※このSSは
ホントの気持ち、ホントのお気に入りの続きとなりますので、先にそちらを読んでおくとより一層お楽しみになれるかと思います。
――許せない。
――絶対、許さない。
――私の大事なものを……
――私の大事な、かがみのものを……!
「かえせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
プリンセス・ブレイブ!
from "らき☆すた - Lucky☆Star -"
Written by Kazuki Takatori
それは、数分前のこと。
私とかがみとつかさは、久しぶりにアキバをぶらぶらしに来てた。
いつものようにDVDを買ったり、モスでおしゃべりしたり。それと、ちょっと珍しく、かがみとつかさにプレゼントをしてみたり。
日頃いろいろ迷惑をかけてるからたまにはと思ってたんだけど、その直後……
「きゃっ!」
「お、お姉ちゃん?!」
「か、かがみ!?」
後ろから誰かが割り込んできたかと思った瞬間、かがみは建物側に吹っ飛ばされていて、その誰か――男が、前のほうに走り去っていった。
「お姉ちゃん、大丈夫?!」
「あいたたた……う、うん。なんとか大丈夫だけど……あっ!」
「どうしたの!?」
「わ、私のバッグ……バッグがない!」
「えっ?!」
見てみると、確かにかがみが持っていた白いバッグが無い。
さっき、かがみに買ってあげたものも入っていたはずだけど……もしかしたら、あいつがひったくっていった?!
「つかさ、かがみのこと頼んでもいい?」
「え? えっと、こなちゃんは?」
「私は――」
私は荷物を置いて、足に思いっきり力を入れると……
「ヤツを、追いかけてくる!」
全力で、歩道を駆け出していた。
黒いジャンパーにジーンズ、それと、ニット帽。
覚えてないわけがない。
かがみのことを突き飛ばして……大切なものを奪っていったんだから!
「すいません! 通してください!」
人混みの隙間をぬって、前へ、前へ。
いつもはちょっとうらめしいこのカラダが、まさか役に立つなんて。
ほとんどスピードを落とさないで走り続けていると……いた! 道を曲がってる!
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
そのまま細い路地に逃げようったって、そうはさせない。逆に私が得意な道だ。
路地に入ってから、ヤツは人にぶつかりそうになってスピードを落としてる。しめたっ!
私は人混みをひょいひょいとかいくぐって、ヤツの背中をとらえた。
あと5メートル、4メートル、3メートル……今だっ!
「かえせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
思いっきりジャンプして、ヤツの背中に飛びかかる。
がしっ!
「うおっ?!」
「そのバッグ、かえせっ!」
そのまま首筋に腕を巻き付けて、ヤツの背中にしがみつく。
ヤツは一瞬バランスを崩して、ふらつきながら私を振り落とそうとする。
「このっ、止まれっ! 返せっ!」
でも、私は腕の力を込めてヤツを離さない。
そのバッグを返してもらうまで……絶対!
「このガキゃ、なめやがって!!」
体勢を立て直したヤツが、私を背にして電信柱のほうに突っ込んで……
ごすんっ!
「ふぎゃっ?!」
あ、頭打った……
手と足の力が緩んで、ヤツは私は振り落としてまた逃げようとしていた。
頭がクラクラするけど、絶対逃がすもんか!!
「このおぉぉぉぉぉぉっ!!」
人混みで前に進むのもままならないヤツの足を狙って、思いっきり飛びかかる。
がしっ!!
そして、両足を刈るようにして力いっぱい引っ張った。
「ぐぁっ!!」
ヤツが盛大に転んだのを見て、私はそのままヤツの背中に乗りかかる。
立ち上がりにくいよう、両膝でヤツの脇を挟み込んで……
「このっ!」
ごすんっ!!
「んがっ!」
そのままてのひらの底で、ヤツの側頭部を打ちすえた。
それでも、ヤツは抵抗しようとじたばたしている。それなら……
「このっ! このっ! このっ! このっ!」
ごすっ! ごすっ! ごすっ! ごすっ!
絶対、絶対、許さない……許すもんかっ!!
思うに任せて、掌底をそのまま打ち続ける。
「君っ、やめるんだ! もう身動きしてないぞ!」
「はあっ、はあっ……はあっ……」
一分ぐらいして、ヤツはぴくりともしなくなって……私は、道ばたにいた人に止められていた。
ヤツの手には、まだかがみのバッグが握られている。
それを見ただけで、とってもムカつく。
「ふんっ!」
私はヤツの手を強引に開いて、ヤツからバッグを取り返した。
傷もないし、中にもダメージは無いみたいだし……よかったぁ、無事に取り返せた。
「あの、君。こいつはひったくりかい?」
さっき私を止めたおじさんが、私にたずねてきた。
「あ、はい……すいません、今ケータイ無いんで、警察に連絡してもらえます?」
「あ、ああ。わかった」
そう言って、おじさんはケータイのシェルを開けて電話をかけ始めた。
他のまわりの人は、ヤツが逃げ出さないよう抑え込んでくれている。
そして、荷物は無事で……かがみは……?
「こなたーっ!!」
「こなちゃーんっ!!」
ああ、無事だったんだ。なら……よかった……
――やあ、かがみー。
そう言おうとと思った瞬間、景色が傾いて……
――こなたっ、ちょっと、こなた?!
――こなちゃん、こなちゃん?!
私の意識は、そこで途切れた。
* * *
…………
……うーん……
あたま、いたい……
なんか、ガンガンする……
――うーん……
――こなた、大丈夫? こなた?
あれ、誰かが呼んでる……
いつも聴き慣れた声がするよ……
「うーん……」
少し痛い頭をガマンして、目をゆっくり開けると、
「……知らない天井だ」
いや、ホントに知らない天井ですよココは。
「こなたっ、気が付いた?!」
とか思ってたら、知ってるコの顔がどアップだ!
「お、おー、かがみ?」
「大丈夫? どこかおかしい所はない?」
「うーん、ちょっと頭が痛いぐらいで……」
「頭って……ちょ、ちょっと先生のところに行ってくる!」
「わ、か、かがみー?」
私が止めようとする間もなく、かがみは部屋の外へとすっ飛んでいった。
……ほんと、なんでだろ。とりあえず頭の中をよく整理してみようか。
アキバにかがみとつかさと来て、いっしょにほっつき歩いて、いろいろ買って、お昼を食べて……そしたらひったくりに遭って、追いかけて、バックマウントの掌底で仕返しして……あれ? そこで記憶が途切れてる? んでもって、ここは……病室? 私、どうしてこんなところに来てるんデスカ?
