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● てけてけかなたさん --- その19・ふたり ●

「んじゃねー!」
 こなたが俺たちに手を振りながら、だんだん向こうへ走っていく。手を繋いでいたゆーちゃんは慌ててる……かと思いきや、
「二人で楽しんできてくださいねー!」
 ゆーちゃんまで一緒になって手を振って、駅の出口のほうに遠ざかっていった。さては、二人して謀ってたな……?
「おいおい、いきなり二人っきりかよ」
「別に気を遣わなくてもいいのにね」
「ホントだよな」
 呆れ笑いをしながら、ケータイの中にいるかなたと顔を見合わせる。イヤホンマイク越しの会話だけど、画面の中のかなたも俺と同じように笑っていた。
「さてと、どうしたもんかね。二人っきりなんて丸々二十年ぶりぐらいだろ」
「まあ、ゆっくり歩きましょう。今日一日時間はあるんだし、そう君もしっかり息抜きしないと」
「うーん……俺としては、もうちょい籠もって原稿をしたかったんだが」
「ダメですっ! 昨日まで連続で徹夜だったんだし、息抜きも仕事のうちよ?」
「う、わ、わかったよ」
 ちんまりとはしてるけど、怒ってるかなたの迫力はやっぱり変わらないや。
「んじゃ、テキトーにぶらぶらしてみるか」
「はいっ」
 かなたがうなずいたのを見て、胸ポケットにケータイをそっと差し込む。まさか、こういう時のためにストレート型のケータイが役に立つとは。
「ちゃんと見えるか?」
「うん、大丈夫」
「りょーかい」
 どこかわくわくした感じのかなたの声を聞きながら、俺は『JR秋葉原駅 昭和通り口』と書かれた看板の下をくぐって駅の外へと出た。



てけてけかなたさん

その19・ふたり

Written by Kazuki Takatori



 昨晩の夕飯時『家族でお出かけしよう』と言い出したのは、なんと意外なことにこなただった。
『せっかくだからさ、みんなで一緒にお出かけしようよ。お母さんもずっと家の中と近所だけじゃ退屈だろーし』
 基本的にインドア派なこなたからは信じられない言葉だったけど、どうもさっきの通り、俺とかなたを二人っきりにするための口実だったらしい。炎天下の中巻き込まれたゆーちゃんは災難だが……まあ、今日のところは素直に娘たちからのプレゼントを受け取っておくことにしよう。
「なんか、本当にすっかり変わっちゃったわね」
 ワシントンホテルのあたりをほっつき歩いてると、ふとかなたがつぶやいた。
「さすがに、二十年も経ってるとな」
「まさか、万世橋駅の跡がこんなに立派な場所になってるなんて思わなかった」
 ふと目を向けると、ほんの数年前までは貨物駅跡とかの廃墟があった場所が、すっかり開けたロータリーになって人が行き交っていた。
「しかも、ヨドバシとかの有名店まで出てきて、すっかり垢抜けた感じになっちゃってな。電気街口にあったアキハバラデパートも、去年の年末で閉鎖して建て替えるらしいし」
「そうなんだ……ちょっと寂しいけど、そうやって街が変わっていくのかもね」
「まあ、たとえ形が変わっていっても、想い出が心の中にあればいいんだよ」
 何気ないことがあった場所でも、心に深く刻まれていればいつでも思い出せる。いつまでもノスタルジーに浸ってたら、前になんか進めるわけがないわけだからな。
「ふふっ、そう君らしい」
「そ、そっか?」
 うう、なんか久々にこんな話をしてたら照れちまったい。かなたもおかしそうにくすくす笑ってるし、俺の顔なんか今頃真っ赤になってるんだろうな……
「それにしても、こんなに広いのに人があまりいないのね」
「夏休みとはいえ、さすがに平日だし」
 ちょっとばかり中高生といった風情の子供たちはいるけど、あとは営業まわりらしいビジネスマンやらなんやらといった感じで人はまばらだった。
「でも、丁度いいじゃないか。こうやって喋ってても、変な目で見られることはないしな」
 こうやってずーっとイヤホンマイクに向かって話してる男なんて、そうそういないし……
「くすっ、確かにそうかも」
 って、かなたが笑うことはないだろ。言ってて自分が情けなくなるんだからさ。
 そのままヨドバシの前を通っていって、中央通りへと抜けていく。このあたりもUDX
らダイビルやらと巨大ビルが建ち並んでいるが……
「うーん……さすがにここはいつ来ても見えない壁を感じるな」
 でっかいビル二つに挟まれてるだけで、こうなんとも言えない威圧感があるとは。
「こんな整然としたビル、昔は無かったものね……」
「ほとんどが雑居ビルだったからなー。まあ、行くとしてもアニメセンターぐらいか」
「…………」
 ん? 反応が無いぞ?
 ひょいっとケータイを取り出して液晶を覗き込むと、きょろきょろあたりを見ていたかなたと目があって……
「きゃっ?!」
 何故か悲鳴を上げられた。ははあ、珍しくてあたりを見回してたか。
「いやお前、おのぼりさんじゃないんだからさ」
「ち、違うのっ! ちょっと気になっただけなのっ!」
「ちょっと、ねえ」
「む〜っ……」
 その割には、興味津々といった感じだったけどな。でも、弄るのはこのくらいにしておこう。これ以上はかなたが可哀想だし……いや、別にかなたサンが電話帳っぽいものを抱えてたからだとか、その足下にくずかごがあったとか、ゼンゼンソウイウワケジャナイデスヨ?
 でも、そうか、確かに歩き回れない分興味が湧いてもおかしくないわけだ。
「よーし、ちょっと待ってろ」
「えっ?」
「ソフトの後ろに隠れてろよ」
 俺はケータイのカメラを起動させると、UDX前の街並みにファインダーを合わせた。道路をこうやって中心にして、人通りもちょっとフレームに入れて……よしっ。

