novel
 まだまだ寒さが厳しい、冬の朝6時過ぎ。
「おはようございまーっす!」
「あれっ、ゆいちゃん?」
 ストーブを点けたばかりで寒いリビングに、ゆいちゃんが元気よく駆け込んできた。
「こんな時間から珍しいね。夜勤明けかい?」
「いえ、これから出勤なんですよ。今日はちょいと用事がありまして」
 そう言いながら、手にしていた紙袋を軽く掲げてみせるゆいちゃん。
「用事って、ゆーちゃんに?」
「ゆたかもそうですけど、こなたにもおじさんにも。てなわけで――」
 ゆいちゃんは紙袋に手をつっこむと、中からラッピングされた包みを取り出して、
「はいっ、おじさん。ハッピーバレンタイン!」
「えっ?!」
 勢いよく、俺のほうへとそれを差し出した。



俺の時代が来た?!

from "らき☆すた - Lucky☆Star -"

Written by Kazuki Takatori



「ば、バレンタインって……まさか、そのチョコを俺に?!」
「やだなー、当たり前じゃないですか」
「こ、こなた以外の子からもらえるとは……ありがとう、ゆいちゃん!」
「いえいえー、いつもウチのゆたかがお世話になってるお礼ですよ」
 恭しく受け取ると、ゆいちゃんは蛍光灯も簡単に灯せるぐらいの笑顔を浮かべて返事をしてくれた。
「じゃあ、その袋にはゆーちゃんとこなたの分もあるってわけだね」
「くふふふっ、それだけじゃないんですよー!」
 うおっ、言った途端にまたテンションが上がった。ということは――
「ははーん、きよたかくん絡みかい?」
「あ、わかっちゃいます?」
「わかるわかる。すっごい嬉しそうだしね」
「すいません、どうしても抑えきれなくって」
 申し訳なさそうに、ゆいちゃんが苦笑いを浮かべる。
「いやいや、気にしなくて大丈夫だよ。仲がいいって素晴らしいことじゃないか」
 俺に気を遣ってるんだろうけど、きよたか君のことで気持ちが揺れ動きやすいゆいちゃんだから、こういう姿を見せてくれてむしろ嬉しかったりする。
「きよたかさん、今日本社で会議なんですよ。それで、仕事が終わったら待ち合わせして、都内で一緒に食事しようってことになって」
「あー、だからそんなにワクワクしてるんだ」
「イエスッ! その時にきよたかさんに渡すチョコも、ちゃーんとココに入れてあります。明日も仕事だから、最終の新幹線で帰らないといけないみたいなんですけどね」
「でも、いいバレンタインになりそうじゃないか。きよたか君と一緒なら」
「はいっ」
 素直にうなずくゆいちゃん。こうしてみると、学生時代からの想いはまだまだ燃え上がって行きそうだ。
「おはようございま……って、あれっ、お姉ちゃんっ?!」
「おっ、ゆたか。おっはよー!」
 リビングに入ってきたパジャマ姿のゆーちゃんを、ゆいちゃんがガシッと抱きしめる。
「――っ?! ――っ!!」
「ゆたかは朝からかわいいねー」
「こらこら、ゆーちゃんもがいてるよ。じたばたしてるって」
「わわっ、ごめんごめん」
 まったく。ゆいちゃんはゆーちゃんのこととなったら見境が無くなるんだから。
「ふうっ……もうっ、お姉ちゃんってば強引なんだから」
「ごめんごめん。お詫びに、はいっ! ハッピーバレンタイン!」
 さっき俺にしたみたいに、ゆいちゃんがゆーちゃんにチョコを差し出す。
「わわっ、ありがとう! もしかして、このために朝から来てたの?」
「いえーす。お姉ちゃんの愛がたっぷりこもった手作りチョコレートだよんっ!」
「お姉ちゃんのチョコ、いつも美味しいもんねー」
 入ってきたときはまだ眠そうだったゆーちゃんが、嬉しそうにチョコを受け取った。やっぱり、ゆーちゃんもゆいちゃんが来てくれると嬉しいんだろうな。
「それにしても、こなたってばまた寝坊かなー? せっかくチョコを持ってきたのに」
「ああ、こなたは今自由登校期間で――」
「よーし、ついでだから私が起こしてあげよう! ゆたか、一緒に行くよー」
「お、お姉ちゃん?」
 うわっ、俺の話全然聞いてないし。
「私の必殺フライングボディプレスが唸っちゃうよー! ラティーノヒート! ビバララッサ!」
「おーい、ゆいちゃーん」
 ゆいちゃんは俺の話を聞かずに、ゆーちゃんを連れてリビングから出て行ってしまった。
 ……ま、いいか。まずは、久しぶりのバレンタインチョコを拝むとしよう。
 ラッピングを丁寧にほどくと、現れたのは白い箱。それを開けると、白砂糖とココアパウダーがまぶされたトリュフが、それぞれ8個ずつ仕切りに納められていた。
 少し不揃いだけど、それが手作りなんだって実感させてくれるような出来だ。どれどれ、まずはココアのを1個……おおっ。苦すぎず、甘すぎずでちょうどいい感じだ。今日は仕事もあるし、残りは夜食代わりにありがたくいただくことにしますかね。

