HOME
とたとたとたとたとたとたとたとたっ
「あの、伯父さんっ、蛍光ペンってありますか?」
可愛らしい足音を響かせながら、ゆーちゃんが居間に入ってきた。
「ああ、それなら本棚の筆入れにいっぱいあるよ。使いたいだけ持って行きなさい」
「はいっ、ありがとうございます」
ペコリと一礼すると、筆入れから蛍光ペンを持って出て行くゆーちゃん。
「転ばないように気をつけなよー」
「大丈夫ですー」
可愛らしい声と足音が、二階へと遠ざかっていく。
どたどたどたどたどたどたどたどたっ
「お父さんっ、ポストイット貸してー!」
今度は荒々しい足跡を響かせながら、こなたが居間に入ってきた。
「ああ、それならここに……うん、これだ」
後ろのミニタンスの引き出しからポストイットを出して、こなたにちらつかせる。
「使い終わったら、書いたのも全部貼りなおして返せよー」
「はうっ、言葉尻で揚げ足とらないでほしーなぁ」
「日本語は正しく使うことが大事だからな」
「わかったよ、もう。お父さん、ポストイットちょうだい」
「はいはい。いっぱいあるから、使いたいだけ持って行きなさい」
「今は一個でいいから、それ貰っていくねー」
こなたは俺の手からポストイットをひったくると、どたどたと二階へ上がっていった。
本当、対照的な二人だこと。
二階からきゃいきゃいと聞こえてくる声に苦笑いしながら、オレはノートパソコンの画面に視線を戻した。
「さて、と……ネタ、どうしたもんかねー」
立ち上げてあるテキストエディタは、相変わらずまっさら。
ついでに、オレの頭の中のネタまでまっさらだった。
「こんなに降りてこないのは久しぶりだな」
シノプシスの締め切りは、明後日だってのにねぇ……
HOME
from "らき☆すた - Lucky☆Star -"
Written by Kazuki Takatori
「こんちゃーっす」
玄関のドアが開いたかと思うと、ゆいちゃんがひょっこりと居間に入ってきた。
「おや、いらっしゃい。今日は非番かい?」
一週間ぶりにみるゆいちゃんは私服姿で、夏らしいシャツとジーンズ姿だった。
「はい。それに、今日はゆたかたちが勉強会って言ってたから、陣中見舞いって思って」
そう言いながら、ゆいちゃんは手にしていたスイカ玉をひょいっと持ち上げて見せた。
「おー、いいね。今日はちょうどこなたたちも勉強会だから、夕ご飯の後でも出そうか」
「かがみちゃんたちも来てるんですか。ちょうどいいですねー」
6月最後の土曜日。もうすぐ期末テストってこともあってか、我が泉家は勉強会で大盛況。柊さん姉妹に高良さん、岩崎さんに田村さんと、こなたとゆーちゃんのお友達がそれぞれ自分たちの部屋で勉強に取り組んでいた。
「ま、座りなよ。それとも、ゆーちゃんたちのところに顔出す?」
「うーん……今おじゃましちゃ悪いから、休憩中にしとこっかなと」
「そっか。じゃ、お茶を用意するから待っててね」
オレは立ち上がると、台所の冷蔵庫を開けて麦茶のタンクを取り出した。あとは、コップを二つと。
「あれ、おじさん原稿中だったんですか? だったら退散したほうが――」
「ああ、気にしない気にしない。ちょうど気分転換しようって思ってたし」
転換するにも、切り替えるべきものがないのが悲しいんだけどさ。
「そうですかー。今回はどんな話なんです?」
「この間は伝奇ミステリーを書いたから、ここらでちょっと違うのはどうかって編集さん
と話しててさ。坂本さんも、出版部の池原さんも新しいのが見てみたいって言ってたし」
「新しいのねー……で、なかなか浮かばないと」
「トホホ、ご名答ー」
泣きまねをしながら、ゆいちゃんに麦茶とおせんべいを差し出した。
「今回はゼロからのスタートだからね、迷う迷う」
「こなたも言ってましたけど、ラノベなんてどうです?」
「いや、実生活がラノベな展開だから、書いてても飽きるだろーし」
「……あっさり凄いこといいますね、おじさん」
「あはは。まあ、それ以前にウチのレーベルってそういう方向じゃないから」
「なるほどー」
せんべいにかじりつきながら、ゆいちゃんがこくこくとうなずく。
ジャンルが幅広いレーベルだけど、中高生向けはまた別に編集部が存在しているし、
今の編集長の加藤さんも方針はそのままにしておきたいらしい。
「で、締め切りはいつなんです?」
はうっ、そいつぁ痛いところを……
「……シノプシス――つまり筋書きが明後日まで」
やばい、口にしただけで気分か重くなる。
「それは……大丈夫なんですか?」
「あ、あんまりじたばたしないで、降りてくるまで待つよ。よくあることだし」
その分、ギリギリだから坂本さんたちにも泣いてもらうことになるけど。
「無理しちゃだめですよ。体が資本なんだから」
「大丈夫だって」
のほほんとした言葉だけど、ゆいちゃんの言葉には実感がこめられている。
ゆいちゃんも、かなたの時のことを今でも覚えているんだろう。
「今こなたたちを置いて逝ったりしたら、かなたからどんなに怒られるか」
「かなたお姉ちゃんのことだから、ずっと正座させられますよ。こっそりえっちゲー買って、すぐ見つかったときみたいに」
「ゆ、ゆいちゃん、それ覚えてたの?」
もう二十年ぐらい前のことだってのに……
「あの時のお姉ちゃんのぷんすかした顔、今でも忘れられないですって。おじさんもペコペコ土下座してて」
「……またそうならないよう、しっかり生きることにするよ」
かなたには、そのことでホントによく怒られてたからな……。
ノドを潤すために麦茶を一口すすりながら、そのときのことを思い出してちょっとブルーになる。
――まったく、あんたってばすぐゲームのほうに行くんだから!
