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● てけてけかなたさん --- その16・おもい ●

「鶏の手羽って、どのくらい焼けばいいの?」
「表面がちょっとこんがりするぐらいね。火は中まで通さなくていいから、強火でさっとでいいわ」
「ん、わかったー」
 お母さんに言われたとおり、箸を動かす手を止めて表面に焦げ目をつける。
 鶏の脂がフライパンでパチパチとはぜて、香ばしい匂いがして……うーん、食欲をそそるねー。
「そろそろ返してもいい頃じゃないかしら」
「そろそろね」
 言われたとおりに手羽を裏返すと、こんがりとおいしそうな焦げ目がついていた。
「おー、これはなかなか」
「煮たときに、この焦げ目の香ばしさがつゆにも移って美味しくなるの」
「へえ、勉強になるよー」
 感心しながらテーブルの方を見ると、お母さんはにこにこと楽しそうに笑っていた。
 それを見てると、こっちも楽しいんだけど……
「あのさ、お母さん」
「なに?」
「そこ……狭くないの?」
 まさか、A6サイズのノートPCにまで入っちゃうとは。



てけてけかなたさん

その16・おもい

Written by Kazuki Takatori



「そうでもないわよ? いつもと違って新鮮な感じだもの」
「そ、そーですか」
 嬉しそうにウインドウに腰掛けているお母さん。それは私がよく知るWindowsXPのものじゃなくて、あんまり見たことがないシンプルな画面。
「そう君が大切にしていたものが、こうやって役に立ってくれるなんて」
「ホントだよねー……まさか、Windows3.1の中にも入れちゃうなんて」
 そう、お母さんは過去の遺産とも言える昔のWindowsの中にいた。

 どうにかしてお母さんといっしょに行動できないかなと思って、お父さんとの共同倉庫を漁っていたら「PC-110」っていうちっこいPCが出てきた。80486SXっていうCPUにメモリが8メガ、OSもWin3.1だしHDDが130MBってことで無理だろうなーって思ってたんだけど、
『大丈夫、住めば都ですよ』
 RS-232Cケーブルで私のPCと繋いだら、あっさりお引っ越ししちゃいましたヨ。今更お母さんにはPCの常識ってのは通用しないと思ってたけど、まさかここまでとは……でも、内蔵されてる電話機がマイクがわりにもなるし、A6サイズ630グラムっていう小ささとちんまりとしたお母さんの姿がよく似合っていた。