 ……あ、今「ぐぇっ!?」って聞こえた。

 *   *   *

 そんなわけで、我が娘・こなたは現在自由登校期間中。
 一応受験生ではあるんだが、危機感があるのかないのかは、勉強までは見ていないからよくわからず。まあ、本人の裁量に任せてるから別にいいんだが――
「お父さん、お昼ごはんできたよー」
「あいよー」
 仕事にかまけて、真っ昼間からおさんどんさせてる俺もどうかって話だな。
 部屋から出ると、キッチンから漂ってくるのはだしの香り。ダイニングに入れば、テーブルの俺の席にはたまご丼と漬け物、お吸い物が揃えられていた。
「おお、これはなかなか」
「たまご丼の下に、ネギの他に出汁で軽く煮た豚肉を敷いてみたんだけど」
 そう言いながら、ひよこ柄のエプロンをつけたこなたは湯飲みにお茶を注いでいた。
「ほほぅ、開化丼にしてみたのか」
「この間店屋物で頼んだとき、結構美味しかったからさ。お父さんはお仕事中だし、スタミナがつくのがいいかと思って」
「ううっ、お父さん嬉しいぞー。いつでもお嫁に出せるが、貰うヤツは俺の屍を越えていけって感じだな」
「安心しなよ。私はまだまだ行く気もないしきっかけもないしね」
「むむぅ、腕を振るえなくて残念」
「むしろ、お父さんのほうが体格からしてボキッて行きそうじゃない?」
「ぐはっ」
 いつもと同じ、お約束通りのやりとり。
 なんだかんだ言っても、こうやって他愛もないおしゃべりに付き合ってくれるのは嬉しいもんだ。
「んじゃ、いただきます」
「はいっ、召し上がれ」
 席について、箸を手にする俺。
「ん? こなた、まだ食べんのか?」
 だけど、こなたはまだエプロンをつけたまま座ろうとしなかった。
「ほら、午後になったらかがみたちが来るって言ったでしょ。先にその準備をしておこうかなって」
「ああ、そういえば勉強会だったな。お茶菓子か何か、後で買った方がいいか?」
「んにゃ、今それを作ってるところだから」
 そう言って、オーブンの前へととてとてと歩いていくこなた。
「うーん、もうちょいかな」
「ケーキか何か焼いてたのか?」
「まあ、そんなとこ」
 何気なく言うこなた。だけど、珍しいことがあるもんだ。友達が来るからお菓子を自分で用意するとか……やっぱり、ちゃんと女の子らしい気持ちも育ってはいる――
「かがみたちも作ってくるっていうから、からかいついでにかがみを圧倒してみようかと」
「うぉいっ!」
 前言撤回、前言撤回! なんてヤなギャルゲー主人公チックに育っちまったんだ。一体誰のせいなんだ? 誰の!
「あとは、こうやってみんなに作れるのももう少しだけだからってのもあるかな」
「ああ……」
 そういえば、来月にはもう卒業なんだよな。小学校から数えて十二年……早いもんだ。
「出来たらちゃんとお父さんにも味見させてあげるから、先に食べてていーよ」
「ああ。んじゃ、いただきます」
「召し上がれー」
 止めていた箸を再び動かして、出汁がよくしみた卵と肉、ごはんを一緒に口にする。これもまた、一種のバレンタインプレゼントみたいなものなのかね。
「うん、美味い」
「おかわりも用意してあるからね」
「ああ……なあ、こなた」
「なに?」
「卒業しても、いつでもお友達を連れてきていいからな」
「ん、あんがと」
 ぶっきらぼうに言うこなただけど、振り向いたその表情はとても楽しそうだった。
 我ながら、いい娘を持ったもんだ。

