渚スコープ

 さざなみが、足下に寄せては返してゆく。
 素足を濡らすそれは冷たくて、とても心地いい。
「わあっ、すごい!」
 元気な声に振り返ると、ゆたかがこっちに向かって小走りでやってくるのが見えた。
「本当に海なんだねー……きゃっ、冷たい」
 嬉しそうに言いながら、ゆたかも私と同じように足をさざなみに浸す。
「……ゆたか、まだ陽射しが強いよ」
「あっ、ありがとう」
 少し大きめの白い日傘を差し出すと、ゆたかはちょこんとこっちに寄り添って入ってきた。
 潮風で涼しいとはいっても、まだ真夏。厳しい陽射しは、ゆたかにはきっとつらいから。
「二人ともー、こっち向いてー」
「えっ?」

 ぱしゃっ

 言われたとおりに振り向いた瞬間、田村さんは私たちに向かってデジタルカメラを構えていた。
「海に並ぶ二人ってば絵になるねー。ついつい撮りたくなっちゃった」
「へ、へんな顔してなかった?」
「ぜーんぜん。小早川さんも岩崎さんも、いい表情してたよ」
「よかったぁ」
 ……写真は、どっちかというとあんまり好きじゃない。
 でも、こうやってみんなと想い出になるなら……残しておいてもいいのかもしれない。

 高校で初めてできた友達と、初めてのお出かけ。
 そして、同い年の友達と過ごす久しぶりの夏。



渚スコープ

from "らき☆すた - Lucky☆Star -"

Written by Kazuki Takatori



「それにしてもみなみちゃん、こんなところ良く知ってたね」
「本当、都内でこんな海岸があるなんて思わなかったよ」
 波打ち際をゆっくり歩いていると、ゆたかと田村さんが話しかけてきた。
「……中学校の遠足のとき、さっきの水族館に来たことがあって」
「その時に、ここに来たことがあるの?」
「ううん……館内の案内で見たときからずっと気になって……いつか、ここに来てみたいって思ってた」
「それで、水族館に行こうって誘ったときに目を輝かせていたんだね」
「……そんな顔、してた?」
 私は、自分ではあまりそういう表情をしなかったつもりだけど……
「うん、なんだか嬉しそうだったよ」
「はえー、小早川さんってば岩崎さんのことよく見てるんだねー」
 ゆたかには、どうもお見通しらしい。
「でも、岩崎さんの見立てはバッチリだったってことだよ。こんな広い海が見られたんだもん」
「……ありがとう」
「ううん、私こそありがとうだよ」
「うんっ。ありがとう、岩崎さん」
「……っ」
 ちょっと照れくさくなって、視線を海に向ける。
 目の前に広がるのは、静かにさざめく海とどこまでも高い青空。
 そして、少し傾きかけた太陽が波間をきらきらと輝かせていた。
「……田村さんは、大丈夫? 原稿とか……」
「あ、うん。ちゃんと印刷所に送ったし、あとはちょっとおまけを作るだけ」
 そう言う田村さんの目の下には、少しくまができていた。きっと、最近はあまり眠れてなかったんだろう。
「そう……お疲れさま」
「ううん、まだまだこれからが本番だから。その分、今日はしっかり充電しないと」
「出来上がったら、見せてくれる?」
「……私も見てみたい」
「ううっ、い、いちおーフツーの本もあるから、それなら……」
 私たちの言葉に、少し言葉を詰まらせる田村さん。
 ……でも、どうしてだろう。泉先輩から見せて貰った本は、とてもいいお話だったのに。
「あっ、そうだ。もしかしたら、海を題材にしたお話もできそうだよね」
「海を? ……あー、そうかも。確かに海っていろいろネタにできそうだし……うん、いいかもっ。後でいろいろ考えてみよっと」
 疲れが吹き飛んだかのように、田村さんがゆたかに笑いかける。
 もしも私たちが彼女の創作の手助けになれるのなら、それはきっと嬉しいことだろう。
「すいませーんっ!」
「……?」
 後ろからの声に振り向くと、三人の小学生ぐらいの女の子が私に手を振っている。
「ボール取ってくださーい!」
 言われて下を見ると、私たちのほうにビーチボールがころころと転がってきていた。
 それが私の足にぽんっとぶつかると、女の子たちはまるで待ち受けてるかのように手を振り続けている。
「うーん、あそこまで打ってほしいんじゃないかな?」
「……じゃあ、傘を持っていてくれる?」
「うんっ」
 私はゆたかに日傘を渡すと、手にしたビーチボールを右手で高くかかげて……

 ぼんっ!

