おとぎばなしみたいに

 よろよろと、隣で危なっかしく歩く人影。
 想いを交わし合った小高い丘を、ゆっくりと下りていく。
「……大丈夫?」
「あははっ、大丈夫だよ。ちょっと足元がぐらついてるだけだから」
 申し訳なさそうに笑いながら、私のことを見上げるゆたか。
 その小さな手は、私の手をぎゅっと握っていた。
「……なら、よかった」
「みなみちゃんが言ってくれたおかげで、調子の悪さも全部吹き飛んじゃった」
「…………」
 なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう……顔が、すごく熱くなっていく。
 ゆたかは前からこういう風に直接思ったことを告げてくれるけど、その想いが倍以上に感じられる。これも、私たち同士が想い合えたからなのだろうか。
「みなみちゃん、顔が真っ赤だよ?」
「ゆたかだって……」
 私のことをからかうように言うゆたかの顔も、ほんのりと赤くなっている。
「あははっ……なんだか、とっても幸せすぎて」
「……私も」
 昨日までの沈みそうな心がウソみたいに、ふわふわしている私の気持ち。
 ゆたかも同じみたいで、時々嬉しそうに頬を私の腕に寄せてくる。
 やがて、裏庭から校門近くの広場へと抜ける。ここまで来れば、昇降口まではもうすぐだ。
「……そういえば、ゆたかはお弁当持ってきたの?」
「うんっ。おかずはお姉ちゃんが作ったのをもらったけど、おにぎりは自分で握って持ってきたよ」
「そう……それじゃあ、あとでいっしょに食べよう」
「えっと、田村さんも呼んでいいよね?」
「……もちろん」
 私にとって、気持ちをしっかり気付かせてくれた恩人。だから、全然異存はない。
「それじゃあ、いつも通りみんなでお弁当だねっ」
「……うん」
 ゆたかと私の関係は変わったけど、それ以外は何も変わらない。
 いつも通りの日々の中で、少しずつ変わっていく日々を楽しんでいけばいいんだ。
 楽しそうなゆたかの笑顔を見ながら、これからのことに思いを馳せた。
 そして、手を繋いだまま昇降口に入って下駄箱に向かう。
「……ちょっと遅れたから、急ごうか」
「そうだねー」
 頷き合いながら、私たちは下駄箱の扉を開けた。
「……えっ?」
「どうしたの? みなみちゃん」
 固まる私の顔をのぞき込んで、それから下駄箱の中に視線を移すゆたか。
「……えっ?」
『それ』を見て、ゆたかも私と同じように絶句した。

 私の上履きの上には、一通の封筒。
 その封には、ご丁寧にハートマークのシールが貼ってあった……




おとぎばなしみたいに

from "らき☆すた - Lucky☆Star -"

Written by Kazuki Takatori




「み、みなみちゃん、これって……」
「……ら、ラブレター?」
 ハートのシールの色も、見事に赤。
 でも、どうしてこのタイミングでラブレターが……?
「……うー」
「っ?!」
 ゆ、ゆたかが涙目になって……しかも、ぷるぷる震えてる。
 突然こういうのを見たから、ショックを受けたのかもしれない。
「だ、大丈夫だよ、ゆたか。私の気持ちは、もう固まっているから」
「うー……だったらいいんだけど、でも……誰なんだろ……」
「……とりあえず、見ておこう?」
「そうだね」
 見ないで捨てるのは、やっぱり失礼にあたる。ちゃんと読んで、それから正式にお断りしよう。
 私はシールを剥がして封を開けると、中の手紙を取り出した。

『親愛なる岩崎みなみ様へ
 以前からお慕いしております。
 あなたに想いを告げたいので、次の紙に書いてある場所で待っています
                         あなたを見守ってる者より』

「……"あなたを見守ってる者"?」
 ちょっとへなへなになった文字で書かれた、短い文。
 でも、以前から慕われてるといってもゆたかや田村さんぐらいしか思いつかない。それに、想いを告げたいって言われても……
「だ……大丈夫だよね? みなみちゃん」
 私の袖をくいくいと引っ張って見上げるゆたか。
 この子を裏切ることだけは、絶対にしたくない。
「……もちろんだよ。とりあえず、次の紙を見てみよう」
「……うん」
 ゆたかが頷くのを見て、私は次の紙をめくった。

『――なーんて、ウソだよーん。
 ずっとがんばってたみなみちゃんに私からプレゼントです。
 午後一番目の競技に出て、一番左に行ってみてね。
 きっと、いいことがあるはずだよ。
                       二人を見守ってる者より