「もうそろそろ、入れちゃってもいいかな?」
「うーんと」
 ひょいっとPC-110を持ち上げて、私は画面をフライパンの中に向けてみた。
「そうね、そろそろお鍋に入れてもいいかも」
「うん、わかった」
 PC-110をテーブルに置いて、表面がこんがり焼けた手羽肉をひょいひょいとつゆが入った深鍋へと入れていく。しょうゆと砂糖のいい匂いもするし、こりゃ絶対美味しくなるよ。
「あとは、生姜をスライスして入れるんだっけ?」
「ええ、風味付けにもなるし、ちょっとだけ日持ちも良くなるのよ」
「そっかー、確かにいい香りがつきそうだもんね」
 皮ごと生姜をスライスしていると、さっぱりとした匂いがあたりに漂ってきた。
「んじゃ、これも入れてっと……あとは、落としぶたをして煮ればいいのかな?」
「そうよ。でもその前に、灰汁取りを十分にするのを忘れないこと」
「はーい」
 その前に、お鍋の中をお玉でぐるのとかき回しておきましょーかね。ぐるぐるっと、大根もつゆになじむようにして……おー、ちょっぴり飴色になってる。お父さんとゆーちゃんが帰ってくる頃には、立派な鶏大根になりそーだ。
 途中経過に満足した私は、コンロが強火になってることを確認してからテーブルについた。
「お疲れさま、こなた」
 画面の中のお母さんが、私と同じエプロン姿でねぎらってくれる。そういえば、胸の"PIYOPIYO"ってロゴ、どこかで見たことがあるんだけど……ま、いっか。
「いやいやー、まさか鶏大根でこんなに手間がかかるなんて思わなかったよ」
「意外と下ごしらえに時間がかかるのよ。でも、一度覚えればあとは流れ作業だから」
「そだね、色々参考になったよ」
「それにしても……こなたに『お料理を教えて』って言われたとき、びっくりしちゃった」
 そう、実は今回の料理は私がお母さんにお願いして実現したものだった。
「んー、やっぱりお母さんに料理を教えて欲しいってのは夢だったからね」
「私も、まさかこなたに教えてあげられるとは思わなかったわ」
「あははっ」
 嬉しそうに笑ってくれるお母さんを見ていると、私も笑いがこらえられない。
「それに、お母さん直伝の味をお父さんに食べさせてあげたかったし」
「そう君、びっくりしてくれるといいわね」
 最初にお願いしたとき、お母さんはなかなか首を縦に振ってくれなかった。それはお母さんの考えあってのことだったけど、それでもお願いし倒して、ようやく教えてくれた。私だけがお母さんとふれあっているのは、どうしても心苦しかったから……
「確か『原稿のお供』だっけ。お父さん、鶏大根が大好きだったんだ」
 そして、その気持ちをお母さんに伝えて、教えてもらったのがこの「鶏大根」だった。
「これを出したら、たくさんご飯をおかわりしてたもの。『創作パワーが溜まるー』とか言って」
「あー、お父さんだったら言いそうだわ」
 今でもかがみたちが来るとき、みんなが作る料理でいろいろ言ってるもんねー。ありゃ萌えのダダ漏れって感じもするけど。
「これからは、こなたがお父さんの創作パワーを充電してあげてね」
「うん、わかった」
 限りある時間の中で、私が出来ること……それはきっと、お母さんの想いを私がお父さんに伝えてあげること。そのためだったら、全然時間を惜しんだりしない。
「あ、そろそろ灰汁が出てくる頃じゃないかしら」
「結構煮立ってるし、そろそろかもね」
 そう言って、私はまな板の上にタオルを置いてからPC-110をそこに乗っけた。これなら、
お母さんも様子を見られるかな。
「灰汁をすくうときは、いっしょに余分な脂を除いておくといいわよ。そうすると、さっぱりした口当たりになるから」
「はーいっ。お、出てる出てる」
 お玉を手にして落としぶたを取ると、確かにちょっと濁ったあくが沸騰した泡の間で漂っていた。んじゃ、これを丹念に取って……と。
「終わったら、味見しちゃっていいかな?」
「そうね、味を調えるなら今のうちがいいでしょうし」
 灰汁を捨て終わったあとには、飴色の澄んだつゆとそれが染みた大根に鶏手羽。お玉でおつゆをすくって、一口飲んでみると――
「どう?」
「うんっ、大丈夫! このままで十分いけるよ」
 口の中に広がるのは、ちょっと甘めの醤油味とさっぱりとした生姜の香り。普通に店で買ったつゆだけじゃ、こんなおいしさは出せないね。
「あとは、これでコトコト弱火で煮込めばいいってところかな」
「そうね。一時間ぐらい煮込めば十分に染みるはずよ」
 言われて時計を見てみると、今はもう夕方の六時。あと一時間ぐらいなら、みなみちゃんと遊びに行ってるゆーちゃんも、打ち合わせに行ってるお父さんも帰ってくる時間だ。
「んじゃ、あとはまたーりしてよっか」
「そうしましょうか」
 コンロを強火から弱火にしたのを確認して、お鍋にフタする。さて、あとはゆっくりお母さんとおしゃべりといきますかね。

