「好き」のチカラ
イスの背にかけておいたメイド服を、ハンガーにかける。
しっかりとシワを伸ばして、ロッカーのフックに引っかければ片付けおしまい。うむ、簡単簡単。
「お疲れさま、泉さん」
「あ、お疲れさまですー」
振り返ると、私服姿の先輩が裏口からバックルームに入ってくるところだった。
「先輩、すっごい重装備ですね」
よく見てみれば、ニットの帽子にマフラーにコート、しかも手袋まで。
「だ、だって、すっごい寒かったんだもん」
もこもこした格好でふるふる首を振る姿が、可愛いのなんのって。
「もう冬本番ってヤツですかね。夜なんかもっと酷いかも」
「いいなぁ、泉さんは昼シフトで帰れるから。今年は、クリスマスパーティーには出ないんだっけ?」
「すいません、誕生日はそれで家族みんなにスネられちゃったもんで」
ええ、今でも思い出せますよ。私を見るお父さんとゆーちゃん、ゆい姉さんの視線がとーっても寂しそうだったのを……
「だったらしょうがないわね」
「新年会には出られる予定なんで、その時にでもはしゃごうかなと」
「なるほどね。じゃあ、私も楽しみにしてるわ」
「はいっ」
そう言いながら、楽しそうに笑う先輩。こういう人たちがいるから、私は今の職場がお気に入りだったりする。
「んじゃ、お先に失礼しまーす」
コートを着終わって、まずは先輩に一礼。
「はいっ、お疲れさま」
ひらひらと手を振ってくれる先輩を見てから、私はカバンを手にしてメイド喫茶を後にした。
「好き」のチカラ
from "らき☆すた - Lucky☆Star -"
Written by Kazuki Takatori
「う〜、寒っ」
思わず、コートの襟を立てたくなるほどの冷気。
人混みの中でも容赦なく吹き付けてくるソレは、今の私にとっては最大の敵だった。
時計を見れば、まだ午後3時ちょい過ぎ。でも、ビル街のせいで陽当たりがあんまり良くないアキバじゃ、この時間でもかなーり寒かったりする。
今通りがかってる駅前――高層ビルが立ち並んでるあたりなんか、特にビル風が酷くて酷くて。
「あったかいココアでも買っていこうかねー」
そうつぶやきたくなるほど、私のほっぺたってばすっかり冷え冷え。今だったら『再会のお祝い』とか言われてホットの缶コーヒーを渡されても簡単に許しちゃいそうだヨ。
そんなことを考えているうちに、交通量が多い昭和通りが見えてきた。あともう少しで地下鉄の駅に着く……と思っていたら、
「おわっ!?」
国道に面してるお店から、何故か人が溢れかえってるんですケド!
「な、なんなんだろ、一体」
見てみると、その人たちが手にしてるのは少し大きめの画用紙みたいで、何か絵が描いてあるような……モノクロだったり、カラーだったりして色とりどりだし。
そして、その人たちが列を作っている先には数台のコピー機。
「あー、もうそろそろこの時期か」
全てのことに合点が行って、思わず手をポンっと叩く。
『コミケ直前名物、コピー誌作り』――コンビニやらコピーセンターやらでこの時期よく見かける光景らしいけど、まさかそれがアキバでも見られるとは。
なんとなく気になって中の様子をうかがってみると、三台のコピー機の他にパソコンとか断裁機が置かれていて、カウンターには係員らしき人もいる。だからといって広いわけでもなく、
全部の機材に人が群がっているもんだからすっごい窮屈なことになっていた。
並んでる人たちの表情にも疲れの色が浮かんでいて、まさに『修羅場中』って感じ。サークルさんは、いつもこんな苦労をしてるんだねー……ホント、ご苦労様なことです。
思わず頭を下げてしまいたくなるほど、建物の中にはピンと張りつめた空気が漂ってる。こういうのが見られるのは貴重だけど、作りもしないのに長居するのはちょいと気が引けた。
――出来上がった本に出会うのは冬コミまでの楽しみにして、私はそろそろ……
そう思いながら、静かにお店を後にしようとしたとき、
「……おろ?」
一番奥のコピー機で、顔見知りの子がわたわたと慌てながら作業をしているのが見えた。
ちょっと観察してると、出てきたコピー紙をまとめたり、原稿をセットしたり、並んでる人の列を見たりして混乱しているみたい。むぅ、こりゃ相当テンパってますなぁ。
コレも何かの御縁だし、ちょっくらお手伝いしますかね。
「おーい、ひよりん」
「ふぇっ?! い、泉先輩?!」