 カシャッ

 うしっ、思い通りの写真が撮れた。
「そう君?」
「ああ、そろそろ出てきていいぞ」
「え、ええ」
 画面の外からかなたがてけてけとやってきて、撮ったばかりの写真をしげしげと見つめている。
「じゃあさ、かなた。その道の上に立ってみろよ」
「み、道の上に?」
「ああ」
 俺の言葉に、かなたがおっかなびっくりという感じで写真の中にある道路の上に立った。
「こう?」
「そうそう、そういう感じで」
 あとはこれで写真を全画面モードにしてからキーボードを引きだして、Fnキーと文字キーを同時に押して、画面をキャプチャしてと。
「よしっ、出来た」
「?」
 今度はファイルエクスプローラーを起動して、ルートに出来たJPEGファイルを選択。あとはこれを開けば……
「ほら、見てみろよ」
 画面に、白いワンピース姿のかなたが街中に佇んでいる写真が表示される。
「わぁ……」
 目をきらきら輝かせながら、かなたはその写真に見入っていた。
「やっぱり想い出に残しておきたいだろ? まあ、ちょいとチープだけどな」
「ううんっ! ありがとう、そう君っ!」
 嬉しそうに笑って、かなたは画面の中でぴょんぴょん飛び回る。やっぱり、かなたにはこういう笑顔が一番だ。
「よーし、今日はこうやっていろんな所を歩き回ってみるか」
「えっ、いいの?」
「いいのいいの。ゲームショップめぐりより、そっちのほうが面白そうだし」
 なにより、かなたの笑顔が見られるほうがいいからな。
「そんじゃ、まずはどこへ行こうかね」
 まだまだ時間はあるけど、有意義な休日は有効に使うにこしたことはない。
「♪〜」
 嬉しそうなかなたのハミングを聴きながら、俺はまたゆっくりと街中を歩き始めた。

*   *   *


 それからは、あてもなくアキバ中をぶらぶらと歩き回って、

「じぇい、おー、しー、あーる。558キロヘルツ、こちらはラジオ関西です」
「……何故CRのコールサインなんだ?」
「そう君が昔、夜中に聴いていたのを覚えてたから」
「あー、確かに屋根に上って遠距離リスナーやってたもんな。アニメ玉手箱とか」
 東京アニメセンターのラジオブースを撮ってたら、かなたがアナウンサーのマネをしたり、

「こなたとゆーちゃんが健康に過ごせますように」
「こなたとゆーちゃんの進路がうまくいきますように」
 神田明神に行って、二人でお参りをしてみたり、

「遊んでる子供たちの中に混じってると、かなたも違和感が無さそうというか――」
「な・に・か・い・っ・た?」
「イ、イエ! ナンデモアリマセン!」
 公園の中で子供達を眺めてるうちにアタマから漏れ出たものが、かなたの逆鱗に触れてしまったり、

「USB扇風機……こ、こんなのも売ってるの?」
「おお。ついでにUSB目覚まし時計とか、USBクリスマスツリーなんかもあるぞ」
「ずいぶんPCの環境もにぎやかになったのねー」
「いや、ただ挑戦してる人間がいるだけで、決してにぎやかなわけじゃ」
 昔のように、ぶらぶらとジャンク屋や裏通りを歩いてみたり。