 P.S.エントリーは先生かクラスの委員長に言えばしてくれるからねー』

「……?」
 私たちを見守ってる者って、まさか――
「お、お姉ちゃんっ?!」
 やっぱり、泉先輩だったか。
「そうだよ、この文字ってお姉ちゃんの文字だよ……はぁ」
 ゆたかはため息をつくと、力が抜けたようにぺたりとその場に座り込んだ。
「ゆ……ゆたか?」
「だ、大丈夫。ほっとしちゃって、つい……もうっ、後で会ったらちゃんと怒っておかなきゃ!」
 確かに特徴的な文字だから、身近にいる人ほどわかりやすいと思うのだけど、こういうのを仕掛けられたら確かに判断しにくいかなって思う。泉先輩ったら、本当に手の込んだ真似を……
「……そんなに怒らなくてもいい」
「でもー」
 ぷっくりと頬をふくらませながら、ぷんすかと怒るゆたか。
 その仕草が可愛らしくて、私はぽんとあたまに手を置いてから、
「泉先輩は、私たちのことを心配してくれていた」
「そうなの?」
「うん」
 ゆたかに手を差しのべて、ひょいっと立たせていっしょに歩き始めた。
 ああいうことを仕掛けはしたけど、その目が真剣だったのは確か。ゆたかと私のことを思いやってくれたのでなければ、あんな瞳で見つめられたりはしないはずだもの。
「そっかー……だったら、いいかな」
 どこか釈然としないように首を傾げたけど、ゆたかはすぐに笑顔に戻って頷いた。
「でも、なんなんだろうね? 午後一番の競技って」
「……プログラムにはクエスチョンマークしか書かれていない」
 ジャージからプログラムを取り出してみたけど、改めて見てもそこだけがクエスチョンマークだらけになっていて他には何も書かれていない。
「一番左っていうことは、トラックかレーンの競技だよね?」
「……そのはず。フィールド競技では、その判別がつきにくい」
「でも、実行委員会じゃないお姉ちゃんが知ってるっていうことは、上級生の人たちは知ってる競技なのかな?」
「……かもしれない」
「そっかあ。でも、プレゼントっていうことはきっといいことだよね」
「……多分」
 だけど、どうしても引っかかることがある。
 どうしてわざわざ「一番左」と指定しているのか……それだけは、どうしてもよくわからない。
 ただ、明らかなのは、競技である以上『チームに点が入る』ということ。
「……先輩の薦めだから、出てみる」
 午後に出る競技はない私は、とりあえずエントリーすることを決めた。
「がんばってね、みなみちゃん!」
「……うんっ」
 ゆたかのおひさまのような笑顔を見て、自然と大きく頷く。
 やっぱり、ゆたかの笑顔は見ていてとっても心地良い。
「あっ……」
「……?」
 前のほうから、おろおろしたような声が聞こえてくる。
「あっ、田村さん」
 見ると、田村さんが不安そうな面持ちで教室の入口から顔を出していた。
「や、やあ。二人ともお帰り」
 笑おうとはしてるけど、どこか無理してるみたいで……
「……ただいま。それと――」
 多分、泉先輩としていたことで不安がっているんだろうと思った私は、
「ありがとう」
 そう言って、少しだけ笑ってみせた。
「えっ……? う、うんっ」
「私も、電話してきてくれてありがとう。心配かけちゃってごめんね?」
 事情は知らないゆたかだけど、ゆたかはゆたかなりに田村さんに世話になっていたみたい。
「い、いやぁ、やっぱり心配だったから、ね?」
 私たちの言葉で、田村さんの表情はようやく和らいでいった。
「……私たちは、大丈夫」
「えっ?」
 どこか驚いてるような田村さんを見て、
「……ね」
「うんっ」
 私が小さく頷くと、ゆたかもにっこりと田村さんに頷いてみせた。
 いつも、私たちのことを見守ってくれる田村さん。だから、彼女にはちゃんと言っておこう。
「よかったぁ……よかったよぉ」
 ほっとしたようにそう言うと、田村さんは私とゆたかの手を取ってからぎゅっと抱きついてきた。
 やっぱり、私たちのことを心配していたんだ。そう思うと、本当にありがたい。
「……これからも、よろしく」
「よろしくねっ、田村さん」
「うんっ!」
 顔を上げながら、田村さんが嬉しそうに頷く。
 わたしとゆたかの、大切な友達。そして……たぶん、それ以上に大切な人。
「それじゃ、教室に戻ろっか。早くお弁当食べないと、午後の部に間に合わないからね」
「……うん」
「うんっ」
 これからも、こうやって三人でいっしょに歩いていこうと思いながら……私たちは、
手を繋いで教室の中へと入っていった。