――まーまー、息抜きも必要なんだしさー
「おー、騒がしい騒がしい」
こなたとかがみちゃんの言い合いは、もうここでの名物だ。まさにツンデレとボケ担当の
セオリーどおり。
「あれで本当に勉強になるんですかね?」
「まあ、いいんじゃない? 本人たちが楽しいなら」
「……おじさん、女の子がいっぱい来たからって、いくらなんでも大らかすぎじゃ」
「んー、それもあるにはあるけど」
コップをテーブルに置きながら、オレは天井をゆっくり見上げた。
「やっぱり、にぎやかなほうが楽しいよ。今までウチは静かすぎたんだしさ」
「それも……そうですね」
ゆいちゃんも、同じように天井を見上げる。
彼女も、我が家のことはよく知っていたから。
この家がこんなににぎやかなのは、いったいいつ以来だろう。
思えば、回数も片手で数えるぐらいしかないかもしれない。
「こういうにぎやかな家を、俺は求めてたのかな」
「にぎやかな家、ですか」
「うん」
つい先日まで、こなたと二人きりだった我が家。
それはとてもあたたかかったけど、小さすぎた場所。あいつとした約束とは、程遠い空間。
「この家はさ、かなたと一緒に選んだんだ。本当なら、六畳一間の安アパートでも別に
よかったんだけど、かなたが頑として譲ってくれなくてな」
「あのかなたお姉ちゃんが、ですか?」
「そう、意外だろ?」
ちょっとやきもち焼きだけど、いつもオレと一緒に寄り添ってくれたかなた。普段は
オレの言うことについてきてくれたけど……
「『子供がたくさん生まれたら、その分いっぱい部屋を用意しておかないと』って。
それに『そう君ががんばるために、ちょっとでも目標が大きいほうがいい』ともね。
それだけは、絶対に譲ってくれなかった」
「あのお姉ちゃんが……」
「目標はなんとかがんばれてるけど、子供のことに関してはこなた一人しか叶わなくて……それからずっとこなたと二人で過ごしてきて『ああ、このままずっと二人で過ごすのかな』って考えたこともあったよ」
でも、その約束から長い時間が経って変わったことがある。
「けれど、ゆいちゃんがたまに来てくれて、ゆーちゃんが家に来てくれて……そして、こなたとゆーちゃんがいろんな友達を連れてきてくれて、家がわいわいにぎやかになって」
コップの氷がカランと音を立てるのと同時に、ゆいちゃんの顔を見据える。
「きっと、かなたはこういう場所を望んでたのかもしれないね」
「みんながわいわい楽しんでる場所をですか」
「うん」
ふと、みんなを見ていて思う。
もしもかなたがいて、こなたの妹や弟がいたらこんな感じなのかな、と。
「ゆいちゃんには、感謝してもしきれないよ」
「えっ?」
「うちによく顔を出してくれて、ゆーちゃんをこの家に下宿させてくれて……本当に、ありがとう」
オレは居住まいを直して、ゆいちゃんに向かって深々と頭を下げた。
「やっ、やですよーおじさん! なんで私がっ?!」
「この間、ゆきと電話で話しててね。ゆーちゃんをうちに下宿させようって言ってくれたの、ゆいちゃんだってポロッと話してくれたよ」
ゆき、関心したように話してたっけ。「ゆたかがあの学校になってから元気になった
みたいで、ゆいには感謝しないと」って。
「で、でもっ、どうしてそれが?」
「おかげで……久々に思い出せたから」
今家が包んでいる雰囲気に、思わず頬が緩む。
「たくさんの家族で過ごす、ということをね」
こなたは、オレしか身近にいる家族を知らない。
小さいときはそれでぐずったこともあったし、今も顔には出さないにしろ、かなたの命日あたりになるとオレの顔色をうかがったりもする。
「こなたも、ゆーちゃんが来てからはいろいろ努力してるよ。『お姉さんになろう』って」
「そうみたいですね。料理とかもゆたかに教えてるみたいだし」
「いつもは出しっぱなしにしてたエロ同人誌も、今じゃタンスの奥深くだし」
「いやー、それは未成年としてどーかと思うわけですけど」
「あ、あはははははは」
うう、ジト目が怖い……
「まあ、こなたにも家族ということを知ってもらうことが出来て、俺も久々に思い出せて……それをきっかけにして、たくさんの子が家にやってくるようになった。ゆいちゃんには、感謝しきれないよ」
「そ、そういう意味でってわけじゃなかったんですけどねー」
