気。
 あの日々と、同じような天気。
 あたしと、あの人が大好きな天気。

 あたしはずっと雨の中にいた。
 悲しい雨の中。
 だけど、あの人はいつも言ってくれたよね。
「きっと晴れるから」
 お日様のように……
 優しい笑顔で。

 一年前の「明日」は雨。
 一年後の「明日」は晴れ。
 明日……晴れたね。
 それとも……
 この青空が、あなたからのプレゼントなのかな。
 今、この広い空にいるあなたから、
 雨の中で、陽射しを待ってたあたしへの。

「明日、晴れるよね」
 あなたが言ってくれた言葉。
 あたしは、その言葉が大好き。
 いくら雨が降っても、いつかは晴れるんだから。
 明日のことを信じていれば。

 あたしは、あの人が眠ってる場所へ歩き出した。
 明日っていうことを教えてくれた、あの人のところへ。
 お礼代わりの、花束を持って。


 明日はあるから。
 どんな形でも、きっと。


 あしたはきっとくる。





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