声をかけると、挙動不審っぽく身を震わせるひよりん。目の下にクマまで作っちゃって、そりゃテンパるわけだわ。
「とりあえず、この出てきた紙をまとめておけばいいのかな?」
「あ、そ、そうですけど……でも、どうして?」
「それは後。とにかくちゃっちゃとやっちゃお」
「は、はい……あ、まとめる時、一番上にポストイットを貼ってから重ねてください」
「あいよー」
ひよりんに言われたとおり、コピーし終わった紙をまとめて、積み重ねられた印刷済みの紙の上に重ねていく。あとは言われたとおり、ポストイットを貼って、と。
指示された作業をしながらコピーされたマンガをちらっと見てみると、ひよりんの疲れとは対照的に活き活きとした作品が描かれていた。
軽妙なラブコメ百合ストーリーに、ちょっときわどいネタが盛り込まれていたり、ページぶち抜きで女の子同士のキスシーンが描かれていたりと、実に気合いが入ってること。
――これだけ力を入れてたら、そりゃヘロヘロにもなるか。
そんなひよりんのマンガ魂に感服しながら、私は黙々とサポートに徹していった。
* * *
「はいっ、お疲れさま」
「あ……どうもっス」
ぼーっとしてるひよりんに、コーヒーとガムシロップを渡してあげる。
私もホットココアが入った紙コップを手に、ぼーっとしてるひよりんの向かいに座った。
一口飲むと、ほんのりとした甘苦さといっしょに、ぬくもりが体中に広がっていく。
コピー作業が終わった私たちは、近くにあったマックに入って一旦休憩することにした。
寒さから逃げようっていうこともあったけど、今のふらふらなひよりんをそのまま帰しても危なそうだったっていうのもあって。
「かなりキてるみたいだね、ひよりん」
「あはははは……面目ないデス」
ほら、やっぱり限界直前だもん。少しは休ませてあげないと。
「ふぅ……でも、どったの? 確かこないだ入稿したんじゃ?」
終業式前の憔悴した様子を思い出しながら、私はひよりんにその疑問をぶつけてみた。
「それが、急にネタがガーンと来まして。でも印刷所の締め切りにも間に合わなかったもんですから、こうなったら突発コピー本でも作っちゃおうと」
「それ、夏コミでもやってなかった?」
「ネタが出てくると、どうしても止まらないんですヨ……」
「同人作家によくあるパターンですな」
よく行く作家さんのHPにも突発的に本を作ったりとか「家内制手工業中デス」だとか書かれたりするけど、やっぱりひよりんもそーゆー人種でしたか。
「いつも余裕でコミケに臨もうとはするんです。でも、時間があるとどうしてもネタを考えちゃって、本にしたくなっちゃって」
「そして、それを行動に起こしちゃうと」
「そういうことです」
コーヒーをこくんと飲んでから、楽しそうに笑うひよりん。うむ、実に立派な同人魂だ。
「けど、どうしてひよりんがこっちまで来てるのさ。家は埼玉なのに」
「ウチの近く、コンビニとかで両面印刷をさせてくれるところが無いんですよ。コピーセンターに頼んでもちょっと高く付くし」
「あー、そういえば確かに『差し込みコピーは禁止です』とかよく書かれてるもんね」
「ええ。でも、さっきのお店だとコピー代が少し安くて、しかも簡単に両面印刷ができるから便利なんです。だから、突発本の時にはよく使ってて」
「なるほどねー。まさか、あそこにそんなスポットがあったとは……秋葉原、まだまだ恐るべし」
アニメとかゲームとか家電製品だけじゃなく、そんなディープすぎる同人スポットまであるなんて……どこまでマニア向けの街なんだ、秋葉原。
「私だってびっくりですよ。まさか、先輩の仕事場の近くだったなんて」
「行き帰りにはあそこの店の前を必ず通るんだよ。いつもは人があんまりいない所だから、あの人混みにはついついびっくりしちゃった」
「あのお店はお仲間さん御用達なんです。明日明後日ぐらいには、多分そこら中の支店でお仲間さんがさらに増えてると思いますよ」
「うぉう……見てみたいような、でも怖いような」
「はっきり言って怖いっス、あの雰囲気」
「だよねー」
順番待ちの人たちの目がギラギラしてたり、店員さんたちも大忙しで製本作業とかしてたもん。あの雰囲気の中には、確かにあんまり長居したくない。
「んで、あとは製本したらひよりんは自由なのかな?」
「いえいえ。まだまだ値段表とかPOP作ったり、サークルの看板や告知ペーパーを作ったりとか、まだいろいろと残ってます」
