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● ふたりの足跡 - アキハバラ1988 - --- 前編「はるか、とおく」 ●

『あーかがみー、明日ってヒマかい?』
「何よ、電話してきたと思ったら藪から棒に」
『いやーちょっとヒマしちゃってさー。どだい? 久しぶりにアキバでも』
「まあ、私もヒマはヒマだけど。またショップ巡りでもするつもり?」
『んにゃー、そこはかがみの行きたいところも行きますヨ? 誘ってるのは私だし』
「へえ、あんたにしちゃ珍しいわね。つかさは補習で来れないけど、それでもいいなら」
『じゃ、朝9時に糟日部駅のホームで待ち合わせってことで』
「うん、わかった」

 いつもと変わらない、こなたからの他愛ないお誘い。
 普通のお出かけになると思ってたのに……まさか、あんなことに巻き込まれるなんて、想像すらしてなかった。






ふたりの足跡
- アキハバラ1988 -

前編「はるか、とおく」

from "らき☆すた - Lucky☆Star -"

Written by Kazuki Takatori






『次は、二の割、二の割です』
「やー、やっぱり日曜は空いてるなー」
「いつもだったら人がいっぱいで息苦しいのにね」
 自動放送のアナウンスを聞きながら、私とこなたは座席に座った。
 前の駅で始発だったのか、この車両にいるのは私とこなただけ。他の車両も、人の姿はまばらだった。
「それにしても、突然秋葉原に行こうって珍しいわね。いつも学校で誘ってくるのに」
「んー、いろいろ思うところがありまして」
 頬をかりかりかきながら、苦笑いするこなた。
「思うところ?」
「たまには親孝行でもしようかなってね」
「親孝行って、おじさんに?」
「そ。お父さんも一人でいろいろ頑張ってるし、お疲れさまってことでたまにはプレゼントの一つでもしなきゃって思って」
「へえ、あんたにしては殊勝な心がけじゃない」
 こなたのお父さん――そうじろうさんは、こなたのことを生まれてからすぐ、ずっと一人で育ててきたらしい。確かに、男手一つで女の子を育てるってのは大変なことだろうから、こなたの考えもよくわかる。
「それで、どうして私を誘ったわけ?」
「いやー、ほら、私だけじゃギャルゲー買ってはーいって終わっちゃいそうだからさ」
「そういう考えを自重すればいいんでしょうがっ」
 そうじろうさん、本当にこいつはそうじろうさんそっくりですね。
「そういう……なんてーのかな、『プレイしたー、終わったー』ってのじゃなくて、手元に残るものをプレゼントしてあげたいわけですよ」
「まあ、確かにゲームは終わったら本当にそれまでだものね」
「それで、たまには他の分野からのアドバイスなんかも欲しいなーって」
 いつもののほほんとした顔じゃなく、どこか真面目な表情のこなた。
 こいつはこいつなりに、ちゃんといろいろ考えてるんだ。
「だから私を呼んだってわけだ」
「そゆことそゆこと」
「それなら、早めに言ってくれれば良かったじゃない」
「やー、そこらへんも色々迷いまして」
「迷った?」
 私が聞き返すと、こなたの表情に少し影がさした。
「私の誕生日ってさ、5月28日でしょ?」
「ついこないだね」
「それから一週間ぐらいしてさ」
 こなたは一言、呟くようにして――

「お母さんの命日なんだよ」

「えっ……」
 確かに、それとなくこなたが言っていたことがある。『すごく小さいとき、お母さんが死んだ』って。
「私を生んでしばらくして、産後の肥立ち、っていうのかな。それが悪くなっちゃったらしくて。それでこの時期って、お父さんは祝ってくれたりするけど、ちょっとブルー入っちゃってるんだ」
 最初にこのことを話したときは、こなたはさらっと流していたけど……やっぱり、こなたの心にも、そうじろうさんの心にも影を落としてるんだ。
「そっか……」
「だけど、お父さんの百面相を見るのも飽きたし、そろそろエサでもやって元気になってもらわなきゃって思って」
「あんたのお父さんはどこかのペットか!」
「ほら、め○ん一刻の犬みたいな」
「それは惣一郎さんでしょ!」
 こいつってば、ホントすぐコロコロ変わるんだから!
 でも、こなたはそういちろうさん……じゃなくて、そうじろうさんのことが大好きだっていうことはよくわかった。
「にゃはははは……ふぁ〜」
「なによ、あくびなんかしちゃって」
「いやー、何がいいかなーってネット巡ってたら朝方になっちゃってまして」
「はっ? もしかして、あんた眠ってないの!?」
 確かに、よくみたらこなたの目の下にはちょっとくまがあるけど……あんた、どこまでそうじろうさんが好きなのよ。
「ま、そんなとこで。だからかがみ、アキバについたら起こしてくれる?」
「しょうがないわね。いいわよ、まだ一時間ぐらいかかるし」
「んじゃ、おやすみなさ〜い……ぐー」
 こら、すぐ寝るなんてあんたどこののび太だ。
 おでこをつついてもぴくりともしないし……あーもう、しょうがないわね。
 肩に頬のぬくもりと、体にがたんごとんという揺れを感じながら、私はこいつの枕になってやることにした。