 思いっきり、左手を打ち付けた。
 高々と空に舞ったボールはそのまま風に乗って……ぽふんっと、手を振っていた女の子の腕におさまった。
「ありがとっ、おねーちゃーんっ!!」
「…………」
 ちゃんと渡すことができてよかったと思いながら、私も女の子たちに手を振る。
「わあっ、みなみちゃんすごいっ!」
「さすがの運動神経だねー」
「……た、たまたま」
 喜んでもらえるのは悪くないけれど、そういう風に目をきらきらさせながら言われるとやっぱり恥ずかしい。二人とも感激屋さんだからこういうことは多いけど……なかなか慣れない。
 しばらく女の子たちを眺めていると、何事もなかったのかのようにまたビーチボールで遊んでいた。
 ……あの子たちの歳ぐらいにゆたかや田村さんと出会えたら、きっと今頃はもっと違う学校生活になっていたかもしれない。そう思うぐらい、入試以来の半年間はとっても充実していた。
 知っている人がみゆきさんぐらいしかいなくて、少し不安だったのが嘘みたいに――
「あの子たち、仲良しさんなんだねー」
「……そうだね」
「仲がいいってコトは美しいよねー」
 今は、こうやって二人がいてくれる。
 私を慕ってくれて、守ってあげたくなるゆたか。
 一歩引いた立ち位置で、私とゆたかのことを見守ってくれる田村さん。
 人に言わせれば「たった二人」と言われるかもしれないけど……私にとっては大事な、大切な二人の友達。

 *   *   *

「はいっ、お茶買ってきたよー」
 田村さんが、抱えていた烏龍茶のペットボトルを一本一本私たちに手渡してくれる。
「……ありがとう」
「ありがとう、岩崎さん」
 それを受け取った私は、キャップを外してそれをくいっと口にした。
 喉に冷たい感覚が、そして口の中でほんのりとした苦みが広がっていく。
 満足して口を離すと、ゆたかが両手でボトルを持って飲んでいるのが見えて、その姿が、
なんとなくかわいらしく思えた。
「ふうっ」
 そして、飲み終わった後の姿も。
「おいしいねー」
「……うん、おいしい」
「冷たくて気持ちいいよね」
 そんな風に笑いながら、海のほうを見やる。
 波打ち際を一通り散歩した私たちは、元から設置されてた大きなパラソルの下で一休み。
ほんの少し海からは離れたけど、ここからの眺めも悪くない。
「いやー、涼しくていい場所だよ」
「うんっ、風もいい気持ちだし」
「……少し、陽射しが強いのが難点だけど」
 今年の夏は、いつもに比べてかなり陽射しがきつい。そのせいか、海沿いなのに人影は少なめだった。
「しょうがないよ、夏は暑いものなんだし」
「……ゆたかは、大丈夫?」
「うんっ、こうやって時々一休みしてるから。でもびっくりしたよー、みなみちゃんが日傘を用意してくれたなんて」
「……それは、たまたま」
 照れくさくて、ついついそんな嘘をついてしまう。
 泉先輩や成実さんから教えてもらったとおり、ゆたかは熱にあてられやすい。学校でも、夏休み前の体育の後は保健室に行くことも多かった。だからこそ用意したのだけれど……よかった、ちゃんと役立って。
「あれ、どうしたの? 田村さん、顔を真っ赤にしちゃって」
「……熱中症?」
「う、ううん? ナンデモナイヨ? ナンデモナイデスヨー?」
 真っ赤になりながら、ぶんぶん顔を振る田村さん。
「……本当に、大丈夫?」
「だいじょーぶだいじょーぶっ! ほらっ、この通りッ!」
 いや、そんな立ち上がってラジオ体操第二を始めなくても。
「無理しちゃダメだよ?」
「あははっ、ごめんごめん」
 ようやく落ち着いた田村さんは、ほうっと息をつくとまた椅子に座った。
 ……本当に、大丈夫なのかな。
 でも、こうやってみんなでわいわい話せるのは楽しい。

「もうすぐ夏のお祭りだー……」
「こっちももうすぐお祭りなんだって。柊先輩が言ってたよ」
「いや、そのお祭りとちょっと違うんだヨ」

 夏休みのこれからのことを話したり、

「クーラーにあたってると、どうしても外に出たくなくなっちゃって」
「……でも、あたりすぎも体に良くない」
「だねー。小早川さんの場合は扇風機とかもいいかも」

 日頃のことを話してみたり、

「……古典の課題が、なかなか終わらない」
「みなみちゃんも? 私も現代訳までできなくて……」
「夏休み明けに原文と訳文の両方を暗誦だなんて……厳しすぎだよ、あのセンセーってば」