「さすがよくやるねぇ」
「いやぁ、一般参加の人々に楽しんでもらうには何でもしますヨ」
私の言葉に、ひよりんは照れくさそうに笑って見せた。
「ちなみに、今回出すのはどんなのヨ? ファンその1にこっそり教えてくれたまへー」
「ファ、ファンその1だなんて、私はまだそんなっ!」
「謙遜しなさんなってば」
実際それだけの力はあるんだし、まだまだきっと伸びるはずなんだから……まあ、今それをひよりんに言ってもプレッシャーになっちゃうだけか。
「え、えっと、新刊が百合ネタのオフセット本と100円コピー本、それと旧刊が二種類ですね」
「おりょ? そのコピー本、100円にしちゃうんだ」
「ちょっと足は出ますけど、あくまでも突発ですから」
「なるほどねー」
となると、この二つは要チェックだね。こないだゆーちゃんに見せたら、もっと読んでみたいって言われたし……ちなみに、ひよりんが恥ずかしがるからヒミツにねってことで。
「ちなみに、ちょっと下世話な話だけど……全部頒布しきって、どのぐらいになるの?」
「んーと、500円のを100部頒布ですから、全部で5万ですね。でも、現実在庫も結構残りますし、印刷代も両方合わせて5万近いですから、実際はほとんど赤字ですよ」
「ふぇー、今でもそんな感じなんだ」
「そんな感じなんです」
コーヒーを飲みながら、こくんとうなずくひよりん。最近は印刷代も安くなったと思ってたけど、今でもそういう感じなんだ。
「お兄ちゃんからも教えられてきました。『利益が帰りの交通費分出たら感謝、往復出たら大感謝、打ち上げのラーメン代まで出たら奇跡、餃子がつくなんてありえない』って」
「そんな教えまであるんだ」
「先人たちから教えられてきたらしいっス」
コミケも30年ぐらいになると、さすがにそれだけの言葉が出てくるってことか。
「でもまあ、確かに購入してもらえて楽しんでいただければ、それだけでも嬉しいですからね」
「そっかぁ」
しゃべっているうちに、さっきまでの疲労がウソみたいにひよりんの表情が輝いていった。なるほど、そういうキモチがひよりんの力の源の一つってことか。
「そういう心構えがあると、作品作りにもいい影響が出るんだろうね」
「いやぁ、まだまだっスよ」
「ゆーちゃんとかみなみちゃんからもネタが湧いてきて順調みたいだし」
「っ?! せ、先輩、気付いてたんでスか?!」
「そりゃ当然」
ココアを飲んでから、あごをカコーンと落としたひよりんにうなずく私。
「よく二人の会話とか仕草を観察してるの、私はちゃんとお見通しですヨ」
「おぉぉぉ……」
ショックを受けたように手を痙攣させるひよりん。むー、そんなにショックなことかね。
「よくあることらしいじゃん、身近な人からネタが思いつくなんて」
「そ、それはそうですけど」
「今回のコピー誌も、百合ネタは二人がモデルみたいだし」
「っ?!」
「さすがに背の高さは逆転させたみたいだけど、それはそれで味があっていいやね」
「お、鬼っス! 先輩は鬼っス!」
「いや、フツーに感想言ってるだけだし」
「そ、それはそうですけど……ううっ」
私がネタのことに言及するたびに、動揺しまくっていくひよりん。そこまで、二人が元ネタってことはタブーなのかな。
「やっぱり、二人にはあんまり知られたくない?」
「……はい」
息をつくように、ひよりんはちびりとコーヒーを飲んだ。
「どんなに面影を重ねてても、物語と現実って別物じゃないですか。妄想で二人をネタにしたマンガを書いていますけど、でもやっぱり現実の二人もいて……もしもバレたりしたら、その全部が壊れちゃいそうで」
「むー」
確かに、元の人に知られたくないってのは描き手の心理としてあるのかもしれない。でも、全部が壊れちゃうっていうのはさすがに考えすぎだと思うんだよなー。
「例え話になりますけど」
「ん?」
「もしも泉先輩がブログとかで日記を書いてて、毎日の出来事を名前をぼかさずに書く。
でも、その中に相手が知られたくないお話があるのに、そのまま書いちゃったりしたら」
「あー……確かに、確実に関係が壊れるか、そうなりかけるね」
「そういうことです」
それだと、確かに納得出来るかも。
「『自重しろー』って、ココロの中で言ってる自分も確かにいます。でも、やっぱり二人を見てるといつの間にかお話が出来上がって、ついつい描きたくなる自分もいて……最終的に
『知られなければいい』っていう結論に行き着いちゃったんです。