*  *  *
 
 
 ――はばら、次は、秋葉原です。JR総武線、山手線はお乗り換えです。
 
「ふぁ……?」
 あれっ……あれ? 私、眠っちゃってた?
 外は真っ暗ってことは地下だし、さっき次は秋葉原って言ってたわよね。
 こいつは……あー、もうぐっすり。まだ私の肩を枕にしてるよ。でも、さすがにそろそろ起こしとかないと。
「こなたー。そろそろつくわよ」
「ん〜、あと三十分……」
 何をベタなこと言ってるのよ。しかも微妙に長いし。
「あーもー……ていっ」
「いたっ!」
 私のデコピン一閃で、こなたは弾かれるように身を起こした。
「うー……なにすんのさー、せっかく人がぐっすり寝てるってのにー」
「別に寝ててもいいけど、次なんだからとっとと起きなさい」
「もう着くのかー……ところでかがみ」
「なに?」
「なんか、ちょっと暑くない?」
「そりゃ夏なんだから、ちょっとは暑いでしょ? 冷房が入ってるならともか――」
 あれ? 冷房?
 上を見ると、あるはずの冷房が無い。というか、窓が所々開いててそこから風が入ってきてる。
 冷房が壊れたってわけじゃなく、最初から無いって……どうして? 寝る前まではあったのに……



『まもなく、秋葉原、秋葉原です。降り口は左側です』
 渋い声のアナウンスが、車内に響く……って、これもさっきは自動放送じゃなかった?
 頭の中が混乱したまま、電車はだんだんスピードを落としてホームに滑り込んでいく。
「うわっ」
 窓から見るホームまで、私の記憶と全然違う。
「おわっ、なんかホームがぼろっちいですケド?!」
 こなたもびびったみたいで、なんか大げさに仰け反ってる。
 確かに壁はタイル貼りじゃないし、所々ひび割れてるし……絶対、こなたじゃなくても驚く。
「と、とりあえず降りましょ。ね」
「う、うん」
 とにかく、今は事態を把握することが先だもの。
 ドアが開いて、私はこなたと一緒にホームに降り立った。
「げっ」
「うおっ」
 いや、降りたらちょっとは現状把握が出来ると思ったけど……その、甘かった。
 ホームは車内から見た以上にボロボロ。行き先表示は電気式じゃなくてパタパタ式。そしてトドメが……
「私、クリーム色の電車なんて初めて見たよ」
「私も……って、私らが乗ったのと違う!」
 ドアが閉まって走っていく電車は、今の東京メトロや棟武線で見たことがないクリーム色の電車。しかも、向かいのホームに停まってるのはドアの窓が高い……うっすらと、私が小さい頃の記憶に残っている電車。
 わからない。こんなのわからない。私たちの記憶と全然違う。なんで、こんなところに私たちがいるの?
 だめ、混乱しちゃって、何がなんだか――
「い、行こっか。かがみ」
「あっ」
 不安そうに私を見上げながら、こなたが手をぎゅっと握ってきた。
 こなたも、突然こんな所に来て戸惑っているんだ。
「そ、そうね」
 私もこなたの手をぎゅっと握り返しながら、記憶を頼りに階段を上がっていった。
 でも、上がったその先も未知の世界。自動改札じゃないのに、誰もいない改札。さっき一緒に降りていった人は、その中にポイポイときっぷを放り込んでいた。
「うわー、なんて懐かしい……」
「というか、これって夢なのかね。夢しかないわよね」
 驚く私と、苦笑いしているこなた。
 でも、確かにこれって夢っていうか――
「あ」
「どしたの?」
「えーと……あれ、あれ」
「あれって……?!」
 こなたが指さす先には、パタパタ式のカレンダー。
 確か、今日は6月。6月は合ってて、3日のはずなんだけど……いや、その前に、

”1988年 6月5日”

 って!?
 
 



「「あんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ?!」」
 
 
 



 一通り絶叫した私たちは、周りの視線に耐えきれなくなって階段を駆け上がった。
 本来ならちょこっとした広場があるはずなのに、それも無くて書泉ブックタワーも無い。いや、建物はあるんだけど、中はフツーの電機店で……私の記憶とは、全然違う。
「いやー、まさかホントに88年に来ちゃうとは」
「なに落ち着いてんのよあんたはっ!」
 さっきの不安げな顔とは打って変わって、お気楽極楽にのほほんと笑ってるこなた。
 こいつの順応力には、ホント頭が下がるわ……
「しょーがないじゃん。夢だったら夢で面白いしさ、なるよーになるって」
「まあ、夢だったらそりゃ夢のほうがいいけど」
 現実にこんなことが起きてたら、精神力が何千何万あったって足りないわよ。
「とにかく、昔のアキバをエンジョイってことで」
「いっぺんあんたのほっぺたつねってみよっか。そしたら目が覚めるかもしれないし」
「さっきのデコピンでもう十分だって。もー、かがみのいけず」
「いけずってあんたね。目が覚めたら中目黒につきましたーなんてことにでもなったら」
「それはそれ、これはこれ。別に折り返せばいいじゃん」
 強引なワタクシ様論を展開しながら、こなたが握っている私の手ごと腕をぶんぶん振り回す。
「あーもー、マイペースにもほどがあるっての」
 でも、さっきまでの不安はちょっとずつ小さくなってて……繋いでくれてるこなたの手が、私と一緒にいてくれるんだって安心させてくれた。
「とはいえ、どっから行こうかねー」
「私はこの時代のことはよくわからないから、あんたに任せるわ」
「私もさすがにこの時代のことはー……」
 そうのんびりと言ったこなたの言葉が、不意に止まる。
「なに、どしたの?」
 ふと見下ろすと、こなたがある一点を見つめて固まっていた。
 私もつられてその方向を見てみると……