「あっ、こなちゃん! 気が付いたの?!」
全然心当たりが無いなーと思ってると、つかさが病室に入ってきた。
「や、つかさー。何かあったの?」
「な、何かあったのじゃないよー! こなちゃん、ひったくりの人に頭ぶつけられて気を失って、病院に運ばれたんだよ?!」
「……あー、言われてみればそんなことがあったような」
電信柱に頭をぶつけたんだっけ。確かにごつーんとなったけど、気を失うほどのもんじゃなかったよーな気がする。
「今さっき、おじさんのほうに連絡入れておいたから。こなちゃん、どこか痛いところとかない?」
「んー、さっきかがみにも言われたんだけど、ちょっと頭が……おわっ!」
痛いところをさわってみようとしたら、なんか、こ、コブが!!
「うわー、ちょっと盛り上がってる」
「や、やっぱり?」
つかさから見て腫れてるってことは、結構ヒドいんだろうなぁ……
「明日は休みだからいいけど、明後日は学校だってのに……この頭じゃカッコ悪くて行けないよー……」
「でもこなちゃん、その前に学校行けそう?」
「あー、その点はだいじょぶ。ほら、こんなぴんぴんだし」
私は笑って両腕をぶんぶんさせた……けど、
ずきんっ!!
「お、おおおお……」
あ、頭にひびく……
「む、無理しちゃダメだってば。お医者さんもとりあえず検査したほうがって言ってたし」
「まあ、平気っちゃ平気なんだけど――」
「こなたっ、お医者様が来たわよ!」
早足で病室に入ってきたかがみは、息を切らせながら私のベッドに駆け寄ってきた。
ちゃんと病院でも廊下は走らなかったんだねー、感心感心。
「そ、そんなに慌てなくても」
「慌てるわよ、このバカ! 突然走っていったと思って追いかけたら、突然倒れて……」
私はおどけて言ったけど、かがみの言葉と瞳は真剣で……
「ご、ごめん」
思わず、しゅんとしてしまった。
「泉さん、脳神経外科の吉水と申します。気分のほうはいかがですか?」
「あ、はい、大丈夫です」
でも、ずっとそうしてるヒマもなく、女医さんが私の顔をのぞき込んできた。
それからはしばらくお医者さんからの問診があって、頭をぺたぺた触られたり、手足の動きを確認してもらったりしていた。「脳震盪と、緊張感から解放されたことによる虚脱感で意識を失った可能性が高い」ってことで終わったけど、今日明日は家で安静にしてること、少しでも体調が悪くなったら必ず病院に行くことって釘を刺されて、ついでに氷嚢を置いて帰っていった。
「すいません、万世橋署の加藤と申しますが……」
そして、次に入ってきたのはケーサツの人。事情聴取ということらしくて、私とかがみはありのままのことを話した。
犯人は何回か過去にも引ったくりをやってたらしくて「お手柄だ」とも言われたけど「こういうのはプロに任せないと、身に危険が及びますよ」とお小言もいただいた。いやー、今それをむっちゃ実感してます……
その後は、体調のこともあって警察の人も帰っていって……病室には、私とつかさと、かがみの三人っきりになった。
窓の外は、まだ明るい。
手元にケータイが無いからよくわからないけど、今頃は3時かそのぐらいかな。
本当ならアニメイトとかも行きたかったけど、そうも言ってられないか。
氷嚢の冷たさに身を任せながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。
「こなた……」
「うん?」
さっきからずっと黙りこくっていたかがみが、口を開いた。
「その……さっきは、ありがと」
「いやいや、かがみのためならえんやこらで――」
「でも!」
おちゃらけて言う私の言葉を、またかがみが鋭い言葉でさえぎる。
「取り返してもらっても、こなたがどうにかなっちゃったら意味ないわよ!」
「……かがみ?」
「いきなり目の前で倒れて、叫んでもぴくりとも動かなくて、ずっと眠ったままで……怖かったんだから! もう、このままなんじゃないかって!」
かがみの目の端には、涙が溜まっていて、
「助けてもらったのにお礼も言えないなんて……いっしょに遊びたいのに遊べなくなるなんて……学校で、ふざけ合ったりできなくなるなんて……」
ひとすじ、ひとすじとこぼれていって、
「そんなの、考えたくなかったのに……あんたがいない生活を考えただけで……怖かった……」
声を震わせて……ベッドに泣き伏した。
初めて見るかもしれない、かがみの涙。それは、いつもの勝ち気な姿とは違った……
「ぐすっ……ふぇぇっ、ううっ……」
一人の、小さな女の子みたいな姿だった。
……最低だ、私って。
「……ごめんね、かがみ」
かがみを……大切な親友のひとりを、こんな風に泣かせるなんて。
泣き伏しているかがみの頭に、私はそっと手を置く。
「かがみが傷つけられて、かがみが悲しむって思ったら、パーッって行っちゃって……」
私は自分でもいつものほほんとしてると思ってるぐらいで、あんなにカッと頭に血が上ったことは今までほとんどなかったのに……あんなことをしちゃって。
「それに、私のプレゼントを奪われたって思ったら、すっごく悔しくて……
私ってばバカだから、こんなことしかできなくて……本当に、ごめんね」
かがみの頭を優しく撫でながら、私はココロに浮かんでくる言葉をひとつずつ伝えた。
かがみのバッグや、プレゼントしてあげたものだけじゃない。
かがみとつかさとの時間が、奪われたような気がして……それが、とってもイヤだったから。
「こなちゃん」
「うん?」
つかさを見上げると、その顔はちょっと悲しそうだった。
「こなちゃんが助けてくれたのはうれしいけど……無茶は、しちゃだめだよ? 私、あのまま……こなちゃんが、どこか行っちゃうって思ったんだからぁ」
そして、涙がひとすじ流れていく。
「……ごめん、つかさ」
「ふぇぇぇぇっ……こなちゃん、こなちゃんっ……」
私がそう言うと、つかさも私に抱きついて泣き始めた。
……ありがとう、二人とも。
こんなバカな私のために、こんな心配してくれて。
私ってば、なんて幸せものなんだろう。
* * *
夕方になると、お父さんとゆーちゃんが病院に来た。本当なら二人とも、この"病院"って場所には来たくないんだろうけど、私の顔を見るとホッとしてくれた。
「お姉ちゃん、大丈夫っ?!」
ゆーちゃんは入ってくるなり、私の顔をのぞき込んで涙目になっていた。ゆい姉さんにも電話したらしくて、犯人に対して相当キレてたみたい。
それに対して、お父さんはと言うと、
「こなた、確かに格闘技は学ばせたが、無茶をしろとは言ってないぞ」
「……はい」
いつになく厳しい、お父さんの言葉。