「わっ! な、なんですかこの看板っ?!」
「あー、ここ数年はエロゲの看板とかよく出てるんだよ」
「で、でも、こんな直接的な……え、えっちです! いけません!」
「うぉっ?! い、いきなりわめくなっての!」
 中央通りのショップが並んでるところで、かなたが暴走したり。
 他にも、さっきみたいに街角の写真を撮ってみたりと、ゆったりとした時間を二人で過ごしたわけだが……

「それで、だ」
 ビルの前に立った俺は、改めてケータイを取り出してかなたの顔を見た。
「本当に、ここでいいんだな?」
「ええ」
 俺の問いに、かなたは満面の笑顔で俺にうなずいてみせる。
 そして、顔を上げればポップな文字と一緒にメイドさんが描かれた看板。
「こなたのお仕事場、一回見てみたかったの」
「いや、それはそれでいいんけどさ……」
 俺たちは今、まさかの『夫婦同伴メイド喫茶』を敢行しようとしていた。
「きっと、清楚なお店なんでしょうね」
「…………」
 いやー、なんと言えばいいんだろう。かなたの想像してるメイド喫茶って、きっとエマとかそういう世界のメイドさんみたいな感じなんだろうけど、大概のメイド喫茶はそういうメイドさんじゃなく、どっちかというと明るめなお嬢さんが揃ってるわけで……
「さあ、行ってみましょ」
「あ、ああ」
 ええい、こうなったら行くしかないか。

 からんっ

 ドアを開けると、軽やかなベルの音が心地よく耳に飛び込んでくる。
 そして、小さな二人のメイドさんが奥のほうからやってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人さ――って、おとーさん?!」
「おっ、おじさん?!」
「ちょっ、えっ、こ……こなたっ?! ゆーちゃん?!」
 って、なんで二人してメイド姿でここにいるんだ?!
 
「いやー、まさかお父さんが来るとは思わなかったよ」
 向かいの席に座っているこなたが、カレーを口にしながら言う。
「俺も、来ることになるとは思わなかったんだけどな」
 少ないなりにも人がいるということで、俺はちょいちょいと胸ポケットのあたりを指さしてみた。
「あー、なるほどなるほど」
 そう言うと、こなたはちょこちょこと手を振ってみせた。きっと、ケータイの中のかなたも手を振っているんだろう。
「でも、休憩に入ってもいいのか? まだ仕事中だろうに」
「今日は平日だし、ピークも過ぎちゃったから」
「えっ? ああ、もうこんな時間なのか」
 時計を見ると、確かに2時近くとお昼時はとっくに過ぎていた。
「店長さんも、親が来たって言ったらすんなり許してくれたよ」
 オムライスを口に運びながらこなたの視線に合わせると、厨房のほうで店長らしいちょっと頼りなさげな男性がこなたとアイコンタクトを交わしていた。店長公認ってことなら、心配ないか。俺も会釈しておこう。
「しかし、お前がゆーちゃんの特訓ね」
 意外そうに言うと、こなたはえっへんとばかりにナイ胸を張ってみせた。
「ゆーちゃんのクラス、文化祭でメイド喫茶をやるかもしれないんだってさ。だから、せっかくだしちょいと手ほどきをと思ってね」
「私も、調べるよりも習った方が早いと思ったんです。ちょっと厳しいですけど、お姉ちゃんの教え方ってとっても丁寧でわかりやすいんですよ」
「身内とはいえ、メイドさんをやるならちゃんと心得を身につけとかないと。でもね、ゆーちゃんってばものすごく覚えがいいんだよ。こりゃ現場でも一線張れるよ」
 向かいの席のメイドさん二人組が、まるで姉妹のように顔を見合わせる。うーむ、こうやって改めて見ると、ミニマムなメイドさん×2で片方は案外しっかり者、もう片方はちょっと病弱だけど頑張りやさん。二人で一生懸命支え合うメイド姉妹……うむ、実にいい! 実にいいじゃないか! 家でもやってもらえれば、俺はもう十年戦える!
「……そう君、何を考えてるのかな?」
「イエナンデモアリマセンヨカナタサン」
 やばいやばい、思わずガッツポーズしちまったい。かなたの声、すっかり冷え込んでるよ。
「あ、そうだそうだ。お父さん、ちょっとカメラを使いたいからケータイ貸してよ」
「ああ、別にいいけど……って、ここはカメラ使用禁止じゃないのか?」
「店員がやる分には問題ナイのですよー」
 そう言いながら、こなたは俺の胸ポケットからケータイをひょいっと取り出していくと、自分にレンズを向けて一枚写真を撮影したみたいだった。
「んでもって、ちょいちょいちょいっと」
 今度は持ち替えて、引き出したキーボードで何かを打ち込む。おそらく、かなたと会話でもしているんだろう。
「で、ゆーちゃん。こなたのレッスンはタメになったかな?」
「はいっ! ちゃんとメモにもとっておきましたし、帰ったら早速みなみちゃんたちにも報告しないと」
「そうか、それならよかった」
 元気がいいゆーちゃんの返事に、まだ店内にいる男どもの目がとろんとしたものになっていく。
ええいっ、その目はやめいっ! ゆーちゃんはゆいちゃんとゆきのものなんだからな!
「よーし、出来たっ。はい! おとーさん」
「ん? ……って、ぐはっ?!」
 ちょ、おま……こなたはん、あんたなんてことしてくれはるんや!
 思わず某美食漫画の金持ちのセリフが出てきそうなほど、とんでもない爆弾をこなたがぶつけてきやがった!
「えっと……どうかな?」
 いやいや反則ですってかなたさん。画面の中とはいえ、メイド服を着て恥ずかしそうにもじもじしてるなんて! そんな表情を見たのはウエディングドレスを着て以来だから、すっごく新鮮っつーか……いやー、俺の人生ホントに勝ち組だなー!
「ぐっ!」
「うしっ!」
 親指を立ててみせると、こなたもゆーちゃんも楽しそうに指を立てながら笑った。
「よ、よかったぁ」
 いや、ホントにかなたのメイド姿が見られるとは……本当にありがとう、こなた、ゆーちゃん。君たち二人のおかげでホントにいいものが見れたよ。
「んじゃ、記念にスクリーンショットを」
「へえ、そんなこと出来るんだね」
「おう、WindowsMoboleケータイの特権だ」
「んじゃ、後で私にもファイルちょうだい」
「あっ、できれば私も」
「うーん……」
 ちょっと考えた俺は、メモ帳を立ち上げて文字を入力した。
『別にいいよな?』
 それを見たかなたも、ちょっと考え込んでから口を開く。
「うん、二人の想い出になるなら」
『おし、わかった』
 かなたが言うなら、きっと大丈夫だろう。
「いいってさ。後でMicroSDに落としとくから、どんどん持っていきなさい」
「わーいっ!」
「ありがとうございますっ!」
 どんな形にせよ、かなたがいたって記録は二人とも持っていたいだろうからな。
「よしっ、とりあえずはまず一枚」
「……おとーさん、まるでカメコみたいな言い方はよそうよ」
「がーんっ」
 お、俺はさすがにカメコまでは範囲外なんだがなぁ……