 *   *   *

「午後最初の競技、ですか?」
「……はい」
 冷却シートを用意している天原先生に、私はこくんと頷く。
「それがですねー、一年生の方々にはヒミツだというのが陵桜の伝統なんですよー」
「……ヒミツ、ですか」
「そうなんです。ご期待に添えずすいません……はいっ、できましたよ」
「ふぁ〜……」
「よかったね、小早川さん」
 天原先生がゆたかのおでこに冷却シートを貼ると、ゆたかが幸せそうに目をつむる。可愛らしいそんな表情を、私と田村さんは微笑ましく見ていた。
 お弁当を食べ終わった私たちは、ゆたかの容態がまだ心配ということもあって、救護テントにお邪魔して予防措置をとってもらうことにした。
 天原先生はそういう事情を知っているから、すぐに措置してもらえて助かる。
「でも珍しいっスね、ヒミツの競技だなんて」
「一年に一度のお楽しみ競技ですからね」
 お楽しみ競技……ということは、何か楽しい競技なのだろうか。
「おーす。ふゆき、エントリーしてきたぞ」
「桜庭先生……もう、せめて先生って言ってくださいって言ってるじゃないですかー」
 声がしたほうを振り向くと、ジャージ姿の桜庭先生が救護テントの中に入ってきていた。
「そんな堅苦しいことはナシだナシ。とゆーことで、また今年も頼むな」
「エントリーって、先生も何か競技に出るんですか?」
「ああ、午後イチの競技にな」
 午後イチに、ということは……
「……先生も、私と同じ競技ですか」
「なんだ、岩崎も出るのか」
「あれっ? でも、桜庭先生と私たちって同じチームですよね?」
 確かに、言われてみれば先生は3年C組の担任だから、私たちと同じチームのはずなのだけど。
「この競技は1チームから2組まではエントリーできるからな。とは言っても、競技の性質もあってあまりエントリーはされないんだが」
「え、エントリーされないって、とっても過酷なんですか?」
「過酷だとかそういうのは一切無い。もしそうだったら、私は最初からエントリーしない」
「あー、確かに桜庭先生だとそんな感じが――」
「……田村、体育祭明け一発目のアニ研を楽しみにしていろよ」
「や、ヤブヘビっスか?!」
 いつもつむっている桜庭先生の目から、鋭い視線が田村さんに投げつけられる。『雉も鳴かずば撃たれまい』というのは、まさにこういうことだろうか。
「まあ、それはそれとして……岩崎もきっと楽しめる競技だ。というより、こんなときにしかできないようなことをやる、というのがその競技のコンセプトだからな」
「……はあ」
 なんというか、アトラクション的な競技なのだろうか。教師まで出るということは、他の競技には無かったはずだから。
『間もなく、午後の競技が始まります。午後最初の競技に出る方は、入場門までお集まり下さい』
 そうこうしているうちに、校庭にそんな放送が流れてきた。
「……そろそろ、時間ですね」
 ジャージの上を脱ぎながら、私は椅子から立ち上がった。
「だな」
 同じように、桜庭先生もジャージの上を脱いで空いてる椅子にひっかけた。
「みなみちゃん、がんばってね! 桜庭先生も、がんばってくださいね!」
「ここから応援してるっスよー」
「楽しみにしてますからねー」
 みんなの見送りを受けて、私と桜庭先生は救護テントをあとにした。
 リレーの時とは違って、今はあんまり緊張していない。桜庭先生の言葉もあったからかもしれないけど……出る以上は、ちゃんといい成績を出せるようにしよう。
「岩崎」
「……な、なんですか?」
 突然桜庭先生に名前を呼ばれて、思わず私の体が震えた。
「いい顔をしているな」
「……はあ」
「昨日とは見違えるようだ」
 あっ……
「……ありがとうございます」
「うむ。午前はナイスランだったぞ」
 昨日、私はそれだけ思い詰めていたのかもしれない。
 迷惑ばっかりかけて……本当、私は支えられているんだな。
「この競技は、お前の好きにやるといい。ある意味、お前にとってご褒美みたいなものだ」
「……ご褒美、ですか?」
「ああ。まあ、気楽に行け、気楽に」
「……はい」
 全然力が入ってない先生の言葉に、私も気が楽になっていく。
 ガチガチになるよりは、ずっといいかもしれない。そう考えているうちに、私たちは入場門までやってきていた。
