novel

小さき祈り

「見て見て、そう君!」
 目覚めかけている意識の中に、聞き慣れた声が響いてくる。
「んー……?」
「ほらほら、そう君ってば!」
 それは、いつになくはしゃいでいるあいつの声。
 こんな声を聞いたのは、大学が受かったときとか、たまにするデートのときぐらいで……あんまり、聞いたことが無い。
「わかったよ……」
 俺は目を擦りながら、布団を捲り上げようとして、
「寒っ!!」
 あまりもの寒さに、また布団の中に潜り込んだ。
 布団の中が二人分暖かかったせいか、余計身に染みるんですけど。つーか、こっちに来てこんなに寒いのって初めてだぞ!
「もうっ、そう君ったらだらしないわね」
 布団から顔だけ出すと、窓際に立っていたかなたが呆れたようにこっちを見ていた。
「さ、寒いんだからしょうがないだろ」
「このくらい、石川にいたときは暖かいぐらいだったじゃない」
「こっちの気候に慣れちまったからな。今や俺も埼玉住人。埼玉は石川よりずっと南国。今の俺は南国人。つーわけで、まだ布団にいる」
 そう言いながら布団を被ると、またぽっかぽかの温もりが身体に広がっていく。
 こんな寒さで目が覚めても、後々また眠くなるだけだっての。
「そんなこと言うんだー」
 布団越しに、少し拗ねたかなたの声とカラカラと窓を開ける音がきこえる。
 スマンな、朝の安眠の時間はかなたとの生活の次に大事な時間なのだよ。なんてったって、次の新人賞のネタ出しで昨日はあんまり眠れなくて……
 そう心の中で言い訳してから、もう一度あのめくるめく安眠の世界へ向けてうとうとし始めた――その時。
「……えいっ」
「うひゃあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
 つ、冷たいっ! 足の裏が冷たいっ! 寒いっていうより冷たい! 凍るっ!
「ふうっ、やっと起きた」
「あっ、あのなぁ! 足の裏に雪ってのはいくらなんでも非道な起こし方だと思うんだが!」
 布団を跳ね上げた足の上には、雪の残骸らしき水滴が光っていた。




小さき祈り

from "らき☆すた - Lucky☆Star -"

