陽だまりの樹の下で
「ただいまー」
玄関を開けて、いつものようにごあいさつ。
「ああ、おかえりー」
「ゆーちゃん、おかえり」
お姉ちゃんとおじさんからも、リビングのほうからいつものようにあいさつが返ってくる。
このお家に引っ越してきてからかなり経って、今ではすっかりあたりまえの出来事。
リビングに入れば、のんびりとマンガを読んでいる二人。この光景も、今じゃすっかりおなじみです。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いーのいーの」
私が謝ると、お姉ちゃんはひらひらと手を振って優しく笑ってくれました。
「せっかくみなみちゃんとひよりんが誘ってくれたんだもん。そっちのほうも大事でしょ」
「でも、こんな時間になっちゃったし――」
「気にしないの。特別な日なんだから、たまには羽目を外したっていいじゃん」
「そうだよ。料理も煮込み料理にして、いつでも食べられるようにしておいたからさ」
多分待っていたはずなのに、二人とも気にしていない様子でそう言ってくれます。
「ありがとう。おじさん、お姉ちゃん」
だから、これ以上は悪いと思ってお礼を言いました。
「まだこれからテーブルを用意するから、ゆっくり着替えてきて大丈夫だよ」
「うんっ……あ、そうだ」
「どしたの?」
「あのね」
部屋を見渡しながら、どうしても気になったことを口にします。
「ゆいお姉ちゃん、まだ来てないの?」
いつもだったら、こういう日には来てくれるゆいお姉ちゃんがいません。
「あー、今日はちょっと仕事が長引くって言ってたから、まだかかるんじゃないかな」
「そっかぁ……」
お仕事なら、しょうがないと思う。でも、やっぱりお姉ちゃんがいないのは寂しいな。もちろん、おじさんとこなたお姉ちゃんがいて楽しいのは確かだけど……ゆいお姉ちゃんは、ゆいお姉ちゃんだから。
「まあ、仕事が終わったらすぐに来るって言ってたから大丈夫でしょ」
「そうだね」
うん、きっと大丈夫。ゆいお姉ちゃんのことだから、遅れてもきっと来てくれるよね。
私の想いをわかっているみたいに、こなたお姉ちゃんもおじさんもにっこり笑ってくれている。
そんなみんなのあったかい想いを受けて――
私は今日、十六歳を迎えることができました。
陽だまりの樹の下で
from "らき☆すた - Lucky☆Star -"
Written by Kazuki Takatori
「えーっと」
戸棚を開けて、たくさんの種類のお皿を見上げる。
「お姉ちゃん、深皿よりもスープ皿のほうがいいよね?」
「そうだね、深皿じゃちょっと量が多くなっちゃうし」
お鍋をかき混ぜているお姉ちゃんが、首をちょっとだけこっちに向けて答えてくれました。
「わかった」
言われた通り、スープ皿を四人分手にしてゆっくりとまな板の上に移します。
「まったく……ゆーちゃんったら座って待ってればいいのに。ね、お父さん」
「そうだぞー。なんてったって、今日の主役はゆーちゃんなんだからな」
「だって、いきなりそう言われても落ち着かなくて」
からかうように言う二人に、ちょっと照れくさくなっちゃう私。
「まあ、そこがゆーちゃんらしいといえばゆーちゃんらしいか」
「かもねー」
二人の気遣いは嬉しいけど、いつも通りにしたいときはいつも通りにしたいもん。
そう思いながら、今度はスプーンとお箸を四人分取り出してテーブルに置いていく。今は三人しかいないけど、きっともうすぐゆいお姉ちゃんも来るはずだから。
「んじゃ、次はこっちをお願いできるかな」
「はいっ」
お願いされて、今度はお盆を手にしてキッチンへ。
エプロン姿のおじさんはお鍋とにらめっこしながら、お玉をぐるぐるかき回し続けていました。
お鍋の中からは、ほんのりと牛乳とコーンの甘い香り。
「そろそろ頃合いかなっと」
コンロの火を止めて、スープ皿を手にするおじさん。手にしていたしていたお玉からお皿に注がれていくのは、とろとろに煮込まれたホワイトシチューです。
「おいしそうですね」
「もうかなり煮込んでおいたからね。タマネギなんかは形が無くなっちゃってるかも」