「やあ、みなみちゃん」
「……泉先輩」
 門の近くには、多くの一年生に混ざって泉先輩がそこにいた。
「なんだ、珍しいな。泉も出るのか」
「あー、桜庭先生。こんにちはです」
 桜庭先生の言葉に、泉先輩がちょこんと頭を下げる。
 二人とも背格好が変わらないけど、そんな仕草がゆたかのように可愛らしい。
「学校生活最後の体育祭ですから、ちょいと出てみよっかなーって思って」
「なるほどな。しかし、面白いものだ。午前の優秀選手二人が午後イチに出るとは」
「……泉先輩の薦めで」
「泉の? ほほう」
 こくこくと頷く桜庭先生の目が、なんだか輝いたような気がする。
「策士よのう」
「いえいえ、わかってても連続で出てる桜庭先生に比べれば」
 それに、泉先輩の目も。
 ……知っている。この二人は絶対、これから起きることをよく知っている。
『それでは、午後の競技を開始します。午後最初の競技は、男子がスタートした直後に発表します』
 なんとなくいやな予感がしてきたところで、それを煽るような放送。
 怪しい。あまりにも怪しすぎる。
 一転して不安が増しているというのに、目の前の入場門は容赦なく開いていった。
「それじゃあみなみちゃん」
「それじゃあ岩崎」
「……えっ?」
 さらに、桜庭先生と泉先輩が私の手をがしっと握る。
「行くよー」
「行くぞー」
「わっ……」
 私はそのまま引っ張られるようにして、女子が待機するフィールドへと連れられていった。
 ……もう、逃げられない。
 されるがままにフィールドへつくと、男子はそのまま100mのスタートラインについていて、カーブの手前には立ちはだかるように、8つの扉がついたとても大きな箱が置いてあった。
 まるで、そう……よくデパートにある、更衣室のような――
『これから行われる競技は、陵桜学園体育祭恒例・仮装借り人競争です』
 って、そのまんま?!
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」
 一年生からはそんな悲鳴のような叫びが聞こえてきて、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 三年生からは、そんな歓喜のような叫びが聞こえてきた。
「ふっふっふっふっ」
「ふっふっふっふっ」
 しかも、私の手を離さないまま先輩も先生もニマニマと笑っている。
 まさか先輩、このために私を誘った――?!
「まあまあみなみちゃん、私のあの手紙のとおりにしておけば間違いないよ」
「は、はあ……」
「む? 泉、お前岩崎に箱のヒントをしゃべったのか?」
「いえ、教えたのは場所だけですよ。委員会のみゆきさん――高良さんにお願いして、ちょちょいっと細工を」
「っ?!」
 し、しかもみゆきさんが絡んでる?!
 なんで、そんな大がかりなことに……
「むぅ、本来ならばそれは御法度なのだが」
「がんばった子のためのご褒美ですから」
 そう言って、先輩は私に優しく笑いかけてきた。
「……なら、しょうがないな」
 先生は、私と先輩を見るとパイポを口からはずしてため息を吐いた。
『それでは、今回の体育祭実行委員・教員担当の黒井先生から解説をしていただきます』
『おーっす! みんな、はりきっとるかー!』
 スピーカーから関西弁の陽気な声が聞こえてきたかと思うと、三年の席のほうがドッと沸いた。
『この競技はなー、更衣ボックスにある服を体操着の上から着て、次に誰かを生徒席とか教師席から連れてきて着替えさせるんや。そしたら、あとは二人でトラックを一周してゴールイン。どや? 簡単な競技やろ? ウチのチームからも泉が出とるけど、泉! 絶対負けは許さへんでー!』
『あ、あの、黒井先生、教師は中立の立場を――』
『だまれダァホ! ううっ、ロッテが千葉マリンでプレーオフが開けるか微妙なんや。せめてここではせめて勝ってもらわんと気が済まんわっ!』
『……えー、というわけで、コレはそういう競技です』
『ううっ、古谷とか良平とか浅間あたりが先発で出てくれれば――』
『そっ、それじゃあフィールドのみなさーん! さっさとそちらにお返ししまーす!』
『ああっ、何すんのや! もっともっとしゃべ――』

 ブツッ!!