だけど、それは私を心配してのことだから、全部真剣に受け止めなきゃ。
「あ、あの、おじさん! 私が、私が悪いんです。私が油断してたから……」
かがみがお父さんの言葉を遮ると、辛そうに目を伏せた。
「いや、引ったくりを予防するのは難しいから、そう思うことはないよ。それに、別に無闇に怒っているわけじゃない。自分が出来る以上のことをしても、下手したら命に関わるわけだからね」
「それは、そうですけど」
言葉をにごすかがみは、なぜか納得が行かないらしい。私のしたことは、お説教されて当然のことなんだけど……
「まあ、嬉しい気持ちがあるってのも確かだよ。こなたにこうやって、助けてあげたい友達が出来たっていうことなんだから」
そう言うお父さんのまなざしは、普段のスケベおじさんのものじゃなく、あたたかい"お父さん"のまなざしだった。
ああ、こうやって誰かに心配されて、いろいろわかることってあるんだ。
「かがみちゃん、つかさちゃん」
「「は、はいっ」」
そのまなざしのまま、お父さんが二人のほうを向く。
「いつもありがとう、こなたのことを見守っててくれて。今回はこういう形の事件だったけど、二人がいなくて、一人だけで立ち向かってたら……もしかしたらと思うと、ね」
暖かいまなざしの中で、少し悲しそうな目をするお父さん。
きっと、十数年前のこと――お母さんとの別れのことを思い出しているんだ。
「いえ、私こそこなちゃんにはお世話になりっぱなしで」
つかさが、ふるふると頭を振るとお父さんに頭を下げる。
「私も、本当にいっぱいお世話になってますから」
そして、かがみも頭を下げると、いつになく優しい表情を私に向けて、
「ありがとう、こなた。本当に……ありがとう」
私を、そっと優しく抱きしめてくれた。
「そんな、私がいつもお世話になってるんじゃん」
「もう、こういうときは素直に受け取っておきなさい」
『しょうがないわね』と耳元で付け加えられながら、かがみがたんこぶを優しくなでられてゆくにつれて……少しずつ、痛みがひいていくような気がした。
とっても優しくて……あたたかくて、それが体中にしみわたってゆく。
「あの、おじさん」
「あっ……」
しばらくして、かがみの身体がゆっくりと離れていった。
それといっしょに消えてゆくぬくもりが、ココロを寂しくさせてゆく。
「ちょっとお話があるんですけど……今、いいですか?」
「ああ、いいよ」
「それと、つかさもちょっと来てくれる?」
「うん、わかった」
そう言うと、かがみは二人を連れて病室の外へと向かっていこうとした。
「か、かがみ?」
「ごめんね、こなた。お話をしたらすぐ戻ってくるから、ちょっと待っててね」
そして、病室から出て行って……ガラッと、ドアが閉められた。
「お姉ちゃん、こぶは大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫だよ」
ゆーちゃんに言われて、私の頭がまたじんじんとしてくるのに気づいたけど、不安にさせちゃいけないと思ってガマンすることにした。
どうしたんだろ、かがみってば……
私の身に何かがあったのかなと、一瞬不安がよぎる。
だけど、それからすぐに戻ってきた三人の表情には、そんな陰りは全然なくて。
一体なんなんだろうっていう疑問が、頭の中でずっと浮かびっぱなしだった。
* * *
「ふぁ〜……」
のろのろとベッドから身を起こして、大きいあくびをひとつ。
まだぼーっとしてる頭を軽く振って……おおぅっ、ちょこっと痛い。
少し違和感が残っている頭を押さえながら時計を見ると、まだ時間は朝の7時を少し回ったところだった。
「せっかくの休日だってのに、早起きしちゃったなー」
昨日はあの後、かがみとつかさの両親がやってきてお礼されて、お父さんとおろおろ
してたりとかあって、夕方ごろにはみんなで帰ることになった。そして、3連休の今日……
「うー、本当はアキバに出直したいんだけどなー」
結局、大事をとって布団の中で一日過ごすことになりそうだった。
大丈夫だとは思うんだけど、お父さんとゆーちゃんからはすごい剣幕でやめてくれと懇願されるし、それじゃあ行くわけにもいかなくなる。
「仕方ないから、もーちょい寝ときますかねー」
そうつぶやいて、またタオルケットをかぶりなおそうとしたその時。
ぴんぽーんっ
下の玄関のほうから、呼び鈴の音がした。
「誰だろ、こんな朝早くから」
近所のゴミ当番にしちゃまだ早すぎるし……まあ、私には関係ないか。寝なおし、寝なおし。
改めてタオルケットをかぶって、ベッドに横たわってと。
とん、とん、とん、とん
うん? 誰かが上がってきた? お父さんにしちゃ軽やかな足音だけど。
こんこん
って、私の部屋のドアがノックされてるし。
「ふぁ〜い」
まだ眠さでまわりきらない舌で返事すると、がちゃっとドアが開いて……
「おはよ、こなたっ」
「ど、どったのかがみん?!」
な、何でかがみがひょっこり顔をのぞかせてるんデスカ?!
少し大きめのバッグを手にしたかがみは、静かに部屋に入ってくるとベッドのそばにやってきた。
「どう? ケガしたところは」
「う、うん、あんまり痛くはなくなったけど」
「どれどれ」
かがみは中腰になって、こぶが出来ているところにそっと手を当てた。
「うーん……でも、まだちょっと腫れてるわね。あんまり無理しちゃダメよ?」
「いやー、アキバに行こうかなーって思ってたんだけ――」
「ダメ!」
からかうように私が言うと、あわてたように顔を近づけてくるかがみ。って、あの、すっごい近いんですケド?
「ちゃんと安静にしてなきゃ。頭のケガは一番わかりにくいんだから」
「は、はいー」
来た瞬間に思わず飛び起きていた身体を、かがみがそっと押してベッドに寝かせてくれる。
「で……どしたの? こんな時間に来て」
「うん、昨日おじさんと話があるって言ったでしょ?」
「あー、そんなことあったね」
「その時に、ちょっとお願いさせてもらったの」
かがみはそう言うと、改まったように私に向き直った。
「今日一日、私にこなたの看病をさせてくださいって」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」
か、かがみが、私の看病っ?!
「って、そんな大げさな! 病気ってわけでもないし、ただのケガだから!」
「そのケガが怖いんじゃない。お医者様も言ってたでしょ、今日は安静にしてなさいって」
「ま、まあ、そりゃーそうだけど」
「それに……昨日のお礼もさせて欲しかったから」
「えっ?」
昨日の、あの事件のお礼ってこと?