 からんっ

「お帰りなさいませ、ご主人様」
 別のバイトの子が、入ってきたお客さんに向かって明るくあいさつする。
「泉さん、小早川さん、そろそろ休憩も終わりだから、ラストまであと2時間お願いね」
「あっ、はーい」
「かしこまりましたっ」
 うむうむ、ゆーちゃんも板に付いてきてる。
「んじゃ、俺はここでもう少し二人の働きっぷりを見てますかね」
「ううっ、なんかやりづらいな……」
「大丈夫だよ、これも訓練のうちだって思えば」
 おいおい、いつの間にか立場が逆転してるじゃんか。
「んじゃ、がんばってくるねー」
「おう、行ってらっしゃい」
 手をしゅたっと挙げると、こなたはゆーちゃんを連れてホールのほうへ出て行った。
「なんだかんだで、動作も堂に入ったもんだな」
 きびきびとした中にも、おしとやかな動作でお客さんに接していく。ちゃんと身に付いていないとできない芸当だ。
「ねえ、そう君」
「うん?」
 ケータイの画面を見ると、かなたはちょっと恥ずかしそうにしながらちょこんと頭を下げた。
「お帰りなさいませっ、ご主人様」
「ぐふぉっ?!」
「こ、こんな感じでいいのかしら……って、そう君? そう君っ?!」
 やられた……やられたぜ……こんな清楚なメイドさんが側にいるなんて……ちくしょう、イヤホンから聴くだけなんて惜しすぎる! ボイスレコーダーを、ボイスレコーダーをインストールしていれば……がっくし。
「あの、お父さん、奇行は家だけにしてよね」
「ほっとけ」
 こなたも帰ったら聴いてみろっての、きっと狙い撃ちでスナイプされるから。
 