*  *  *


「ただいまー。おっ、いい匂いがするな」
「あ、おかえりなさーい」
「おかえりなさいっ」
 ゆーちゃんとご飯の支度をしていると、珍しく私服姿なお父さんがリビングに入ってきた。
「しっかり用意してくれてるのか。偉い偉い」
「もう全部出来てるから、着替えてきたら早速ごはんにするよ」
「おう、了解っ」
 夕ごはんが楽しみなのか、鼻歌を歌いながら自分の部屋に行くお父さん。そりゃまー、十分に楽しみにしてもらいますよ。
 ちらっと戸棚のほうを見ると、こっそり置いたPC-110のウインドウの隙間からお母さんがこっちを見ていた。やっぱり、なんだかんだ言ってお父さんの反応が気になるみたい。
「んじゃ、そろそろメシにしよっか」
「ってお父さん、着替えるの早過ぎ!」
 さっき出て行ってから三分も経ってないのに、もういつもの作務衣姿だヨ!?
「わははは、脱いで着ればすぐだ。いやー、やっぱりコレが落ち着くわ」
「あ、あははは……」
 ゆーちゃんもすっかり呆れてるよ。とゆーか、絶対脱ぎ散らかしてるでしょ、コレ。
「まあ、もう出来るからいーけどさ。はい、席についたついた」
「ううっ、最近のこなたってば冷たい……おっ?」
 そう言いながらテーブルにつくお父さんの目が、大皿に釘付けになった。
「ほー、鶏大根か。懐かしいな」
「帰ったらテレビでちょうどやっててさ、手羽も安かったしいいかなーって思って」
 何気なく嘘八百を並び立てながら、ごはんをよそったお茶碗をテーブルに置いていく。今日のごはんはアジの干物にキャベツのおひたし、タマネギのおみそ汁にメインの鶏大根としっかり出来たけど……ありゃりゃ、お父さんってばもう箸持っちゃってるよ。
「んじゃ、そろそろいただきましょーか」
 自分のお茶碗を置いた私は、テーブルにつくとそう言った。
「いただきまーす」
「いただきますっ」
「いっただきまーすっ!」
 言うが早いか、お父さんはあいさつをすると同時に鶏手羽を箸でつかんで、一気に口へと運んだ。
「……どう?」
 思わず聞いてみたけど、お父さんはじっくりと噛みしめているみたいで――
「美味いっ! 美味いぞっ、こなた!」
「うぉうっ?!」
 飲み込んだと思ったら、いきなり絶叫してきたよ。突然のことだったからドキッとしちゃった。
「久々だよ、こんな美味い鶏大根。俺も作ったけど、こんな美味さ出せなかったからなー」
「そ、そう? よかったー」
「うんっ、この鶏大根、とってもおいしいよっ!」
「そっかそっかー、二人とも好評でよかったよかった」
 ゆーちゃんも、ちまちまと鶏手羽をほぐしながら口に運んでいる。大根もつゆがしっかり染みて、箸先だけで切り分けられるぐらいやわらかくなっていた。
「そうそう、これってごはんがすすむんだよな。こなた、おかわり分炊いてあるか?」
「ちゃんと四合炊いておいたから、心配しなくても大丈夫だよ」
「おう、じゃあガンガン喰うぞー!」
 そう言って、お父さんは鶏手羽をほぐすとごはんごとかき込み始めた。って、ウチのガッコの男子生徒どもじゃないんだから!
「もー、お父さん、ちゃんと大根も食べなきゃだめだよ?」
「ん? ……お、おう」
 一瞬きょとんとしたお父さんだけど、すぐにまたごはんをかき込み始める。
 それじゃ、私も食べてみましょかねー……うん、美味いっ。ちゃんとつゆが鶏に染みてて、確かにごはんにすっごく合うよ。
 そのままみんなでばくばく食べ進めていって、二十分近く経った頃には大皿の中はすっかり空っぽになっていた。

「いやー、喰った喰った」
 満足そうに言って、お父さんがお腹をぽんと叩く。
「ほんと、おいしかったねー」
「お姉ちゃん、今度教えてね。私もゆいお姉ちゃんをびっくりさせたくなっちゃった」
「おっ、いいよー。どんどん聞いてくれたまへー」
 さすがお母さん直伝。お父さんもゆーちゃんもすっかり幸せそうになっちゃって。ちらっと戸棚のほうを見てみれば、DOS窓の影からひょっこり顔を出したお母さんが嬉しそうににこにこしてるし、ホント、作った甲斐があったってもんですよ。
「ちょうど筆もノッてきてるし、これでいいのが書けそうだよ」
「どう? 創作パワーは充電できた?」
「おうっ。って、なんかそれ、久しぶりに聞いたな」
「そうなの?」
「昔、かなたがこうやって鶏大根を作ってくれて、食べ終わって満足してると、今のこなたみたいに『どう? 充電できた?』って聞いてくれてな。それに、大根のこともかなたによく言われたよ。ちゃんと食べなきゃダメですよって」
 そう語るお父さんの笑顔は、とってもやわらかくて、
「そういえば……この味、かなたが作ってくれた味にそっくりなんだ。うん、久しぶりに思い出したよ」
 その目尻が、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ潤んだような気がした。
「おじさんにとって、想い出の味なんですね」
「ああ。昔々の、想い出の味だよ」
 そう、一言ひとこと噛みしめるように言うお父さんの姿を見てホッとすると同時に、ココロの中でもう一つの別の気持ちが大きくなってることに気付いた。