「い、いいってばー。あんまり気にしなくたって」
「……迷惑、かな?」
「うっ」
か、かがみがいつもはしないような憂いの表情して……って、私はこんなかがみの表情
見たくないってば!!
「じゃ、じゃあ、お願いしてもいいカナ?」
「うんっ」
表情をこわばらせていたかがみにそう言うと、一転して嬉しそうに笑って、強くうなずいてくれた。
な、なんか調子狂うなー。いつもだったら「嫌だったら別にいいわよっ」とか言うはずなのに。
「とりあえず、朝ごはんを作ってくるから。ちゃんと寝てるのよ」
「う、うん」
かがみは私の頭をなでると、また立ち上がって静かに部屋から出て行った……って、"朝ごはん"デスカ?
たしか、かがみって料理が苦手だったはずでー……お菓子作りのときも、つかさに教えてもらったから出来たって言ってたよネ?
そんな心配が一瞬よぎったけど、頭をなでてくれたときの気持ちよさと、かがみの優しい笑顔を思い出しただけで……なんか、どうでもよくなった。
お世話をしてくれるっていうんだし、今日はそれに甘えてみよっと。
《ちゃっちちゃちゃちゃちゃーっ♪ ちゃっちちゃちゃちゃちゃーっ♪》
もー、またこんな時間なのにケータイにメールが……って、つかさからか。
『こなちゃん、調子どう? 後で私もそっちにいくからねー』
とか書いてあるってことは、つかさもちゃんとこのことを知ってたんだ。まあ、昨日病室の外に出て行ったときにつかさもついていったんだから、ちゃんと知ってて当然か。
とりあえず、疑問に思ったことを返事といっしょに送ってみよう。
『今は大丈夫。ところでどったの? いきなりかがみがお世話するんだーなんて』
そう打つと、数分してまた『ミトの大冒険』の着信音が流れた。
『昨日のお礼がしたいって、あれから張り切ってたんだよー。まつりお姉ちゃんもいのりお姉ちゃんもびっくりしてたぐらい』
いや、なんかびみょーに返答になってないような気がするんですけども。まあ、後で来たときにでも聞けばいいか。
そう思って、机に上にケータイを置こうとした瞬間にまたケータイが鳴った。
『こなちゃんが元気でよかった。こなちゃんが、そこにいてくれてよかったよー』
……うーん、なんかわかりにくいけど、喜んでくれてるんでいいんだよね?
またまた頭の中がハテナマークだらけになりながら、私はベッドに身体を沈めた。
「お待たせ、ごはん出来たわよ」
しばらくベッドの上でゴロゴロしていると、かがみがお盆を持って部屋に入ってきた。
「おじゃましまーす」
「うむ、ちゃんと片付いてるな。関心関心」
「……って、何故ゆーちゃんとお父さんまでお盆を持って入ってきてますか」
「やっぱり、朝ごはんはみんなで食べたほうが美味しいかなって思って。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「あー、うん。別に気にしなくてもいいよ」
テーブルもあるし、座布団もちゃんとあるし……何より、やっぱりみんなといっしょに朝ごはんを食べたほうが確かに美味しいし、落ち着くのも確かだから。
「よっこらしょっと」
ベッドから降りてテーブルにつくと、かがみがてきぱきとお盆の上にあったお鍋やお椀を並べていった。お父さんは楽しそうにお箸を並べて、ゆーちゃんは麦茶を入れてくれている。
ゆーちゃんとお父さんっていうのはいつものことだけど、ここにかがみが加わって、しかも家事をしているっていうのは、なんか新鮮味がありますなー。エプロンつけて、てきぱきと家事をこなしてて……まるで新妻さんみたいだ。って、誰の新妻だよ!
「熱いから、ちゃんと冷まして食べてね」
「あ、うん」
手渡されたお椀には、ほくほく湯気を立たせたおかゆが八分目ぐらいまでよそってあった。
「それと、食べるときはそこにある好きな具を入れてね」
そう言って、かがみが小ねぎやらショウガやら塩やら鮭フレークやら梅干しやらが入った小皿の群れを手で指し示す。これはまた凝ってるねー。
「朝がゆとは、またずいぶん久しぶりだな」
「おいしいんだけど、手間がかかるからなかなか作れないんだよねー」
お父さんってば何わくわくしてますか。ゆーちゃんがわくわくするのはわかるけどさ。というかロコツに鼻の下を伸ばすのはやめれ。
「おかわりはいっぱいありますから、どんどん食べてくださいね」
「はーい」
全部の用意が終わったみたいで、かがみはエプロンをたたんで私の向かい側に座った。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
んじゃ、私は鮭とショウガとゴマを入れて、まぜまぜまぜまぜー。
「あむっ」
そして、出来上がった鮭がゆを口の中に運ぶと、
「……ん、んまい」
おおぅ、なんかノドから自然に言葉が出て来たよ。
「おー、さっぱりしてていいね」
「柊先輩、おいしいですっ」
「ホント? そう言ってくれると嬉しいわ」
喜んでるゆーちゃんに、かがみが優しく微笑む。こう見ると、やっぱりかがみってお姉さんなんやねーとつくづく思いますヨ。
「こなたはどう?」
「あ、うん、おいしいよ。たまにはこういう朝ごはんもいいやね」
さっき思ったような不安なんか全部吹き飛ばす、ぽっかぽかの味。かがみの手作りだと思うと、なおさら美味しく感じる。
「よかったぁ。どんどん食べていいからね」
「あいよー」
そんなやりとりの間にかがみの手を見ると、ヤケドらしい赤い痕があったけど……楽しそうにしてるかがみを見てたら言いづらくなって、私はそのままおかゆを食べ続けることにした。
せっかく、かがみが一生懸命作ってくれたんだもんね。
「ごちそうさまでしたっ」
「ごちそうさまでしたー」
「ふぃー、ごちそうさまー」
空になったお椀を置いて、ほうっと息をつく。
満足、満足……かがみが具をいっぱい用意してくれたから、全然飽きなくて三杯も食べちゃったよ。
「おそまつさまでした。ふふふっ、みんなたくさん食べたのねー」
かがみも出来には満足だったらしくて、空になった鍋を見て嬉しそうに笑っていた。
「それじゃ、お片づけしてくるわね」
「あの、柊先輩。良かったら私も手伝いましょうか?」
「そうねー……じゃあ、お椀とお箸のお片づけをお願いできる? 私はこっちを持っていくから」
「はい、わかりましたっ」
二人はてきぱきとテーブルの上のものを片付けると、仲良くおしゃべりしながら部屋を出て行った。
「いやー……かがみがあんな張り切るとは」
手にした麦茶を飲みながら、私ははす向かいのお父さんにぼそっとつぶやいた。
「俺も驚いたよ。昨日突然『こなたのお世話をさせてもらってもいいですか』ってお願いしに来たんだからな」
「やっぱり、昨日の話ってそれだったんだ」
「ああ。つかさちゃんにも色々お願いしてたよ」
ということは、このおかゆもつかさ直伝のおかゆってことなのかね。
「でも、今日はお休みだったし、ゆーちゃんもお父さんも家にいるはずだったのにねー」
「やっぱり、昨日のことを気にしてたんじゃないかな。短い間とはいえ、目の前でこなたが意識を失って倒れたとなると」
昨日のことを思い出したのか、お父さんが苦笑いしながら私のことを見る。
「そんなに気にすることでも――」
「だったら、逆の立場で考えてみよう。もしも自分の過失でかがみちゃんがいなくなって、見つかったとたんに意識を失くして倒れてしまったら?」
「それは……やっぱり、そっか」
確かに、そう言われると罪の意識がひしひしと……
「そういうことだ。かがみちゃんがこうやってお手伝いしたいと言い出すのも、わかる気がするよ」
そう言って、お父さんは一息つくように麦茶を飲んだ。
「それにしても、お前は幸せものだぞー? ケガをしたら面倒を見てくれるツンデレの巫女さんなんて今どきギャルゲーでもお目にかからないからな!」
「うおっ、リアルで『それなんてエロゲ』?!」
確かに、そう言われてみるとこの経験は貴重だ!