 *   *   *

「ここの表現、なんか怪しいんだよなぁ」
 カーソルキーを適当に打って、カーソルをさまよわせながら考え込む。
「もうちょっと開いた表現にしたいけど、それだとキャラの歳が不相応に見えるし」
 締め切り前、毎度恒例の直し作業。校正段階でもいいんだが、出来るだけ今のうちにやっておこうと思うと、
「だからと言って、かしこまった表現にすると流れが止まるんだよなぁ」
 こうやって、どっちつかずの無限ループに迷い込んじまう。
 んー、一旦担当さんに読んでもらうかねぇ。でも、渡したら渡したでフルボッコされて夜遅くまでかかりそうだし、一応締め切りは来週だからもうちょい考えてみるか……
 うーん、迷う。
「お父さん、ちょっといいかな?」
「おう、いいぞー」
 聞こえてきた声に返事すると、ふすまが開いてこなたがひょいと顔を出した。
「どうした?」
「いつもお世話になってるから、ちょっと挨拶がしたいってみんなが言ってるんだけど」
「ええっ? いいっていいって。おじさんが行っても何にも得にはならんだろ?」
「まあまあ、そう言わずに。せっかく美少女が四人もいるんだよー」
「はて、柊さん姉妹と高良さんに、あとは誰が……ああ、ゆーちゃんか」
「……さいならー」
「ああっ、冗談だって! こなたっ!」
 足で乱暴にふすまを閉めようとするこなたを、慌てて呼び止める俺。ううっ、ただからかっただけなんだけどな。
「くだらないこと言ってないで、来るならさっさと来てよね」
 ちょっとむすっとしながら、こなたは部屋から出て行った。
「息抜きにもなるし、ちょいとおじゃましますかね」
 俺はPCをサスペンドさせると、半纏を羽織って部屋を出た。
 それにしても、来るときにはいつも挨拶してくれるとは。なかなか律儀でいい子たちだ。
「やあ、みんないらっしゃい」
「おじゃましてます」
「こんにちはー」
「お世話になってます」
 こなたの部屋のドアを開けると、いつもの女の子三人組かにこやかに挨拶してくれた。
「どうだい? 勉強のほうは」
「うん、真面目にやってるよ」
「ウソおっしゃい。何度PS2にフラフラ引き寄せられてるのよ」
「はうっ?! かがみってば、いきなりバラさないでよ!」
「事実でしょ」
「あ、あはは」
 こなたのヤツ、やっぱり相変わらずだな。この分だと、普段もちゃんと勉強してるんだか……
「それでも、ミニテストの点数が高いのは凄いよね」
「ええ。集中している時の正解率は凄いんですよ」
「いやぁ、それほどでも」
「きっとクイズゲームの影響なんでしょうけど」
「ぐは」
 かがみちゃんのツッコミに、図星とばかりに仰け反るこなた。こういうトコばかり、俺に似やがって。
「一応、こなたはやるときにはやるヤツだから。色々迷惑かけるかもしれないけど、これからもよろしくね」
「あははっ、私たちもお世話になってますから。それで、ですね」
「うん?」
 俺が首を傾げていると、かがみちゃんたちは手元のカバンをごそごそと漁り始めて、
「こちらなんですけど……」
「こなちゃんのお父さんに、よくお世話になってるお礼です」
「今日はバレンタインですし、ちょうどいいかなと思いまして」
「はいぃ?!」
 三人とも、俺にラッピングされた包みを差し出してきた。
 ピンク、赤、緑とそれぞれ包みの色も違っていて、リボンやシールが手作りっぽさを感じさせてくれる。
「あ、お父さん。私も私も」
「えっ?!」
 さらに、こなたまでが青い包みを差し出してきた。
「あ、味見じゃなくて? というか、今年はチロルチョコ一個じゃないのか?!」
「あくまでもついでだよ、ついで。まあ、お父さんにはいつもめーわくかけてるし、たまにはね」
「って、あんたはいつもチロルチョコで済ませてたんかい」
「作品のネタになるかなーと思って。ああ、アポロチョコのイチゴ抜きとかもやったっけ」
「おいおい」
 その意図は初耳だけど……ギャルゲとかエロゲのシナリオライターじゃないんデスヨ? 俺は。
「まあ、そういうわけで受け取ってくれるかな? かがみたちも作ってきてくれたんだし」
「拙いものではありますが、受け取っていただければ幸いです」
 そう言われてしまえば、出てくる答えは自動的に一つに絞られる。
「ありがとう、大事に食べさせてもらうよ」
 俺は一礼してから、四人からしっかりと包みを受け取った。
「これからも、こなたのことをよろしく頼むね」
「はいっ」
「もちろんですっ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「何かしでかしたら、その時はホントによろしくー」
「だから、そのやる気まんまんの発言はやめいっ!」
「あははははっ」
 かがみちゃんとこなたのやり取りを見たみんなが、弾かれたように笑う。
 やっぱりいいもんだな、学生時代の友達ってのは。こなたにとって、とても良き縁であってほしい……そんな風に思える、四人とのやりとりだった。

 しかし、手作りチョコが五個……
 学生時代にも無かったことだけど、俺ってば夢を見てるのか?
 というか、これなんてエロゲ?