照れ笑いしながら、ゆいちゃんがパタパタと手を振る。
こういう風に、無意識のうちに安らぎを届けてくれるっていうのがゆいちゃんのいいところなんだろう。
「きよたか君も、いい子を選んだもんだ」
「ちょっ、どっ、どうしてそこできよたかさんの名前が出てくるんですかー!」
「わははは、照れない照れない」
きっと、ゆいちゃんときよたか君は幸せな家庭を築けるはず。
だからこそ、強く願う。
その絆を、ずっと大切にして欲しいと。
「でも……私もよかったです。ゆたかをお二人に任せて」
「卒業まで、しっかり見守らせてもらうよ」
そう言って、仏壇の写真を見つめる。
「かなたも、きっと見守ってくれるはずだからね」
「ええ」
オレとゆいちゃんは、二人で微笑んでいるかなたに向かって笑いかけた。
「ねえ、お父さーん……って、ゆい姉さん来てたんだ。いらっしゃーい」
しばらく二人でおしゃべりしていると、こなたが居間に入ってきた。
「んー? おお、どした?」
「おじゃましてるよー」
二人してしゅたっと手を上げ、こなたに挨拶する。
「いや、今日は夕ご飯どうするのかなって。こっちもゆーちゃんのほうも、みんな今いい感じでさ」
「おお、集中してるのか。良き哉良き哉」
普段から、こうやってこなたも勉強してくれると嬉しいんだけどな。
「だったら、オレが用意するよ。今日は暑いし、そうめんでいいか?」
「んー、いつもの具もちゃんとつけてと……じゃあ、私も手伝おっか」
「こなたはいいから、勉強を続けてなさい。オレ一人で大丈夫だよ」
エプロンに手をかけようとするこなたを制しながら、よっこらしょと立ち上がる。
「だったら、私も手伝いますよー」
ゆいちゃんも立ち上がって、こなたに笑いかける。
「うーん……じゃ、お願いしよっかな。今日は久々にいい感じではかどってるし」
「だったら、さっさと部屋に戻った戻った。出来たらすぐに呼ぶからさ」
「はーいっ」
こなたは返事をすると、またばたばたと階段を上がっていった。
「本当、にぎやかですねー」
「ああ、落ち着いて浸ってる暇もありゃしない」
まあ、こういう生活もいいだろう……って、おおっ?
「どうかしました?」
「いや、なんか今、いいネタが……うん、うん、これはいけるかも……」
頭の中で散らばっていた物語のかけらが、ひとつ、ひとつとまた組みあがっていく。
「なあゆいちゃん、女の子だけが繰り広げるホームドラマってどうだろう」
「ま、またそれは突飛なネタですねっ!?」
「いや、のほほんとした姉とちんまりとした妹をメインにして……うん、なんかいけそうだ」
頭に思い浮かんだネタを、ゲームセンターあらしよろしくキーボードで叩き込んでいく。
うん、これは……これはいけそうだ!
「うしっ、これでメモ完了!」
そして数分後、ネタの元になるメモが画面の中ですっかり組みあがっていた。
これで忘れることもないだろうし、まだまだ頭の中にはいろいろ湧き上がっている。
「あ、あのー、私が夕ご飯作りましょうか?」
「あー、大丈夫大丈夫。今いい気分だから、このままのノリで作っちゃおう」
「本当、おじさんってばネタの神が降りてくるとノリノリですねー」
「ふっふっふ、それがオレの取り柄だからね」
頬を緩みっぱなしにしながら、オレは壁にかけてあるエプロンに袖を通した。
「さーて、いっちょやりますかっ!」
なあ、かなた。
お前が望んだ家庭って、こんな感じだったのかな。
いろんな感じの子がいて、わいわい騒いで、時々ケンカもしたりして。
それでも、やっぱりどこか絆で結ばれている「家族」。
もし、そうだったとしたら……なんて、素敵な望みだったんだろう。
みんながこの家にいて、つくづくそう思う。
ただひとつ、お前がここにいないのが残念でならない。
でも、一緒にいたくなったら帰っておいで。
姿は見えなくてもいい。神様も、少しは許してくれるだろう。
ずっと、いつでも待ってるから。
「「みんなっ、ごはんだぞーっ!!」」
「「「「「「「はーいっ!!」」」」」」」
みんなが集まるこの家で、ね。
Copyright (c) 2008 Kazuki Takatori All rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-