 マイクの電源が切られる音と同時に、三年の席からは大爆笑が。他の学年からは、どよめきが聞こえてきた。
 そうか、三年の先輩達はこういうのに慣れてるんだ……
「相変わらずだな、黒井先生は」
「今年はチーム状態がびみょーみたいで、ますますですヨ」
 この二人の反応を見ても、改めてそう思う。

 パァンッ!

 ……と思っているうちに、フィールドに号砲が鳴り響く。
 走っている一年生たち――中には楽しそうに笑ってる三年生たちが、続々とボックスに入っていって、しばらくすると……
「どわははははははははははははは!!」
 恥じらいながら出てくる人や笑いながら出てくる人、ヤケになっている人たちに、生徒席から大爆笑が巻き起こる。
『おー、今年は"オトコらしさ"を追求したユニフォームを用意してみたでー!』
 出てきた人は、それぞれ戦国時代の甲冑、野武士、ボロボロになった学ラン、柔道着、剣道着、マスク……えっと、これはプロレスラー? そんな衣装に、ツナギに、
洋風の幻想的な衣装と、本当にいろいんな衣装を身につけていた。
「おおっ、先生ってばネトゲの新衣装をいち早く」
「さすが実行委員、どんなものにでも手を回してくる」
 ……ここまで来ると、自分たちの出番で何を用意されてるのか本当に心配になってきた。
 ランナーはそれぞれの生徒席から他の生徒を引っ張ってくると、その生徒を押し込んで
……あ、同じ衣装だ。
 生徒席からの爆笑はさらに大きくなって、もう競技どころじゃない。急いでゴールしようと疾走する人もいれば、受け狙いで練り歩いてる人、途中でマスクを剥ぎ合って生徒席に
投げ入れる人……
「いやー、コレって毎年凄まじいですね」
「陵桜の徒花とはよく言ったものだ」
「…………」
 うんうんと頷いてる二人とは対照的に、私を含めた他の女子ランナーは思いっきり引いている。まさか、私たちもこういうことをさせられるなんて……
 そんな奇妙な沈黙の中、続々とランナーがゴールに駆け込んでいく。順番なんて、もうどうでもいい。これからどうなるのかを考えるだけで、頭の中が一杯だから。
 やがて、男子ランナー全員がゴールすると、すぐに更衣ボックスが別の物と入れ替えられる。よかった、さすがに衣装は別なんだ。
「んじゃ、そろそろ行くよー」
「行くぞー」
「……はい」
 ここまで来たら、もう先輩を信じるしかない。
 私は覚悟を決めて、先輩たちや他のランナーといっしょにスタートラインについた。
 私がいるレーンは、第1レーン……先輩から言われた通り、一番左のボックスをこのまま狙おう。
「位置について――」
 もう、緊張感なんて全然無い。
「よーい――」
 あるのは、これからどうなるかという不安と……
「どんっ!」

 パンッ!