 *   *   *

 思わぬプレゼントをもらった俺は、結局仕事を放り出して夕食作りに励んだ。
 プレゼントを貰ったなら、こっちもそれなりにお返ししないと男がすたるってもんだ。ホワイトデーに家に来れるかもわからないしな。
 そして、手作りのハヤシライスとトマトゼリーを振る舞った夜のこと。

「えっと……おじさん、ちょっと台所を借りてもいいですか?」
 キッチンで洗い物をしていると、ゆーちゃんがちょっとおどおどしながらそう尋ねてきた。
「うん、大丈夫だよ。もう今夜は使う予定は無いから」
 そう言うと、ゆーちゃんはほっとしたような笑顔を浮かべて、
「ありがとうございますっ!」
 ぺこりと、俺に頭を下げた。
 相変わらず他人行儀だけど、ここらへんはどうしてもしょうがないのかもしれない。わかっていてもちょっと寂しいのは、ゆーちゃんを家族として見てるからなんだろうか。
「で、何を作るんだい?」
「えっと、みなみちゃんから教わったんですけど……」
 ビニール袋の中から、市販の板チョコを数枚取り出すゆーちゃん。
「このチョコを刻んでから湯煎して、果物を絡めて食べると美味しいって聞いて」
「ああ、チョコレートフォンデュを作るんだ」
「はいっ、そうです」
 なるほど。他にも袋に入ってると思ったら、果物が入ってるわけか。
「色々迷ったんですけど、柊先輩と高良先輩も来ているって聞きましたから。これだったら、みんなで食べられて美味しいかなと思って」
「なるほど、それはいい考えだね」
 俺が褒めると、ゆーちゃんは板チョコの包みで口元を隠しながら照れくさそうに笑った。
「なら、冷蔵庫にあるリンゴとかパイナップル缶も使うといいよ。あれもチョコには合うから」
「えっ? で、でも私が勝手に作るんですし――」
「いいのいいの。買い置きの果物はこういうときに使うものだよ」
 そのまま食べたりヨーグルトに混ぜたりするのもいいけど、こういう時に使ってこそだと思う。
「あの、えっと……それじゃあ、いいですか?」
「ああ、もちろん」
「すいません、なんかわがまま言っちゃって」
「いいんだよ。ここはゆーちゃんの家なんだから、そんな気兼ねしなくても」
「ありがとうございます」
 可愛い子にお願いされて、断れるわけがない。むしろ、手助けしてやるぐらいじゃないと。その方が、フラグも折れにくいっていうし。ああ、ゲームの話デスヨ? ゲームの。

 俺が洗い物に戻ると、ゆーちゃんはかわいい手つきで板チョコを刻み始めた。
 危なっかしいわけじゃないけど、かわいい仔猫柄のエプロンと子供らしい背格好を見てると、その、なんというか、アレだ。「見守ってあげたい」って感じがしてたまらない。
 言っておくが、決してやましい気持ちじゃないぞ。あくまで肉親としてだからな!
 その結果、俺の洗い物は非常にスローペースになり、
「これでよしっと」
 ゆーちゃんが湯煎し終わった頃に、拭いた食器をようやくしまい終え……というか、すすいだ食器が乾きかけるぐらいの時間になっていた。
「お疲れさま、ゆーちゃん。それじゃあ、みんなを呼んでこようか?」
「あっ、ちょっと待っててください」
 自分のエプロンを外そうとした俺を、ゆーちゃんが呼び止める。
「どうしたの?」
「えっと……こんな感じかな?」
 洗ってあったイチゴをちょこんと竹串に刺して、湯煎で溶かしたチョコにくぐらせるゆーちゃん。
 しっかりチョコが絡まったのを確認すると、俺にそれを差し出して――
「はいっ、どうぞ」
「へっ?!」
「さっきのお礼という程じゃないですけど、最初に食べてみてください」
「い、いいの?」
「もちろんですっ」
 にこにこ笑いながら、ゆーちゃんがその串を渡してくれる。
「それじゃあ、遠慮無くいただきます」
 そう言って、チョコイチゴを一口でぱくっと食べると……
「ん、んまいっ!」
 チョコの甘さと、イチゴの甘酸っぱさがちょうどいい感じで口の中に広がっていく!
「ホントですか? よかったぁ!」
 さらに、目の前には可愛い女の子の笑顔! これで美味しいと言わずに何と言おう!