Written by Kazuki Takatori



「……って、雪?」
「うんっ、雪」
 俺の怒声なんて気にもせず、かなたは嬉しそうに頷いて見せた。
「雪、ねえ」
 雪なんて、石川にいた頃はいつも見慣れていたから珍しいもんじゃない。こっちでも、あんまり積もることは無くてもちらちら降るのは見かけていたわけで。
「確かに昨日の夕方頃から降ってたけど、どのぐらい積もってるんだ?」
 すっかり目が覚めた俺は、軽く伸びをしてから立ち上がると、ゆっくりと窓を開けた。
「おおっ?」
 そこに広がるのは、一面の白。
 雑草が生え放題のアパートの庭も、すっかり雪に覆われて小さな雪原になっていた。
「こりゃまた、よく降ってるなぁ」
 空を見上げてみれば、どんよりと曇った空からは細雪が舞い続けている。
「ほらっ、ここまで積もってるの」
「縁側の下まで……北陸並とまでは行かなくても、こっちじゃ大雪なんだろうな」
「こっちに来てから長いけど、ここまで降ったのは見たことないものね」
 そう言いながら、かなたは縁側に積もった雪を手にとって弄んでいる。
「楽しそうだな、かなた」
「だって、久しぶりじゃない。こんなに積もった雪を見たのは」
「確かに」
 雪国出身の俺たちにとって、雪は当たり前のような存在だったけど、こっちに来てからは
うっすら積もるぐらいの雪しか見たことがなかった。
「♪〜」
 ついには、鼻歌を歌い始めたかなた。
「ほれ、風邪ひくぞ。これ着とけ」
「あっ、ありがとう」
 俺は苦笑しながら、お揃いの半纏をかなたに着せてやった。
 いくら厚手のパジャマを着ているとはいえ、こんな寒いんじゃ体調を崩しちまうからな。
 半纏を着てからも、かなたは相変わらず雪をぎゅっと握って雪玉を作っている。
「懐かしいか?」
「んー? 何で?」
「いや、妙に嬉しそうだからさ」
 そう言うと、かなたの手の動きが止まる。
 こっちに住み始めてから、俺たちは実家にはほとんど帰っていない。いや……帰れない、と言った方が適切か。
 俺が目指している職業のことを、かなたの親御さんは全く理解してくれなかった。そりゃそうだろう。安定した収入どころか、いつまとまった収入が入ってくるかもわからない。そんな男に、可愛い愛娘を嫁がせるだなんて誰が思うか。
 半ば駆け落ち同然に結婚した俺たちが、実家へ帰ることが出来るわけがないんだ。
 少しずつ、後ろめたさが頭の中にもたげていく。
「だって、初めてでしょ? 私たちが暮らし始めてから、こんなに雪が積もったの」
 そんな時に向けられる、かなたの無垢な笑顔。
「あ、ああ、確かに」
 暗い思考は、それだけですぐに消え去っていった。
 こんな風にかなたが笑ってくれるだけで立ち直るなんて……全く、現金にも程があるな。
「故郷で見る雪もいいけど、こうして二人で見る雪もいいかなって」
「……そっか」
 その笑顔に安心して座ると、かなたはくすっと笑ってからまた雪を手にした。
「あまり、気に病まないで」
「…………」
「今こうして一緒にいられて、私は幸せなんだから」
「……ありがとう」
 ホント、かなたにはかなわないな。
 いつだって、かなたは俺が欲していることを言ってくれる。
 笑ってくれたり、怒ってくれたり、励ましてくれたり、指摘してくれたり……俺には、もったいなすぎる嫁だよ。
「はいっ、出来た」
「ん?」
 かなたはそう言うと、雪が払われた縁側の上に白い何かを置いた。
「……雪だるま?」
「うんっ」
 それは、雪玉で作られた小さな雪だるま。
 ソフトボールがくっついたような雪だるまに、野球用のボールがくっついたような雪だるま。それに……
「こりゃまた、えらい小さいのを作ったなあ」
 その間に、ピンポン球がくっついたような雪だるまがちんまりと鎮座していた。
「私たち、家族の分の雪だるまだもの」
「えっ?!」
「いつか生まれてくる、子供の分よ」
「あ、ああ、そういうことか」
 俺が思わず胸を撫で下ろすと、かなたはいたずらっぽく笑って見せた。
「ふふふっ、びっくりした?」
「いきなりそう言われたらなぁ……」
「でも、いつかは欲しいでしょ?」
「そうだな」
 かなたは体があまり強くないし、自身の体が小さいから危険が伴う可能性がある。だけど、かなたが望むなら……いつかは、そういう日が来るのだろう。
 真面目に育てようとするかなたと、オタク魂を注入しようとする俺。それをめぐってケンカして、いつしか秀才とオタクのハイブリッドとして成長するとか、そんなイメージが湧いてくる。
 もしそんな未来だったら、どんなに素敵なことだろう。
「でも、一人だけじゃちょっと寂しいな」
「うーん……そうかも」
「んじゃ、もう一個作るか」
 俺はかなたの横ににじり寄ると、縁側に積もっていた雪を手にしてぎゅっと握った。
 じんわりと冷たい感触が手に広がって、残っていた眠気もすぐに霧散する。
 ピンポン球ぐらいの大きさだから、ぎゅっぎゅっと握って二つ合わせれば……っと、
「ほいっ、完成」
 そう言って、親子雪だるまの間に出来上がった雪だるまを置いた。
「四人家族のほうが、もっと賑やかだろ?」
「確かにそうね。私そっくりの子と、そう君そっくりの子なんていいかもしれないわ」
 その姿を想像しているのか、かなたが嬉しそうにくすくす笑う。 
「二人とも、俺そっくりの子だったらどうする?」
「……ちょっと勘弁してほしいかも」
「うわっ、えらくストレートだな!」
「冗談よ、冗談」
 いや、今のかなたの目、ちょっとマジだったぞ。そう君ってばハートブレイク。
「そーですねー、二人ともかなたそっくりだったらいいですねー」
「まったく、そう君ったら拗ねないの」
 ぷいっと顔を背けていると、かなたがぺたぺたと小さな手で俺の顔を触ってきた。
 さっきまで雪玉を握っていたせいか、えらく冷たく感じる。
「まあ、俺たちなりにいつか育てていければそれでいいか」
「そういうこと……くしゅんっ」
 って、あまりにも寒すぎたか?
「おいおい、そろそろ暖まったほうがいいんじゃないか?」
「う、うん」
 見ると、かなたは寒そうにかたかたと震えていた。
「朝から子供みたいにはしゃいでるからだっての。待ってろ、今俺がお茶を淹れてやるから、かなたはこたつで暖まってろ」
 苦笑しながら立ち上がると、かなたは半纏の裾をくいっと引っ張って俺のことを見上げた。
「えっと……雪だるまはどうする?」
「うーん、中に入れたら溶けるだろうし……そのまま、外に置いておいたほうがいいだろ。また雪を纏って、大きく成長するかもしれないしな」
「そっか」
 かなたは愛おしそうに雪だるまの頭を撫でていくと、からからと戸を閉めていった。
「いつか、そんな日が来るといいわね」
「ああ」
 二人で笑い合いながら、俺もかなたの頭をそっと撫でてやった。