 早く終わらせようという、焦りの気持ち。
 それを胸に、私はスタートラインを飛び出した。
 さっきのリレーと同じように、とにかく全力でボックスに駆け込んで……急いで、扉を閉める。
そして、中にあった二つに仕切られたクローゼットを開けると――
「っ?!」
 左も右も、純白のもの。
 でも、正反対の性質をもった服で……しかも、両方ともS、M、Lとサイズが揃えられている。
 いや、これは着てもいいんだけれど、誰にこれを着させたら……
 そう考えた瞬間に、あの顔が思い浮かんで……一つのことに思い至る。
 ――さっきの言葉を、これで完璧なものにすればいい。
「……よし」
 悪魔のささやきのようなそれに導かれるように、私は左のクローゼットにあったソレに手をかけて、体操服の上から着込んでいった。シャツを着て、ズボンを履いて、ネクタイをして、
ジャケットを着て――よし、行こう。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……?」
 ボックスから出た瞬間、何故か女子の甲高い絶叫が聞こえてきた。
 一瞬なんだろうと思ったけど、今は構っている暇はない。そのまま救護テントに駆け込んで――
「み、みなみちゃん?! そ、その服どうしたの?!」
 おろおろしてるゆたかだけど、今は答えている暇がない。でも、走らせるわけにはいかないし……
「……ゆたか、来てくれる?」
「えっ? う、うんっ、いいけど……」
「ありがとう」
「きゃっ?!」
 ゆたかが戸惑いながらもうなずいたのを見て、私はゆたかのことを両手で抱え上げた。
「い、岩崎さん、なんていう格好を……」
「田村さん……また、あとで」
 ふるふる打ち震えている田村さんを尻目に、救護テントをあとにする。
「え、えっと、みなみちゃん、私はどうしたらいいの?」
「……入ったら、とにかく着替えて。それから考えよう」
「う、うん」
 そう答えた私は、いっしょにボックスの中に入って右側のクローゼットを開けた。
「こ、これって……」
「そう……これが、泉先輩からのプレゼント」
 そこに入っていたのは、サイズが異なる純白のウエディングドレス。
 真っ白なそれを、先輩はゆたかに着させてあげたかったのだろう。
「で、でもっ、本当にいいの?」
「……先輩からのプレゼントだから。それに――」
 さっき思い至ったことを確実にするように、ゆたかに目線の高さを合わせた私は、
「それに、私もゆたかのウエディングドレス姿が見てみたい」
 心の中に生まれた欲求を、素直にゆたかへ告げた。
「みなみちゃん……うんっ、いいよ!」
 少し目を潤ませながら、にっこりと頷いてくれたゆたか。
「……それじゃあ、その上から着込もう。両手を上げてくれる?」
「えっと、こう?」
「……そう、そういう感じ」
 両手を上げてくれたゆたかに、私はワンピース型のウエディングドレスを着付けていった。少しだぶだぶなそれを整えて、アクセサリーとしてついているヴェールを頭に乗せて、ブーケを持たせて……
「ど、どうかな?」
「…………」
 少し恥ずかしそうに、可憐に微笑む"お嫁さん"。
 想像以上に可愛らしいゆたかの姿に、私は思わず抱きしめたくなる。
「……とっても、とっても可愛い」
「そう言ってくれて、よかったよー」
 でも、なんとか耐えないと。
 一度抱きしめたら、このまま抱きしめ続けてしまいそうだから。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「うんっ!」
 その欲望を振り払ってから、またゆたかを両手で抱き上げてドアを開ける。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 そして、大歓声を受けながらその体勢――"お姫様だっこ"のままトラックを駆け出した。
『女子の題材はズバリ《女の子の夢》! まあ、どっちか片方は男役やけど、堪忍してやー!』
 走っている最中に、そんな黒井先生の声が聞こえてくるけど……確かに、これは夢だ。私がゆたかと夢見てしまった、甘い、甘い夢。
 まさか、泉先輩がそれを用意してくれたなんて。
「みーなーみーちゃーんっ!」
 そう思っていると、後ろから誰かの声が近づいてきた。
「お、お姉ちゃん?!」
 見ると、隣のトラックから泉先輩がだんだんと私に迫ってきていた。
「いい気持ちでしょ、ゆーちゃん!」
 ……何故か、かがみ先輩にお姫様抱っこされながら。
 あと、かがみ先輩が白無垢で、泉先輩が紋付き袴って、この場合逆では?
「こらっ、扇子広げるなっ! バランス崩すでしょっ!?」
「信じてるもん。かがみは私を落としたりしないって」
「あっ、当たり前のこと言わないでよっ!」
 顔を赤らめるかがみ先輩の肩に、そっと頬を寄せる泉先輩。
 えっと、あの、もしかして……
 お二人も、そういう関係なのでしょうか……?
「とゆーわけでみなみちゃん、優勝はデコボココンビの私たちがいただくよー」
「ごめんねー、こなたと約束しちゃったから」
 それを証明するように、ちゃんと落ちないようにガッチリ抱きとめるかがみ先輩……って、見とれてる場合じゃない!
「……私だって、負けません!」
「うんっ! みなみちゃん、行こう!」
 腕の中で呼びかけるゆたかに応えるように、私はまっすぐを見据えて踏みしめる足に力を込めた。
 私といっしょに、ゆたかがいてくれる。これほど、心強いことはない。
 だけど、かがみ先輩も全力で私についてきている。どうして白無垢で……と思ったけど、そうか、走りやすいようにスリットが入れられているんだ。これじゃ、走るときのハンデなんて全然関係無い。
「みなみちゃん、最後のカーブっ!」
「わかってるっ!」
「こなた、一気に行くわよっ!」
「あいあいさっ!」
 洋風に和風、相反する格好をした私たち。
 だけど、とっても似通った関係かもしれない私たち。
 いくらプレゼントされたとは言っても、勝負は勝負。ここは、ちゃんと決着をつけないと!
「みなみちゃんっ!」
「かがみっ!」
 それぞれの腕の中で、お互いの想い人が声をかける。
 それに導かれるように、私たちはそのまま最後のストレートを駆け――
「お先ー」
 ――ていこうとしたその時。
「お先に失礼しますねー」
 子供服を着てランドセルを背負った桜庭先生と、お母さんらしい格好をした天原先生が、
「あっ!!」
「いっ?!」
「うっ……」
「えー……?」
 いっしょに手を繋いで、私たちを抜き去っていった。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
 二人に送られる、いろんなチームからの大歓声。
 そして、先生たちはそのままゴールを駆け抜けて……
 私たちは、半ば呆然としながら二着、三着のゴールに駆け込んだ。