「でも、それもまたコクが出ておいしいんだよねー」
お姉ちゃんも私の隣に来て、おじさんの手元を見ていました。
「それにしても、ゆーちゅんは珍しいよね」
「えっ?」
「いやさ、牛乳はダメなのにシチューは大丈夫だっていうのがね。シチューって牛乳を煮込んだものだろ?」
「ほらっ、よくあるじゃないですか。そのままじゃ無理でも、調理すれば食べられるものとか」
「おー、なるほど」
「トマトはダメでもミートソースは大丈夫とか、そんな感じかな?」
「そうそう」
私の言葉に、おじさんもお姉ちゃんも納得したようにうなずいてくれます。
そんな風におしゃべりしながらも、私が手にしているお盆にはシチューが満たされたスープ皿が三人分載せられていきました。
「気を付けなよ?」
「もうっ、大丈夫だってば」
ほんと、お姉ちゃんもゆいお姉ちゃんと同じで心配性なんだから。
苦笑いしながら、お盆を両手で持ってテーブルに。あとはいつもの席にお皿を置いて、と。
「これでいいかな?」
「うんっ、オッケー」
満足そうにうなずくお姉ちゃんに、私もつられてうなずきます。
テーブルに並んでいるのは、ごはんにホワイトシチュー、ほうれん草とベーコンのバター炒めに、キャベツのピクルス。お野菜が多いメニューだけど、バランスがとれた味付けじゃないかな。
「それじゃあ、そろそろ食べよっか」
「あいあいさー」
「はいっ」
エプロンを外したおじさんにうながされて、いつもの席に座る。
目の前のスープ皿からは、シチューがほかほかと湯気を立てていておいしそうです。
だけど……
「ゆいお姉ちゃん、まだ来ないなぁ」
時計は八時をまわっているのに、電話もまだ来ません。いくら残業とはいっても、もうそろそろ帰ってきてもいい時間なはずなのに。
「あー、きっと食べているうちに来るはずだよ」
「そうかなぁ……」
お姉ちゃんのことだから、事故とかに遭ってないといいんだけど……
「まあ、きっとそろそろ来る頃でしょ。ケーキの時には、ゆい姉さが来るまで待とう?」
「うーん……そうだね」
確かに、心配しすぎるのもいけないかな。
さっきはお姉ちゃんたちのことを心配性だって思ったけど、私も心配性なのかも。
「じゃあ、いただきます」
「いっただっきまーす」
「いただきますっ」
おじさんにならって、私たちもいただきますのあいさつ。
まずはスプーンを手にしてから、シチューをひとすくいして、と……
「はむっ」
口にしたとたん、ルーのやわらかい味が広がっていきます。
本当は嫌いなはずの牛乳の味も、こうして食べるとおいしく感じられて不思議……んっ?
「どったの? ゆーちゃん」
「えっ? う、ううん、何でもない」
首を傾げていたのを見られていたみたいで、あわててお姉ちゃんに手をひらひら振ります。
――でも……この味は、確か……
そう思いながら、スプーンで具をすくってみる。
中に入ってるのは、コーンにニンジン、とろけかけのタマネギにじゃがいもと、あとは……鶏肉? でも、確かおじさんとお姉ちゃんはいつも豚肉を使ってたはずだよね?
どうしても何かが引っかかって、その鶏肉をルーといっしょに食べてみると……
「あっ」
心の中で浮かんだ疑問が、その味で溶かされていきます。
「この味……」
まわりを見回してみても、この味の作り主はどこにもいません。
確かにおじさんたちが作るシチューはおいしいけど、いつもの味じゃないから。
「ゆ、ゆーちゃん?」
もしかして、お姉ちゃんが習ったとか?
でも、この味は確かに私がよく知っている味。
私が、いつも食べていた味と変わらないはず……
「あ、えっ、えーっと」
じーっと見つめていると、何故かくちびるの端をぴくぴくとさせるお姉ちゃん。
「おねーちゃん?」
「どっ、どしたのかなー?」
しかも、何故か言葉を詰まらせてるし……もしかしてっ!
「おじさん、ちょっと失礼しますっ!」
「わっ、ゆ、ゆーちゃんっ?!」
私は急いで席を立って、廊下に出ました。
お姉ちゃんたちが考えることだから、きっと――
バタンッ!
「ゆいお姉ちゃんっ!」
「おわっ! ゆ、ゆたかっ!?」
ほらっ! やっぱりお姉ちゃんの部屋にいたっ!