 *  *  *

 窓を開けると、空から白い雪が舞い降りていた。
 我が家の庭も、一面の雪化粧。
「おー、積もってる積もってる」
 あの頃とは違って、一戸建てですっかり狭くなった我が家の雪。
 それでも、あの時のような銀世界には変わりない。
「今年もやりますか」
 窓際に座り込んだ俺は、縁側に積もっていた雪をぎゅっと握り始めた。
 少し節くれ立った手に、冷たい感触が広がっていく。
 ソフトボールがくっついたような雪だるまに、野球用のボールがくっついたような雪だるま。それと、ピンポン球がくっついたかのような雪だるまが二つ。
 ……でも、ちょっと違うか。
 そう思いながら、二番目に大きいゆきだるまを除けて、もう一つピンポン球がくっついたような雪だるまを作っていく。
「かなたの身長、二人とほとんど変わらないもんな」
 少しだけ申し訳ないと思ったけど、やっぱりこっちのほうがお似合いだ。
「よし、出来た」
 俺とかなたと、あと二人分の雪だるま。それを用意しておいたお盆に載せて、冷え切っていた居間へと持っていく。
「ほら、今年もまた降ったぞ」
 俺はお盆を仏壇の横に置くと、遺影に語りかけた。
「お前が願った形とは違うけど……あの時の通り、もう一人家族が増えたよ」
 かなたのように、ちんまりとした女の子。
 少し病弱なところがあるけれど、元気に振る舞おうとする姿もかなたと重なる。
 姿形が、かなたにそっくりに育ったこなた。
 境遇が、どことなくかなたを思わせるゆーちゃん。
 その隣に、母親であるかなたがいたらどんなに幸せだったんだろうか。
 だけど、それは今やifでしかない。
「ゆーちゃんとかなたのこと、見守っててくれな」
 俺とかなたが願った『家族』。
 かなたが逝ってしまっても、その在り方が変わることはない。
「俺も、ずっと忘れないから」
 あの時と同じように、毎年雪が降るたびに小さな雪だるまを作る。
 お前は心配してるだろうけど、俺にとって妻は一生お前だけだからな。
 これからも、いつまでも、ずっと。

「うー、寒っ……お父さん、おはよー」
「ああ、おはよう」
 ずっと遺影を眺めているうちに、こなたが起きてきた。
 寒さのせいか、はっきりと起きているようだ。
「今日は積もったみたいだねー」
「ああ、膝下ぐらいまでは積もってるぞ」
「うおっ、そんなに?! 今日は学校なのに、これじゃ駅まで行くの大変だぁ」
「後で連絡網が回ってくるかもしれないけど、とりあえず準備だけはしとけよ」
「はーい」
 めんどくさそうに言うと、こなたはリビングへと姿を消した。
「さて、俺もそろそろ朝飯でも作るかね」
 俺はお盆を手にすると、窓を開けていつものように縁側にそれを出した。
 雪はまだ、細く強く降り続いている。
「かなたは、雪が好きだったもんな」
 だから、こうして在るべき場所へと戻しておこう。
 かなたが好きだった、雪の中へ。
 そして、俺は在るべき日常へ。

「んじゃ、俺も行ってくるよ」
 俺は遺影に軽く手を挙げると、こなたに続いてリビングへと入っていった。
  
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