 *   *   *

「……そりゃあ、抱きかかえてるのと手を繋いでるのじゃ、スピードが違うわよね」
 かがみ先輩の言葉に、私たちはうんうんと頷いた。
「今頃気付いても遅いぞ、柊姉。しかも敵チームの泉にホイホイとついて行って」
「えっと、あの、そのー……これには深いわけが」
「そっ、そうなんですよ、センセ。これにはいろーんなワケが」
 さっきのあの競技が終わってすぐ、私たちは保健室に行く羽目になってしまった。そこで早速、先輩たちは先生に説教を受けているようで、
「まあいい。別々のチームでペアを組んだ場合、その得点はチームごとの山分けになるからな」
「えっ、そうなんですか?!」
「だからみゆきさん、ちょっとだけ渋ってたんだ……」
 と思ったら、あちらはあちらでいろいろと事情が混み合ってるらしい。
 一方、こちらはというと――
「ふ、二人ともそんな格好で帰ってくるとは……あなたたちが神か!」
「……私たちは、ただ貸衣装を着ているだけ」
「そ、そうだよ? 別に変な格好なんかしてないよ?」
 涙を流しながら、何故か感動に打ち震えているらしい田村さんをなだめるのに必死だった。
 ちなみに今、私もゆたかも、泉先輩もかがみ先輩も、桜庭先生も天原先生も着替えないままこの保健室に駆け込まざるを得ない状態になっていた。
「先生、いいじゃないっすか、写メぐらいー」
「アホッ! 何度毎年毎年お触り撮影厳禁言うたらわかるんや! つか競技中はケータイ持ち込み禁止言うたやろボケぇ!」
 入口に仁王立ちした黒井先生が、そこに群がろうとする人たちに怒鳴り散らしている。
 競技が終わったとたん、何故か携帯電話やデジカメを手に私たちに群がる人たちがいて、ここに逃げ込むしかなかったからだ。
「……どうして、私たちのこんな姿を撮りたがるんだろう」
「それはね、みなみちゃん。世の中にはいろんな人の需要っていうのがあってだねー」
「いちいち説明しなくてもいいっ! まあ、物珍しさで撮ってるんだと思うわよ」
「それだけじゃないと思うよ。白無垢のかがみってばすっごくキレイだもん」
「……い、いきなり真面目に言わないでよ。ばか……」
 照れるように、泉先輩から顔を背けるかがみ先輩。でも、確かにその白無垢姿はとってもキレイで、泉先輩とお似合いだなって思った。
「しかしまー、なんだ。お前らベタすぎるな。少しは私らを見習え」
「でも桜庭先生、私は四人ともお似合いだと思いますよ?」
「えー? なあふゆきー、こんな時ぐらい名前で呼んでくれー」
「はいはい」
 だだをこねる桜庭先生に、頭を撫でながら軽くあしらう天原先生。
 ……ランドセルを背負いながらダダをこねる仕草は、本当に似合いすぎていてちょっと怖かった。
「あははっ」
 ゆたかはというと、そんな風にはしゃいでるみんなを見て楽しそうに笑っていた。
「……ゆたか。その姿、気に入った?」
「うんっ、とっても。それに、みなみちゃんにお姫様だっこしてもらえたんだもん」
 相変わらずヴェールを被ったまま、私のことを見上げるゆたか。一位になれなかったのは残念だけど、先輩からのプレゼントと私に抱きかかえられたことが相当お気に入りだったらしい。
「ホント、二人ともお似合いすぎるよー!」
 さっきから感激しっぱなしの田村さんも、どうやらお気に入りみたい。
「でも残念だね、生徒はカメラ持ち込み禁止だから」
「なんのっ! これくらい私の記憶力と妄想力でカバーだよ! あとで二人をモデルにしてネームを――イヤ、ナンデモナイデスヨ、ナンデモナイデスヨ」
「……?」
「??」
 凄い勢いで何かを言いそうだったけど、何故か田村さんは口をつぐんでしまった。
 でも、お似合いって言われるのは悪くない。というより、田村さんに言ってもらえてとても嬉しい。
「ゆたかっ、ゆたかっ、ゆーたーかー!」
「ゆ、ゆいお姉ちゃんっ?!」
 聞き慣れた声で入口のほうを見ると、成実さんがぶんぶんと両手をこっちに向かって振っていた。
「おおっ、ゆい姉さんが来るとは。黒井せんせー、姉さんを通してあげてくれますー?」
「え? 別にええけど。つーことで成実さん、中へどうぞー」
「どうもありがとーございます」
 成実さんは黒井先生にぺこりと頭を下げると、嬉しそうな笑顔を浮かべてこっちにやってきた。
 その後ろでは、不満を漏らす人と怒鳴り散らす黒井先生の姿が……本当に、お疲れさまです。
「やー、お姉さんびっくりだ! まさかゆたかがみなみちゃんとらぶらぶウエディングだなんて!」
「……っ?!」
「ら、らぶらぶだなんて、そんなー……」
 いきなり、ズバリ核心のことを言ってくるなんて……ウエディングはともかく、その前の言葉に、心臓がドキンと弾む。
「二人ともキレイだったよー。特にみなみちゃん、そのタキシードはゆたかとすっごくお似合い! まさか、ゆたかが体育祭で活躍するとは思わなかったから、感謝感激だよっ!」
「あっ……」
「お、お姉ちゃんってばー」
 そう言うと、成実さんは私をぎゅーっと抱きしめてきた。
「……本当にありがとう、みなみちゃん。これからも、ゆたかのことをよろしく頼むね」
 耳元でのその言葉は、とっても嬉しそうで、
「……はいっ」
 私は、できるだけ力強くそう答えてみせた。
 大切な子の、大切なお姉さん。その願いに、ちゃんと応えないと。
「おーおー、素晴らしき姉妹愛だねー」
「おりょ? やっぱりあの紋付き袴はこなただったんだ。かがみちゃんの腕の中にすっぽり収まっててよくわからなかったよ」
「なっ、なんたる無礼なっ!」
「本当なんだから仕方ないでしょ。お久しぶりです、成実さん」
「かがみちゃん、お久しぶりー」
 成実さんが来たことで、よりいっそうにぎやかになる保健室。