「いやー、やっぱりちょっと暑いな……大丈夫か? かなた」
「大丈夫よ。帽子もちゃんと被ったもの」


 地下鉄の出口から出てきたのは、アホ毛の無いこなたと、無精髭が無くて若々しいそうじろうさん……って、あれ? ここにいるのはこなたで、そうじろうさんは家にいるはずで。
 ――ダメデスヨソウジロウサンコナタソックリダカラッテユウカイシチャエカナタサンデスカソウデスカ――
 一瞬、頭の中をぐるっとそんな字幕が渦巻いたけど、これって……もしかして……
 
 
 
「お、おかーさむぐぅぅぅぅぅぅぅ!?!?!?!!!?」
 私は絶叫しかけたこなたを担いで、岩本町方向へダッシュを仕掛けた。
 
 
 
「ぷはっ! な、なにすんのさかがみ!」
「なにすんのじゃないっ! 絶叫して気付かれでもしたらどうすんのよ!」
 岩本町駅前まで運んだこなたに噛みつかれて、私はすぐにたしなめるように言い返す。
「別に気付かれてもいいじゃん! だって……お父さんと……お父さんと……」
 まるで、言いたい言葉だけど言い慣れていないみたいに、こなたの声がだんだん小さくなっていく。
「ちょっとは考えてみなさい。いくら夢の中でも、いきなり『お母さん』って言って飛び出したって、変な目で見られるだけよ。こなたはそれでもいいの?」
「うっ、それは……」
「ね。だから、まずは整理しましょ。
 ここは88年の秋葉原。そして、さっき見かけた二人は若い日のそうじろうさんと――」
「……お母さん」
 感慨深そうに、こなたは小さく、でもはっきりと呟いた。
 亡くなったはずの、こなたのお母さん――かなたさん。その人が今、私たちの間近にいる。
「そう……」
 とても小さい背に、長い青がかった髪の毛。
 一瞬見ただけでも、隣にいるこなたと見間違えそうな姿だった。
「で、こなたはどうしたい?」
「え?」
「どうしたいって聞いてるの」
「どうしたいって言われても、会っちゃだめなんじゃ……」
「そうは言ってないでしょ。いきなり会って、お母さんって言うのはどうかってこと。
 それ以外だったら、あの二人のことをジャマさえしなければいいんじゃないの?」
 私だって、ここでこなたをかなたさんと引き離すほど鬼じゃない。逝ってしまった人と会いたいのは当然のことだし、それをこなたは強く望んでる。
 私はただ、最悪の結末を避けたいだけ。
「それ以外って?」
「うーん、こういうのはあんま気が進まないけど……
 その……なんというか……こっそり後をつけて、見守ってみるとか」
 私の呟きがだんだん小さくなっていくのに対して、だんだん目がきらきらと輝いていくこなた。
「うんっ! それいい! それいいね!」
 ぶんぶんと何回も頷きながら、こなたは私の手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねた。
 よかった、いつものこなたに戻って……って、ホントに私ってばこいつ中心に振り回されてるわ。
 まあ、そう愚痴るのも今更か。乗りかかった船なんだし。
「でも、これからまたあの二人を捜さないといけないか」
「あ、それだったら私にすっごい心当たりが」
「へ?」
 そう言うと、こなたはまた私の手を取ってさっきの道を戻り始めた。
「小さい頃ね、お父さんが私の手を繋いで連れてってくれたルートがあって、いつだったか『ここはお母さんとのデートコースだったんだ』って言ってたから」
「そいつはまた、秋葉原なんて華の無いデートコースで」
 いやまあ、そうじろうさんらしいったらそうじろうさんらしいかもしれないけど……デートコースってのは、ちょっと……ねぇ?
「そんじゃ、私は悟られないようにこれを被ってと」
 バッグから帽子を取って、こなたが深々とそれを被る。
「かがみもさ、ツインテールからポニテにしてみなよ」
「なんで私まで。別に誰も知らないだろうし」
「いやー気分気分。それに私、実はポニテ萌えなんだ」
「あんたはどこぞの北高生か!」
 すっかり元通りになったのはいいけど、やっぱり疲れるわ。こいつの世話は。
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