*  *  *


「いやー、こなたもなかなかやるもんだ」
「てきぱきと指示を受けて、しっかりこなしていたものね」
 こなたから待ち合わせ場所に指定された橋の欄干に寄りかかりながら、イヤホンマイク越しに言葉を交わす。
 結局、こなたたちがホールに出た後、二人をしばらく眺めていた俺たちは店を辞することにした。お客さんが増えてきたし、なにより二人の堂に入った姿も十分見たし。
「どんな進路にするかはまだ決めてないようだけど、こうやって社会経験を積むことはこれからプラスになるんじゃないかしら」
「ああ、それは絶対そうだろうな。人と接することは決していいことばかりじゃないけど、いろんな教訓を得られるはずだ」
 うーむ、まさかこんな形でこなたの進路の話をすることになるとは。でも、こうやって様子を見れたのはよかった。思いがけず、かなたにもこなたの雄姿を見せられたもんな。
「あいつも、もうそんな歳になったんだ……」
「そうね……」
 そう思うと、感慨深いもんだ。やんちゃな赤ん坊だったこなたが、もう進路云々の歳なんだから。
「まあ、俺はとりあえず見守っていることにするよ。こなたが自分で決めた進路だったら、きっと大丈夫だろ」
 いろいろ突っ走って不安になるけど、やるときはやる。ゆーちゃんのことをしっかり支えている姿を見て、俺はそう確信することが出来た。
「そうね。あの子だったら、きっと大丈夫」
 そして、かなたも確信を込めたように呟く。
「安心したか?」
「ええ、安心したわ」
「そうか」
 それを聞いた俺は、人通りの多い歩道から神田川のほうに体の向きを変えた。
 ほとりに立ち並ぶビル群の面影は少し変わってしまったけど、昔の静かな雰囲気は残したままだ。

「あと……三日か」
「……ええ」
 かなたから昨日告げられたリミットを口にするだけで、心がちくりと痛む。
「こなたとゆーちゃんには、ちゃんと伝えたのか?」
「ええ。ちゃんと、昨日のうちに」
「そうか……」
 決められていたこととはいえ、さすがに心苦しい。
 十日間という時間はとても短くて……でも、心に強く刻まれて。倍以上いっしょにいたこなたには、もっと大切な想い出が出来ただろう。
「仕方ない……よな」
『ここにずっと居てくれ』と言うのはたやすいこと。でも、ここに居続けることでかなたの存在自体が消え、生まれ変わることすら出来なくなるなんて絶対に嫌だ。
「んじゃ、俺もがんばって書かないと」
 だからこそ、かなたに……そして、みんなに今伝えたいことをちゃんと書いていこう。
「私も、楽しみにしているわ」
 もう、聞けるはずがなかった言葉。そして、もう読んでくれるはずがなかった物語。それらを聞けて、読んでもらえるだけで、もう十分すぎるほどなんだから。
「あの、そう君……受話器、耳につけてくれる?」
「え? イヤホンをつけた状態じゃなくて?」
「ええ」
 かなたに言われたとおり、イヤホンマイクを外した俺はケータイを耳にあてた。

《そう君、今日は本当にありがとう》
「……かなた?」
 電話特有のノイズに混じった、とても嬉しそうな声。

《いっぱい、いっしょにいてくれて》
「あははっ。だったら、俺も「ありがとう」って言わないとな」
 ……ああ、そうだ。

「どうだ、楽しかったか?」
《ええ。いろいろな所に行けたし、こなたとゆーちゃんの元気な姿も見られたから》
 高校時代、デートした夜はこんな感じで電話してたっけな。

「そっか、それならよかった」
《そう君は、どうだった?》
 楽しかった一日を振り返ろうって言って、かなたが始めて……

「ああ、俺も。久しぶりのデートだったからな」
《で、デートだなんて、そんな……》
 最初はこんな感じで照れていて、でも嬉しそうに話してくれたんだ。

「いやー、立派なデートだと思うぞ。二人っきりでずっとぶらぶらしてたんだし」
《そ、そう言われればそうかもしれないけど……》
 俺はというと、こんな感じでかなたをいじったりしてた。

《でも、本当によかった。そう君とお出かけできて》
「俺も、かなたといっしょにいられてよかったよ」
 電話越しにかなたの想いが伝わってきて……かなたにも、俺の想いが伝わってほしいと思ってたっけ。

「また、いつか……いっしょに出かけられたらいいな」
《ええ……いつか、きっと》
 あの時と違うのは、約束が出来ないということ。
 かなたが還ってしまったら、もう二度と叶わない約束のはずだから……

《ねえ、そう君》
「うん?」
 だけど、やっぱりその後は変わらないみたいだ。

《大好きっ》
 俺たちの想いは、ずっと変わっていないんだもんな。

「俺も、大好きだよ」
 今までも。そして、これからも。

 受話器越しに話しながら、俺たちは二十年ぶりにお互いの気持ちを再確認しあっていた。
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