 最後にマトモにバレンタインを祝ってもらってから十八年。まさか、再びこんな幸せな日が来ようとは!
 しかも、六人の女の子からチョコレート! こんなに貰ったことなどあるだろうか?! 否、無い!
 突然変異と言っても過言ではない。いや、こういうことは突然来るのかもしれない。
 だから、あえて言おう!

 俺の時代が来たと!!

 うっしゃあっ! こうなったら今日は包み紙まで喰らってやるわ!

 *   *   *

『……楽しそうですねー』
 真っ暗闇の中、女の子の声が響いてくる。
 とても可愛らしく……そして、懐かしい声。
『ホント、とっても楽しそうです』
『……かなた?』
 逝ってしまってから十八年、ずっと聴くことの無かった声。
 その寂しそうな声が、暗い闇の中で響いている。
『かなた、かなたなのか?』
 言いながらまわりを見回しても、闇があるだけで何も無い。
 いや、闇というか……コレは、壁?
 手探りで周りを触ってみると、まるで井戸の中のようにまわりが囲まれていた。
『そう君ったら、デレデレしちゃって……』
 いや、これは寂しそうなんじゃなくて――
『しかも、自分よりひと回り以上年下の子に……』
 もしかして――
『さらに、姪っ子にまでデレデレしちゃって!』
 ジェラシーデスカ?!
 あわてて見上げてみると、そこには小さな影。
 陽射しで逆光になっているせいか、その顔を見ることは出来ない。ああっ、なんて悪いタイミングなんだ! かなたの姿が見られるかもしれないってのに!
『そう君ってば、ちっとも私のことを思い出してくれないんだから!』
『いや、これはなんというか、突発的なことだったからな! 思考が追いつかなくて!』
『ふーんだっ。十年以上もチョコを作ってたのに、それを忘れたなんてひどいじゃない!』
『いやっ、もちろん覚えてるって! ただ、久しぶりのモテ期に舞い上がっちまってたんだ!』
『そんなの痛い勘違いじゃない!』
 おおぅっ、バッサリ切り捨てられた!
『罰として……久しぶりに、私からもチョコをあげちゃうんだから!』
『へっ?』
 えーっと、それは罰じゃないんじゃ?
『たっぷりと、食べきれない……ううん、飲みきれないぐらいあげちゃうもん』
 そんな言葉と一緒に、上から雨らしきものが降ってきた。
 ポツポツと降ってきたのが、ボタボタ、ドロドロと変わっていく。しかも、その香りはすっごく甘ったるくて、ぬるくって……これって、もしかして溶けたチョコ?
『ぐおっ?!』
 舐めてみると、とんでもなく甘い。つーか、砂糖の量間違えてるだろ! カカオ数十%
なんてレベルじゃねーぞ?!
『か、かなたっ! 悪かった! 俺が悪かったからっ!』
『つーん』
『ああっ、せっかく久しぶりに会ったってのにぃ!』
 もどかしいっ! 気持ちが通じないのと姿が見えないのとですっげーもどかしい!
 とにかく、今はこのままチョコで浮かんでかなたのもとにたどり着くしか――
『えっと、もうちょっとだけ多めにして……あ、間違えちゃった』

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 って、全開ですかぁぁぁぁぁぁぁ?!
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 と、とりあえずはこれで浮かんで……って、ドロドロにまとわりついて身動きとれねぇ! つか、埋まっていくなんてアリか?! もう浮かれないからっ! 許してくれ、いや、許してください! かなた、かなたってばぁ!!

 …………

「うーん……かな……かなたぁ……」
「あーあ、すっかりのぼせちゃって。鼻血まで出してるし」
「お姉ちゃん、ティッシュ持ってきたよ」
「ああ、ありがと。これをチョイチョイっと鼻に詰めてっと」
「おじさん、大丈夫かな?」
「調子に乗りすぎたんだよ。たまにチョコをたくさんもらったからって」
「すっごく食べてたもんねー」
「かなたぁ……かなたぁ……」
「今頃、夢の中でもお母さんにチョコを貰ってるんだよ。まったく、自分ばっかり幸せな目を見ちゃって」
「でも、なんか苦しそうだよ?」
「気のせいだよ、気のせい。さあ、部屋のほう片付けちゃお」


「もうしないからぁ……まってぇ、たすけてくれよぉ……」

novel
Copyright (c) 2008 Kazuki Takatori All rights reserved.
 

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