 まだ終わりそうもない、宿題のことを話したり。
 どうしても聞いていることが多くなるけど、そのやりとりに加われるのも、二人を見ているのも楽しい。
 話すことが少なくなっても、二人といっしょに海を見ているだけでほっとする。

「ほらっ、見て」
「うわぁ……いい夕焼け」
「きれい……」

 時が経つのも、忘れてしまいそうなぐらいに。

 きっと、私はずっと望んでいたんだろう。
 こうやって、誰かがそばにいてくれることを。
 
 来た頃はまだ青かった海が、今は夕焼けのオレンジ色を映している。
 風は少し強くなってきて、潮も少しずつ満ちてきていた。
「こうやって見てると、海って飽きないよね」
「……いろいろな景色が見られるから」
「こういうのが自然のすごいところなんだろうねー」
 広々とした夕暮れの海を見ながら、ふとそんなことを口にする私たち。
 穏やかに流れていく時間とともに、心も穏やかになっているみたい。
「ほら、波に夕焼けがきらきら輝いて……きれいな波だよ」
 田村さんの言うとおり、夕焼けの輝きが波間に揺れながら煌めいている。こんな間近で、こういう光景を見られるなんて……
「きれいな波……まるで、みなみちゃんの名前みたい」
「えっ……私の、名前?」
 ゆたかの言葉が理解できなくて、思わず首を傾げる。
「ほら、みなみちゃんって名前を漢字にすると『美しい波』って書いて『みなみ』っていう風に読めたりするでしょ」
「……そう、かな」
 確かにそう読めるかもしれないけど……私は、美しくは無い。
 無愛想だし、スタイルも良くないし、人に怖がられることもあるし……全然、自分には合ってはいない。
「小早川さんってばいいところに目をつけたね。たしかに岩崎さんらしい名前かも」
「……えっ?」
 田村さんまで、どうして……?
「ほら、波って普段は穏やかでしょ。でも、時間や季節でいろいろ表情を変えていく。それって、時々岩崎さんが小早川さんといっしょにいるときみたいだなって思えて」
「……?」
「んー、自分じゃわからないかー……例えば、岩崎さんが小早川さんとおしゃべりしてる時って楽しいでしょ?」
「……楽しい。田村さんとおしゃべりしてるときも」
 それは、自信を持って言える。
「あははっ、ありがとう。それと、小早川さんが調子を崩したときには血相を変えて駆け寄ったり」
「そうだよねっ。みなみちゃん、まるで白馬の王子様みたいだもん」
「……ゆ、ゆたか、それは言い過ぎ」
「こ、この子ってばなんてストレートなコトをっ」
 す、ストレートって、田村さんにもそういう風に映っているっていうこと……?
「と、とにかく……普段の見た感じは静かだけど、親しい誰かといる時にはココロの中の感情がいろいろ変わるんだなーとか、岩崎さんを見ていてそう思ったわけですヨ」
「うんっ、私もそう思う」
「……そう、なのかな」
 まさか、二人同時にそう言われるなんて……全然、実感は無いんだけれど。
「だって、私はみなみちゃんのおかげでいろいろ助けてもらってるんだよ。それって、みなみちゃんがよく見ていてくれてるってことだろうし」
「それに、クラスの人が怪我をした時もよく手助けしてくれてるもんね」
「……そういうものなのかな」
「きっとそうだよ。ねっ、田村さん」
「うん、うんっ」
 今まで考えたこともなかったけど……二人のその言葉が、とても嬉しい。
「これからも、いろいろ迷惑をかけちゃうかもしれないけど……よろしくね、みなみちゃん」
「私もよろしくねっ、岩崎さん」
 夕焼けのオレンジが映えた二人の笑顔が、私に向けられる。
 私こそ、二人にはいっぱいお世話になっているし、これから迷惑をかけるかもしれない。だから、ちゃんと言わなくちゃ……
「……私こそ、よろしく……ゆたか、田村さん」
「っ?!」
「あ、あうっ……」
「……?」
 な、なんだか二人の反応が変だけど……どうしたんだろう。
「い、今の笑顔、すっごくきれい……」
「は、反則だよっ。夕陽にその笑顔は……」
「えっ……」
 わ、私、笑えてたの……?
 自分ではわからないけれど、二人は顔を真っ赤にしながら私のことを見ていた。
 もし、そうだとしたら……きっと、二人のおかげ。
 こうやって、楽しい一日を……ううん、楽しい毎日をいっしょに過ごしてくれる、ゆたかと田村さんのおかげ。

 ゆたか、田村さん。
 私に笑顔をくれて、ありがとう。

 大切な友達といっしょの海辺で、私は二人がくれた幸せに包まれていた。
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