* * *
「まったくもう、お姉ちゃんたちったら……」
部屋に戻った私が、ぷんすかしながらシチューを食べていると、
「い、いやぁ、まさか気付かれるとは」
「というか、ビックリさせるはずがビックリさせられるとは」
私の隣でゆいお姉ちゃんが、そして向かいでこなたお姉ちゃんがぽりぽりとほっぺたをかいていました。
「ゆいお姉ちゃんのこと、すっごく心配したのに」
「ご、ごめんね、ゆたか。ちょーっとばっかり驚かせようと思ってただけなんだよ」
スプーンをシチュー皿に置いてから、申し訳なさそうに私の顔をのぞき込んでくるゆいお姉ちゃん。
「それに、こなたお姉ちゃんまで私にウソついて」
「わ、私もちょっとばっかり驚かせようと思って……あ、ちなみに発案者はゆい姉さんだからね」
「ちょっ、汚っ! 元はと言えばこなたが同意したんじゃんかー!」
「おいおい、そりゃ二人とも共犯ってことだろ?」
「キッチンを貸したお父さんもね」
「ついでに手伝ってくれたおじさんも」
「うぉーい!」
もうっ、三人して押しつけ合っちゃって……でも、それだけ私に楽しんで欲しかったってことなのかも。
「私のことをびっくりさせようとしたのは、三人とも確かなんでしょ?」
「「「は、はい……」」」
シチューを飲み込んでからそう言うと、三人ともしゅんとしちゃった。
だから……怒るのは、ここまで。
「ありがとう。私の誕生日のために、いろいろしてくれて」
「ゆーちゃん……」
「ゆたか……」
今度は、素直に笑ってみせます。
だって、わかってるもん。三人とも、こういうのが大好きな人たちだって。
「でも、まさかゆいお姉ちゃんがシチューを作ってくれてたなんて」
「あ、いやー、あはははは」
お礼を言うと、ゆいお姉ちゃんってば恥ずかしそうに顔が真っ赤っか。いつになっても、お姉ちゃんのこのクセは変わらないんだね。
「でもゆたか、よく気付いたね。私がシチューを作ったって」
「だって、私がよく知ってる味だったんだもん」
私はそう言って、ちょっとだけぬるくなっちゃったシチューをまた口にしました。
「牛乳嫌いだった私にも食べられるようにって、お母さんとゆいお姉ちゃんが工夫してくれた味」
おじさんが言っていた通り、私は牛乳が苦手。それは今でも変わらなくて、ほとんど飲めない。お母さんからもゆいお姉ちゃんも、私の牛乳嫌いにはすごく苦労してたっけ。
だから、鶏肉のコクで牛乳の味を目立たなくしたって、二人ともよく言ってた。
「小さな頃から大好きな味だから、今でもよく覚えてるんだ」
「たはーっ、ゆたかの記憶には参ったね」
おねーちゃんびっくりだって苦笑いしながら、お姉ちゃんが私の頭を撫でてくれる。
でもね、記憶だけじゃないんだよ?
お姉ちゃんとお母さんが、私のために作ってくれた味だから……ずっと、心に残ってたんだもん。
「けど、時間がかかるのによく作れたね? 今日もお仕事だったんでしょ?」
「んにゃ、今日は公休だよ。ちょうどタイミングもいいから、久しぶりにゆたかに作ってあげたいなーって思って」
「そうなんだ」
「だから、シチューを作らせてもらって、そのままこなたの部屋に隠れてたってわけ」
「お姉ちゃんたちったら、そこまでするなんて……」
「いえいえー、可愛い妹のためならえんやこらだよねー」
「ねー」
体を乗り出して、ハイタッチするお姉ちゃんたち。
警察官って、決まったお休みも取りにくくて大変なはずなのに、私のためにここまでしてくれるなんて……ほんと、私ってば幸せ者だなぁ。
「それにさ」
「うん?」
「こないだの誕生日プレゼントのお返しも込めて、ってとこ」
「あっ」
お姉ちゃん、ちゃんとあの絵本のことを気にしてたんだ。
「私には器用なことは出来ないけど、手作りには手作りが一番だって思ってね」
そう言いながら、私に笑顔を向けてくれるゆいお姉ちゃん。
それは、初めてシチューを作ってくれたときの、おひさまのような笑顔のまま。
「改めて……お誕生日おめでとう、ゆたかっ!」
やっぱり、お姉ちゃんってすごいな。
ちょっとココロが沈んだり、体の調子が悪くなったりしても、すぐに笑顔にしてくれるんだもん。
だから……
「ありがとう、お姉ちゃんっ!」
――いつも、私のことを想ってくれて。
心の中でそう付け加えながら、私もとびっきりの笑顔でうなずきました。
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