*  *  *


「ふふふっ。そう君、だいぶ喜んでたみたいね」
「そだね」
 後片付けが終わって、すっかり真夜中。私は戸棚にあったPC-110を回収して、自分の部屋に戻っていた。お母さんも、今は私のマシンに戻ってすっかりくつろいでる。
「今度は、こなたに何を教えてあげようかな」
 スピーカーからは、お母さんのわくわくしたような声。お母さんってば、すっかり
お料理教室が気に入っちゃったみたい。
 まあ、それはそれで嬉しいことなんだけど……
「あのね、お母さん」
「うん?」
「え、えっと……」
 言いたいことを言いかけて、一瞬ためらう。
 もしかしたら、お母さんのことを傷つけるかもしれない。でも……ちゃんと、言わなくちゃ。
「やっぱり……お父さんと会ったほうがいいんじゃないかな」
「こなた……?」
 呆然としているお母さんに、私は言葉を続ける。
「お父さん、お母さんの味に会えたみたいだってとっても嬉しそうだった。私も確かに嬉しかった。お母さんが教えてくれた味をちゃんと伝えられたから。でも……それだけなんだよ。私だけがお母さんと会って、お父さんは何も知らない」

『お母さんが教えてくれたんだよ』って、何度も言いそうになった。
 美味しそうに食べて、昔を懐かしんでいたお父さん。それを見て、何度も言いたくなって……でも、こらえるしかなかった。
 信じてくれるわけがないだろうし、それ以前に私が言うべきことじゃないから。

「ダメよ」
 ぼーっとしていたお母さんの表情が、すぐに困った笑みへと変わっていく。
「この間言ったとおり、私たちは会わない方がいいの」
 それは、諦めにも似たようなはかない笑顔。
「そんなことないって!」
 だけど、私は絶対諦めたくない。
 もしもさよならをする日が来たとしても、それまでにお父さんとお母さんには、絶対会って欲しい。
「いいえ。そう君と会ったら……きっと、私は作品作りの邪魔になってしまうから」
 そう……それがお母さんから聞いていた、お父さんと会おうとしない理由。
「私と会うことで、物語が書けなくなってしまうのは嫌なの。せっかく筆が進んでるのに、今会って、私との想い出に縛られて書けなくなってしまったりしたら」
「大丈夫だよ、お父さんは何度もスランプを乗り越えてきたんだもん」
「そう君は何度も壁にぶつかって、書けなくなってしまった時期もあったの。だから――」
「私だって知ってるよ!」
 思わず叫ぶと、うつむきかけていたお母さんがはっとこっちを向いた。
「私だって、お父さんの側にずっといたんだよ!? お母さんが見守っていたように、私だってお父さんのことずっと見守ってきた! お父さんの苦しみだって見てきた。書けなかった時でも、私の前では笑顔でいて、ずっとがんばってきたんだから!」
「こなた……」
「今は、ちょっとやそっとのことで書けなくなったりするお父さんじゃないよ。それに、お母さんなんだよ? お父さんがこの世で一番大好きなお母さんなんだから、絶対に大丈夫だよ!」
 ずっと、お母さんのことを想っているお父さん。それは想い出になった今でも同じで、お盆になれば迎え火を焚いて、お彼岸になればお墓参りをして、帰り道に時々思い出話をしてくれて……時々想い出に浸ったりもするけど、それでも前へと進んでいこうってがんばってるんだから。
「うん、絶対大丈夫。だって、私たちは家族なんだもん」
「家族……」
 確信を込めて言うと、諦めで固まっていたお母さんの表情が少しずつやわらいでいった。
 長い間別れてはいたけど、私たちが家族なのには違いないんだから。
「万が一書けなくなったりしたら、私がとっちめちゃうよ。『生活できなくなるぞーっ!』って」
「そ、それはさすがにちょっと」
 またまた困ったように笑うお母さん。だけど、それはさっきの諦めの表情とは違う。
「だから、さ……お父さんと会ってみようよ。私も、いっしょにいてあげるから」
 もしもの時は、私が二人を支えてあげないと――
「あっ、あのっ……私も、いっしょにいますからっ」
「……えっ?」
「……へっ?」
 って、何でお母さんと私以外の声が?
 突然のことに固まって、ゆっくり横を振り向くと、
「ご、ごめんなさいっ! 突然入ったりして……」
「ゆ、ゆーちゃん?!」

 申し訳なさそうに笑いながら、ゆーちゃんがドアの隙間から顔を出していた。
 
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