……ダメダメだなって、わかってはいるんですけどね」
自嘲気味に苦笑して、一気にコーヒーを飲み込むひよりん。でも……
「ダメダメじゃ、ないと思うけどな」
「えっ?」
ココアを飲み干して、私は苦笑しているひよりんの目を見据えた。
「迷いがあるってことは、それだけ二人のことが大事だってことでしょ?」
「えっと……はい」
一瞬ためらいながらも、ひよりんは確かにしっかりうなずいた。
「それでも描いちゃうっていうのは、それだけ二人のことをしっかり見てるってこと」
言葉にしていくうちに、自分の中でひよりんが思っているはずのことが結ばれてゆく。
「だから、そのくらいひよりんは二人のことが好きなんだよ」
「なっ?!」
私の言葉に、ひよりんの顔は一瞬にしてトマトみたいに真っ赤になった。
「そっ、それは、あのっ!」
「好きじゃないってわけではないんだよね?」
「も、もちろんっス! 二人とも、その、大切な友達で……」
「でしょ? その『好き』が『恋』ってことじゃなくても、二人のことを想って見守っているんなら、立派に『好き』ってことになると思う」
「立派に……好き……?」
「そう」
それは、自信を持って言えること。
「『好き』が溢れた結果が物語になって、でも、大元のこと二人のことを考えて自分の中に
しまってある。それも、きっとゆーちゃんとみなみちゃんのことが好きだからだよね」
「……そう、かもしれないっス」
小さい声だけど、ひよりんはぽつりと確信したように呟いた。
「だったら、迷うことなんて無いって。三人でいつも通りに過ごして、ゆーちゃんとみなみちゃんのことを観察して、たまに自分の心とケンカしてみればさ」
「いいんですかね?」
「いいんだってば。それに……」
「えっ?」
「私も嬉しいんだよ。ゆーちゃんの姉代わりとしても、一人のファンとしても」
「姉代わりと、ファンとして……ですか?」
「うん。ひよりんはゆーちゃんを見守ってくれたり、いいお話を作ってくれたりしてるから」
最近は良くなってきたとはいっても、やっぱりゆーちゃんの体はまだ弱い。だからって、ずっとゆーちゃんのことを見ているわけにもいかない。
もちろん、みなみちゃんのことだって信頼してるけど、やっぱり見てくれている人は一人でも多いほうが嬉しい。それが二人のことを想ってくれる人だったら、なおさらのこと。
あとは……ファンとして、それだけ考えられて作られた物語を読みたいっていう、ちょっぴりヨコシマな想いもあったりするんだけど。
「これからもさ、ゆーちゃんのことを頼むよ」
「もちろんっス! 微力ではありますけど、小早川さんは岩崎さんといっしょに守りますから」
「ありがと、ひよりん」
こうやって力強く言ってくれると、おねーさんはとても安心ですよ。うん。
「じゃあ、これからもいつも通りってことで」
「あったりまえだってば。むしろひよりんが積極的に行くほどのイキオイで」
「そ、それはさすがに無理っス!」
「あははっ、冗談だってば」
「む〜」
ようやく、ひよりんの表情に明るさが戻ってきた。
私のからかいがきっかけではあったけど、このことでたまに迷ったりしてたみたいだし、少しは吹っ切れてくれればいいんだけどな。
「よしよし。お詫びと完成の前祝いを兼ねて、おねーさんが何かごちそうしちゃいますヨ」
「ふぇっ? い、いえ、そんな、悪いっスよ!」
「いいのいいの、へろへろなまま帰っちゃ体壊すよ? マックのメニューだったらあんまりお腹に溜まらないし、夕ご飯にはそんなに響かないと思うしさ」
――それと、ちょっとしたエールも込めて。
「えっと、私としても先輩に手伝ってもらったんで……ワリカンってことで」
「ふふふっ、そういうところは律儀やね」
「いつもお世話になってますから」
そう言って、ひよりんはいつも通りのほんわかとした笑顔を向けてれた。
まだまだ成長途中の作家さんだけど、こういう風に考えることは、創作の糧になるはず。
たまに迷ったりしても、私やゆーちゃんやみなみちゃん、それに八坂さんやお兄さんたちも見守ってるから、きっと大丈夫。
だから……
「んじゃ、ペーパーのネタになりそうだからメガタマゴで!」
「うぉう、いきなりチャレンジャーだね!」
これからもがんばれ、ひよりん!
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