「あとはコレで、こなたが男の子でかがみちゃんがヨメに来てくれたら完璧だったんだが……いや、こなたが男の子だったら男の子だったで、俺のほうがかがみちゃんを奪ってしまうかもしれんな」
「さーお父さん、あとでソレを仏壇のお母さんに言ってみようか」
「ああっ、冗談! 冗談だってばこなたー!」
まったくお父さんってば、サイテーな時はサイテーなんだから。
でも、かがみがヨメかー。『みんなに寄生して生きたい』と思ったことはあるけど、かがみがもしヨメだったら……って、私ってばなんで顔が赤くなってるんだ?!
「ん? こなた、どうした?」
「いやいやいやいや、なんでもない。なんでもないヨー」
慌てて首を振ったけど、お父さんは不思議そうに首をかしげてみせた。
まったく、お父さんってばヘンなことを言って……
朝ごはんを食べ終わったあとは、私はベッドに寝転がってマンガを読みながらまたーり。かがみもベッドに寄りかかってマンガを見たり、時々頭を冷やすための氷枕を変えてくれたりしている。あとは、ときたま他愛も無いおしゃべりをしてたり……いつになく穏やかだなーと思える、そんな午前中だった。
「お姉ちゃん、来たよー」
お昼前になると、メールに書いてたとおりつかさがやってきた。
「おー、いらっしゃーい」
二人してマンガから顔を上げて、手をしゅたっとあげてみせる。
「ちょうど良かった、もうすぐお昼ご飯でも作ろうかなって思ってたの」
「それじゃあ、そろそろ用意しよっか。材料とかいろいろ買っておいたよー」
二人はやっぱり双子って感じで、息をぴったり合わせたやりとりをしている。
しかし、もうお昼かー。かがみとなんだかんだといっしょにいたら、全然気づかなかったよ。
「なら、私は台所の用意をするわね。つかさは来たばっかりだから、こなたの様子も見ておきたいでしょ?」
「じゃあ、お願いしちゃおっかな」
「用意できたら呼ぶから。お先にー」
手をひらひらさせながら、かがみはエプロンを持って部屋を出て行った。
「こなちゃん、どう? たんこぶは良くなった?」
つかさは荷物を置くと、ベッドのそばに来て私の顔を覗き込んだ。
「うん。かがみが氷枕を用意してくれたから、だいぶ楽になったよ。頭の中のほうもあんまり痛くなくなったしね」
「よかったー。でも、無茶はしちゃだめだよ? 先生に言われたとおりにね」
私の頭をそっとなでながら、つかさが優しく私に注意する。
「あうあう、かがみにも口すっぱく言われてます」
「それはそうだよ。お姉ちゃん、昨日の夜はずっと心配してて寝てなかったんだもん」
「えっ、か、かがみが?」
「うん。こなちゃん大丈夫かなって、電話をかけようとしてやめたり、こなちゃん家に行こうとしてお父さんに小言を言われたりとか、ずっとそわそわしてたんだから」
「そーなんだ……」
元気いっぱいで私についてくれてるかがみが、あれで寝てないって……全然信じられない。
かがみってば、私のことそんなに心配してくれてたんだ。
「そういえば、かがみってば朝ごはんにおかゆまで作ってくれたんだけど、あれってつかさが教えたの?」
「うん。朝ごはんによく作ってて、こなちゃんの体調にもちょうどいいかなと思ったから。お姉ちゃん、ちゃんとできてた?」
「とってもおいしかったよ。つかさって料理人もそうだけど、料理の先生にも向いてるんじゃない?」
「そっ、そう? でも、ちょっと違うんじゃないかな」
「えっ?」
つかさはくすっと笑うと、人差し指を立ててみせた。
「きっと、大好きなこなちゃんに食べて欲しくて一生懸命作ったからだよ」
「か、かがみが、私のこと?」
「そうだよー」
いっしょに寝てるときに抱きつかれたりとか、昨日のこととかすっごく心当たりがあるにはあるけど……今朝のこともそうだし、朝ごはんを食べてるときもずっと私の顔をうかがってたっけ。
「あのね、こなちゃん」
「な、なに?」
「お姉ちゃんには言わないでって言われてたけど……お姉ちゃん、こなちゃんが救急車で運ばれてたとき、ずっと泣いてたんだよ」
「えっ」
あのかがみが、ずっと?