「それに、天原先生もお久しぶりです。いつもお世話になってます」
「お久しぶりです、成実さん」
「ども、小早川のチーム担任の桜庭です」
「お母さんと子供って感じでお似合いですねー。みなみちゃんとゆたかにも似合いそう」
「それは否定できませんな。むしろ肯定の方向で」
 いつもは静かなのが好きな私だけど、こういう雰囲気も悪くない。

「じゃあ、今度衣装を借りていろいろ着飾ってみるとかどうっスか?」
「おおっ、田村さんってばナイスアイディア!」
「え、えっと、私はそういうのには慣れてなくて……」
「大丈夫だよ、かがみもだんだん慣れてくるだろーから」
「慣れんでいいっ!」
 ゆたかのおかげで、こういうのも楽しいって知ることが出来たから。

「それじゃあ、まずは一枚記念撮影なんてどーカナ?」
「さすがゆい姉さん、気が利くねー!」
「だとすると、ダブルウエディングがど真ん中っすよー」
「……えっ?」
「た、田村さん、真ん中はお姉ちゃんたちのほうが」
「なに言ってるの。今日は二人のおめでたい日なんだからさー」
 まるで、おとぎ話のエンディングのようなにきやかさ。
 でも、私たちの日々はまだ始まったばかり。

「……そうだね」
「みなみちゃん?」
「せっかくだから、撮ってもらおう」
「珍しいね、みなみちゃんから言うなんて」
「……今日は、とっても楽しい日だから」
 その楽しい雰囲気で、私も思わず笑顔になる。

「そうだねっ。じゃあお姉ちゃん、お願いっ!」
「お願いします!」
「おー、まかせたまへー!」

 これからも、ゆたかやみんなとの日々を楽しく紡いでいきたい。
 そう思いながら、私はゆたかが絡めてきた腕をぎゅっと引き寄せた。
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