「こなちゃんのこと抱きしめて『死なないで』『どこにも行かないで』って。たぶんお姉ちゃん、すっごく怖かったんだと思う。私、今までお姉ちゃんがあんなに取り乱したの、見たことなかったもん」
その表情はとっても真剣で……目をそむけることはできなかった。
「お姉ちゃんが私に料理を教えてって言ったときの目も、とってもまっすぐだった。こなちゃんのためにがんばろう、こなちゃんのそばにいてあげたいって」
ずっとかがみのそばにいたつかさには、その気持ちがよくわかるのかもしれない。
「もしかしたら、お姉ちゃんはちょっとがんばりすぎちゃうかもしれない。でも、それはきっと、お姉ちゃんのこなちゃんへのホントの気持ちだと思う」
私の手の上につかさの手が乗せられて、ぽかぽかとぬくもりが伝わってくる。
「だから……こなちゃんも、お姉ちゃんのこと見守ってあげてね」
それはきっと、つかさのかがみへの想いと……私への願いなんだ。
「つかさーっ、準備できたわよー!」
下のほうから、かがみの元気な声が聞こえてきた。
「はーいっ。それじゃこなちゃん、今からおいしいごはん作ってくるから、ちょっと待っててねー」
「あっ」
私が返事をする間もなく、つかさはエプロンを持ってぱたぱたと部屋から出て行った。
まったく、つかさってばホントにマイペースなんだから。
でも……かがみの、私への想いか。
天井を見上げながら、私はちょっと前にここであったことを思い出す。
――こなたー……
――だいすきだよー……
私を抱き枕にしながら言った、かがみの言葉。
その言葉はゆっくりしみわたって、今でもココロの中で息づいている。
たとえ寝言だったとしても、かがみが言ったことには変わらない。
私も、かがみのことが好きだから。
どんなカタチの好きか、自分でもわかってないけど……
私のことを受け止めてくれるかがみが、大好きだったから。
ごはんが出来るまでの間、私はずっと自分の想いを確かめていた。
* * *
日もすっかり暮れて、夕ご飯も食べ終わって。
「それじゃあ、私はそろそろ帰るからねー」
そう言うと、つかさはてきぱきと荷物をまとめだした。確かにそろそろ9時だし、明日は学校だから帰らないといけない時間だけど……そっか、帰っちゃうのか。
「あー、うん、かがみもつかさも気をつけてねー」
「えっ?」
ベッドから身体を起こして手を振る私を、二人がきょとんとした目で見る。
「あれっ、そういえば言ってなかったっけ。私、今日はここに泊まらせてもらうことになってるの」
「な……なんですとぉぉぉぉっ?!」
ちょっ、それお父さんからもつかさからも聞いてないし!
「だって、今日一日はこなたの面倒を見るって言ったでしょ。眠って起きるまで、ね」
「そ、そだねー」
優しく微笑むかがみに、私はただこくこくとうなずくしかなかった。
「ごめんねー、私は制服を家に忘れちゃったから、家に帰らないといけないの」
「ほんと、つかさったらしょうがないんだから。お父さんとお母さんにはよろしく言っておいてね」
「うん、わかったよー」
荷物をまとめ終わったつかさが、よいしょと言いながら立ち上がる。
「それじゃあ、また明日」
「うん、また明日」
ひらひらと手を振るつかさに私も手を振ると、つかさはぱちんとウインクしてみせた
……って、忘れたのはわざとか?! わざとなんデスネ?!
軽やかに去っていくつかさに、私はココロの中で思いっきりツッコミを入れた。
見た目によらず策士なんだな、あの子って。
「柊先輩、お風呂上りましたよー」
そして、下で挨拶の声が聞こえたと思うと、階段を上がってきたゆーちゃんがちょこんと顔を出してきた。
「ありがとう、ゆたかちゃん」
そう言って、かがみはバッグを開いて……うお、ホントにお泊りの用意をしてきてるよ。パジャマや下着といったお泊りグッズがわらわらと出てきてるし。
「それじゃあこなた、お風呂に入ってくるけど、すぐ戻ってくるからね」
「ああ、いいよいいよー。ゆっくり入ってきちゃってもいいって」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな」
かがみは着替えを抱えると、私に手を振って部屋から出て行った。
「お風呂、かー」
なんとなく言いながらベッドに横になった途端、静かになった部屋に気づく。
お昼はパスタをまたみんなでを食べて、その後はかがみとつかさとのんびりと過ごした。
マンガを読んだり、時々おしゃべりをしたり、夕ご飯のカレーにどんな具を入れるかって考え合ったり。
その夕ご飯もみんなで食べて、またまたーりして……その全部に、かがみの姿があった。
だからこそ、私だけになった部屋がなんだか寂しく感じる。
たった一日そばにいてくれただけなのに、ココロの支えが無くなった気がして。
「はー」
私は机の上にあったケータイを手にして、シェルを開きながら仰向けになった。
そして、メールの画面を開く。
『こなちゃんが元気でよかった。こなちゃんが、そこにいてくれてよかったよー』
つかさが朝一番で送ってきたこのメール……きっと、私がちゃんと目覚めてるってわかって送ってきたんだろうけど、私にも言えることがある。
『かがみがいてくれて、よかった』って。
今日もそうだけど、昨日もずっとそばにいてくれてよかった。
……いや、違うか。
待ち合わせをして学校に行って、放課後に教室まで迎えに来てくれて、お休みにお出かけして、よく電話してくれて……かがみがいてくれてよかったこと、いっぱいあるや。
「あーあ。ダメじゃん、私ってば」
ケータイのシェルを閉じて、ため息をつく。
そして、自然にココロに浮かんできた言葉を口にした。
「かがみがいなくちゃ、すっかりダメダメになっちゃったよ」
ああ……
これが「おとされた」っていう感覚なのかなー……
「こなた、お風呂上がったわよー」
二十分ぐらいして、かがみがぽかぽかにあったまった顔をして部屋に入ってきた。
「おかえりー……って、その手にしている桶はナンデスカ?」
どうして風呂場の桶を持ってきてますかね、かがみさん。しかもお湯入りだし。
「血圧を上げてまた痛みがぶり返すといけないから、今日は体を拭くだけのほうがいいって、みゆきが電話で教えてくれたの」
「みゆきさんが?」
そっか、みゆきさんにも知られちゃったかー
「こういうときに頼れるのって、みゆきぐらいしかいなかったしね。こなたのこと、ずいぶん心配してたわよ」
「ちゃんと元気な姿見せないとねー……あーでも、身体を拭くのはいいよ。別に今日一日
お風呂に入らなくたってへーきだって」
「ダメダメ。昨日だってお医者様に止められてて、今日もだと二日連続じゃない。お風呂に入れなくても、身体はちゃんとキレイにしなくちゃ」
「はう」
ガミガミと怒るんじゃなくて、優しく諭すように言うかがみ。
「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします」
そう言われて断れるほど、私は冷酷じゃないわけですヨ。
「そうそう、素直が一番。じゃあ、上着を脱いでくれる?」
「……優しくしてネ?」
「なーに言ってるのよ。ほら、ふざけてないで、ね」
しょうがないなぁ、とばかりにかがみが笑う。
あーもう、ツボですよ! ツボ!
自分の気持ちにちゃんと気付いたら、ここまでツボになるだなんて……反則すぎる!
「はーい」
ココロの中でもだえまくりながら、私はそれに気づかれないようにパジャマの上着を脱いだ。
「じゃあ、腕からやっていくわよ」
かがみは桶の中にひたしてあったタオルを手にすると、ぎゅっと絞って私の腕にあてた。
「おー……気持ちいいねー」
「それなら良かった」
そのままタオルが腕をすべって、通ったところがぽかぽかしていく。
左腕全体が終わると、今度は右腕。
「かがみ、結構上手だねー」
「つかさが病気だったときとか、よくやってたから」
優しい手つきで、手馴れているっていうのがよくわかる。
それと、私をいたわってくれているっていうのもね。
「はい、次は背中っと」
「あーい」
もう一度絞られたタオルが、今度は背中にあてられる。
あー……ぽっかぽっかですよー。
「かゆいところはない?」
「それは大丈夫ー」
優しく拭いてくれる場所からぽかぽかして、そんなのも気にならないって。
「こなたの肌って、結構キレイよね」
「そう? 生活サイクル壊れてて半分ヒッキーだからそんなんでもないと思うけど」
「タオルの通りとかいいし、つるつるしてるし……えいっ」
「ひゃうっ!?」
い、いきなり背中を指でなぞるのはやめてほしーなー!
「ごめんごめん、びっくりしちゃった? ついついやりたくなっちゃって」
「つ、ついじゃないってばー」
いつもだったら私のほうがやる立場なのに、今日はすっかりお株をとられてますヨ。
「あははっ、そんなすねないの。はい、これでおしまい。前のほうは自分でやるでしょ?」
「それはさすがにねー」
かがみが絞りなおしたタオルを受け取って、私は胸やらおなかをごしごしと拭いた。
うーん、やっぱりかがみと同じようにはならないや。こういうのにもコツとかあるのかねー。
「はい、しゅーりょー」
ちょこっと残念に思いながら、タオルを桶に戻す。
「あんがとね、かがみ」
「これだけでもずいぶん気分が違うでしょ?」
「うん、なんだかすっきりしたよ」
パジャマを着なおして、ボタンも留めて、これで完了ー。
「ホントありがとね。今日はかがみにお世話になりっぱなしだー」
「ううん、昨日はそれ以上にこなたに助けてもらっちゃったから……まだ、全然だよ」
「そんなことないって。今日はかがみといっしょにいて、すっごく楽しかったし」
「そう言ってくれると……私も、嬉しいな」
いつもツンツンしてるかがみも楽しいけど、こうやって優しいかがみもなんか悪くない。なんとゆーか、ギャルゲーで言う物語の転換期っていうか……デレモード突入?
「ん?」
そんなことをボーッと考えているうちに、肩にかかる感触に気づく。
そして、
「か、かがみっ?!」
それは、私のことを後ろから抱きしめる感触に変わった。
「こなた……ここにいるよね?」
「えっ?」
「ちゃんと……ここにいるんだよね?」
「かがみ……」
背中越しのかがみの声は……昨日病室で聞いたものと同じ、うるんだ声だった。
「なんか、ちょっと離れただけでも怖くなっちゃって……こなたは私のせいで眠ったままで、さっきのことは夢なんじゃないかって、そんな風に思っちゃったりして……」
私のことを抱きしめる腕に、力が加わる。
まるで、私のことを離したくないかのように。
「だから、ずっとこなたのそばにいなくちゃって……本当、いきなりでごめんね。こなたにずっと迷惑かけちゃって」
「っ?!」
そして、私の首筋が濡れているのに気づく。
かがみが……泣いてる……
「迷惑なんかじゃないよ」
「えっ……?」
私はなんとか振り向いて、かがみと向かい合った。
かがみの目からは、涙の筋がいくつもこぼれていて……胸が、ちくりとする。でも、
ちゃんと言わないといけない。
「かがみがごはん作ってくれて、かがみがお世話してくれて、かがみとまたーりして、私はとっても嬉しかったよ。かがみがいてくれて、ココロがぽかぽかして……」
「あっ……」
そう言ってから、私もかがみのことをぎゅっと抱きしめると、
「かがみのおかげで私は助かって、かがみのおかげでこうやってここにいる」
かがみの耳に、くちびるを寄せて……
「私は、ここに、いるよ」
一つ一つのことばを、かがみの耳にささやきかけた。
「こなた……」
「時々暴走しちゃったり、かがみに迷惑をかけることもあるかもしれないけど、これだけは約束する。私はかがみのそばから、黙って消えたりはしない……ううん、ずっとかがみのそばにいる」
ああ、だめだ……
「私は、かがみのこと大好きだから」
ぬくもりといっしょに、自分のココロがあふれてゆく。
ヘンな奴って思われてもいい。これが、私の正直な気持ちだもん。
私はぎゅうっと抱きしめて、かがみのことを離さないようにした。
「……なによ、自分だけ言いたいこと言っちゃって」
少しすねたようなつぶやきが、かすかに耳に届く。
「私だって、こなたのこと……大好きなんだから」
「かがみ……」
体を離して見ると、涙をふきながら真っ赤になっているかがみの顔があった。
「こなたが守ってくれたのに、私のせいで倒れちゃって、その姿を見たら……もう、ウソなんてつけなくなっちゃったじゃない。どうしてくれるのよ、ホントに……」
「くふふっ、かがみってばかあいいねー」
「ばかっ、全部こなたのせいなんだから……」
笑いながら言うけど、かがみの涙はまだ止まりそうもない。だったら……
ちゅっ
「あっ」
「ダメだってば。笑うときに涙流しちゃ、かわいいのが台無しだよ」
私はそっと、涙のあとにくちびるをつけた。
かがみはぽうっとした顔で、私のことを見ている。
「私、ちゃんとかがみのことを守れるようになるから。無茶はしないけど、かがみに何かあったとき、絶対守ってあげるから」
私はチビで、オタクで、どうしようもないところもいっぱいある。だけど、かがみを守りたいっていう気持ちだけは、絶対誰にも負けない。
「まったく、あんたってばわかってないじゃない」
しょうがないなあ、という感じでかがみが苦笑する。
「私はね、ただこなたがそばにいてくれればいいの」
そう言ってなでてくれた頭からは、昨日の痛みはすっかり消えていた。
「それに、私だって……こなたのことを守るんだから」
優しく抱きしめてくれるかがみから、ぽかぽかとぬくもりが伝わってくる。
かがみにも、私のぬくもりが伝わってくれるといいな。
「だったら、二人で守りあいっこしよっか」
「そうしよっか」
私が笑うと、かがみもにこっと笑う。
私がかがみを守って、かがみが私を守る。
それは、私がきっとずっと望んでいたこと。
『というわけで、明日も宿題見せてくれないかなー』
『あんたは毎日ウチに来るつもりか』
ツンツンするかがみに思わず甘えてみたり、
『かがみんもすっかりオタクになっちゃって』
『あ、あんたが私をこんなのにしたんでしょっ!』
自分に付き合ってくれるかがみを、自分色に染めちゃったり、
『あの、かがみ。たい焼きはわかるけどクリームとあんこ両方は……』
『ううっ、自分の意志の弱さがうらめしい……』
自分の欲望に正直なかがみをつっつきたくなったり、
『ねえ、今の間――』
『う、うるさいなっ。ちょっと忘れただけだよっ』
逆に、かがみにつっつかれてみたり。
こんなかがみとの日々を、私はずっと守りたかったんだ。
「じゃあ、約束」
「え?」
「かがみ、昨日私があげたのは持ってきてる?」
「う、うん、持ってきてるけど」
「じゃあ、それ出してくれる? 私も出すから」
ちょっと名残惜しかったけど、私はそう言ってかがみから離れて、机の上にある自分のカバンに手を入れた。
確か、ここに入れてたはず……うん、あった。
確かな感触を手にして、中から昨日買ったものを出す。
「はい、あったわよ」
見ると、かがみも私と同じもの――チェーンがついた『指輪』を手にしていた。
昨日午前中にぶらぶらしてたときに見つけた、紅い髪のツンデレヒロインのラノベで、彼女が主人公にあげた指輪のレプリカ。
いつもの感謝のつもりでかがみとつかさにこの指輪を買って、自分も記念にと買っておいたんだ。
「じゃあ、チェーンをはずして」
「えっと……はい、取れたわよ」
取れたチェーンを机に置いた私は、ベッドに腰掛けているかがみの隣に座った。
そして、かがみの左手を取って、
「えっ、ちょ、ちょっと?」
「誓いの指輪……と」
薬指に、その指輪をゆっくりはめた。
「こ、こなた、これって?」
「んー、せっかく指輪を買ったんだし、約束にはちょうどいいかなって思って」
「もう、あんたって子は」
困ったように笑っていたけど、かがみも私の左手を取って、
「どんどん先に行っちゃうんだから……私にも、ちゃんと誓わせてよね」
ゆっくり、薬指に指輪を通してくれた。
そして、お互いに左手を小さく掲げて、しばらくしてからからませる。
「これで、私たちはいっしょだね」
「うんっ。ずっと、いっしょ」
嬉しそうに笑って、かがみが抱きついてくる。
「絶対、いっしょだから……」
「……かがみ?」
かがみの体から力が抜けて、まぶたがとろんと閉じていく。
そっか……かがみ、昨日寝てないんだっけ。
「こなた……そばに……」
「大丈夫。そばにいるから」
ちょっとでも安心してくれて、それで眠れるんだったら私も嬉しい。
「よかった……」
少しずり落ちながら、かがみは私のまっ平らな胸に頬を寄せて眠りに落ちていった。
――こなたー……
――うん?
――だいすきだよー……
――……私も、大好きだよー
* * *
「本当にお世話になりました」
「いやいや、ウチのこなたのほうこそお世話になっちゃって」
かがみが頭を下げると、お父さんもぺこぺこと頭を下げてお礼を言った。
「先輩のおかげで、お姉ちゃんもすっかり良くなったみたいです」
「昨日はこなたもゆっくり寝てたからね。それがよかったのよ」
ゆーちゃんってば、かがみにあこがれちゃったのかね。きらきらした目でかがみにお礼を言っているし。でもね、ゆーちゃん。君にはみなみちゃんがいるんだからダメだよー?
結局あれからかがみに抱き枕にされて、目が覚めたら午前6時。頭の痛みもすっかり取れた私は、かがみといっしょに朝ごはんを作って、学校の用意を済ませた。
いつもと違う、新しい朝。かがみといっしょの登校準備は、なんだかわくわくした。
「それじゃ、こなた、ゆたかちゃん、そろそろ行きましょうか」
「おー」
「はいっ」
「気をつけてなー」
手を振るお父さんに手を振り返して、私たちは玄関を出た。
「うー、今日も暑くなりそーやねー」
外へ出れば、待ち受けていたのは朝なのにあつーい日差し……うう、一日休んでコレはきっついなー。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「まあ大丈夫っしょ。無理さえしなければねー」
かがみのほうを見ながら言うと『そうそう』とにっこりうなずく。
「ゆたかちゃんも気をつけてね。熱中症や日射病は怖いんだから」
「はいっ」
かがみの心づかいに、ゆーちゃんもこくりとうなずいた。やっぱりお姉さんといいますか、こういうところは見習わなきゃいけませんなー。
そんなことを思いながら胸元をぽふんと触って、私は硬い感触を確かめた。
小さく丸い、硬い感触――かがみといっしょにチェーンに通しなおして、セーラー服の
下に隠した指輪が、ちゃんとあるのを確かめたかったから。
「今日は短縮で半ドンか。午後は大宮あたりにでも行くかねー」
「ちょっと、いくら良くなったからって無茶はダメよ」
「そうだよお姉ちゃん。まだ病み上がりなんだから、一人は無茶だよー」
「はうっ」
二人に言われると、さすがに説得力ありますなー……
「まあ、そんなに行きたいんだったら私もついていくけど」
「へ?」
「一人で行くならともかく、二人や三人だったら安心でしょ」
そう言いながら、かがみはしょうがないなって感じで笑いながら手を差し出した。
「……そだね、いっしょに行こっか」
「柊先輩、お姉ちゃんをよろしくお願いしますね」
「まかせなさいっ」
力強くうなずくかがみの手をとって、私は――
「じゃ、約束だねっ」
「うんっ」
また昨日のように、ぎゅっと指をからめた。
二人だけの、ヒミツの約束。
他の人にはわからない、私たちだけの願い。
だけど……とっても、大事な想い。
いっしょに誓ったその想いを胸に秘めて、
「かがみー」
「なに?」
「いっしょに行こうねー」
「ふふふっ、あったりまえでしょ」
私たちは、今日もいっしょに歩いていく。