まあるいそら

Written by Kazuki Takatori



「あう〜……」
 あっつい〜……
 毛布一枚しかかけてないのに、汗がだくだくだよぅ。
 あたしはごろんと寝っころがって、エアコンのリモコンを見た。
 ……あっ、タイマーが切れてる。
 寝たときはあんなにすずしかったのに、こんなにあつくなるなんて……もう、夏なんてきらいっ!
 エアコンをつけて、またあたしは毛布をかぶった。
 あうー、すずしい風っ。
 今度はちゃんと寝ようっと。
 …………
 …………
 …………
 あう〜、のどがかわいちゃった……
 すずしくなったのはいいけど、これじゃ眠れないよぅ。
 飲み物なんか、持ってきてないもんね。
 ……どうしよう。
 ぴろは隣のかごで寝てるし、祐一も寝てるだろうし……まだまだ、外もそんなに明るくないし。
 ちょっと怖いけど、やっぱり何か飲まないとがまんできないっ!
 あたしは毛布をどかして、立ち上がった。
 それから、そっと歩きだす。
 ドアも音をたてないように開けたあたしは、廊下でもそっと歩くことにした。
 祐一たちを起こしちゃいけないもんね。
 真っ暗な廊下を、一歩一歩ゆっくり歩く。
 ぬきあし、さしあし、しのびあし……
 ぬきあし、さしあし、しのびあし……
 祐一がこんなことを教えてくれたけど、一体なんなのかな。
 ま、いっか。
 ぬきあし、さしあし、しのびあし……
 ぬきあし、さしあし、しのびあし……
 一階もまっくらで、リビングのほうもあかりはついてない。
 おかあさんも、ちゃんと寝てるみたい。
 あたしはゆっくりと、リビングに向かって歩き出した。
 あとは、飲み物を取ってくるだけ……

 ちりんっ

「っ!?」
 あうぅ……
 な、なんか音がしたよぅ!
 それも、まっくらなリビングのほうから……
 あついはずなのに、なんか「とりはだ」たっちゃってるし……
 ゆ、ゆーれい?
 そ……そんなことないよね。
 階段のかげにかくれて、ちょっとリビングの様子を見てみる。
 でも、しばらくたっても何の音もしない。
 だ、大丈夫かな……
 あたしはまた、リビングのほうにそっと歩き出した。

 ちりんっ

 ……また、さっきとおなじ音。
 でも、こんどはなんだかきれいな音……
 この音、いったい何だろ。
 リビングのドアに手をかけて、ゆっくりとドアを開ける。
 それから、あたしはリビングの中をそっとのぞきこんでみた。
 まっくらだからあまり見えないけど、ぐるっと見回してみると……あれっ?
 なんか、窓が開いてるみたい。
 庭に出るほうの窓のカーテンが、ふわふわ揺れてる。
 おかあさん、閉めわすれたのかな。
 あたしは窓を閉めようと思って、窓のほうに近づいた。
「……あっ」
 誰か、いる。
 縁側に座って、こっちに背中を向けてる。
 ドロボウとかじゃないって、なんとなくわかるけど……でも、誰だろ。
 まっくらなのとカーテンのせいで、よく見えないよぅ……
「……あの」
 あたしは、その人に声をかけてみた。
「うん?」
 その人は振り向いて、カーテンを開けた。
「あれ、真琴?」
「な、名雪?」
 カーテンのあいだから出てきた顔は、よーく知ってる名雪の顔だった。
「おはよう、真琴」
 にっこりと笑ってる名雪。
 でも、まだ朝早いのに……
「名雪、起きるの早い……」
「今日は、ちょっとね」
「ちょっと?」
「うん。でも真琴、どうしたの? こんな時間に」
「あう……ちょっと、のどかわいちゃって」
 変な音のせいで忘れちゃってたけど、のどはもうからからだった。
「大丈夫?」
「うん。名雪も、麦茶飲む?」
「入れてくれるの?」
「うんっ」
「それじゃ、おねがいしようかな」
「はーいっ」
 わたしはキッチンに行って、冷蔵庫を開けた。
 そして、おかあさん特製の麦茶を、二つのコップにくむ。
「名雪、入れたよ」
「じゃあ、真琴もこっちおいでよ」
「いいの?」
「もちろんっ」
「じゃあ……」
 コップを持って、テラスのほうに歩いていく。
 名雪も、カーテンを開けてあたしのことをむかえてくれた。
「はいっ、名雪」
「ありがと」
 名雪に、ねこ柄のコップを渡す。
 あたしはかえる柄のコップを手にしたまま、名雪の隣に座った。
 外は湿っぽかったけど、風がちょっと気持ちいい。
「いただきます」
「いただきまーす」
 そう言って、あたしと名雪は麦茶を飲んだ。
 名雪は、ちょっとずつ。
 あたしは、いっきに全部。
 ひといきついて、あたしはコップを部屋の中に置いた。
「ごちそうさまー」
「真琴、早いよ〜」
「だって、のどかわいてたんだもん」
「うーん……だったら、しょうがないね」
 そう言って、名雪があたしの頭をそっとなでてくれた。
 みんなよくなでてくれるけど、名雪はいつもゆっくり、そっとなでてくれる。
「真琴、眠くないの?」
「うん。お茶飲んだら、目がさめちゃった」
「大丈夫?」
「大丈夫だよっ。でも、名雪は……?」
「わたしは……ちょっと、眠いかな」
 そう言ったとおり、名雪の目はちょっととろんとしてる。
「名雪、早く起きすぎだよ」
「う〜……でも、今日は特別な日なんだもん」
「とくべつな日?」
「うん」
 また、麦茶を飲む名雪。

 ちりんっ

「あっ」
 また、あの音。
 今度は、すごく近いところで鳴ったみたいだけど……
「どうしたの? 真琴」
「あの……今の音ってなんなの?」
 あたしが聞くと、名雪はちょっと考えたみたいな顔をして、それからにっこり笑った。
「真琴、この音どこかで聞いたことない?」
「えっ?」
「ほら、よーく聞いてみて」
 そう言って、名雪はくちびるにひとさし指をあてた。
 ……なんなんだろ、いったい。

 ちりんっ

 また、あの音。

 ちりりんっ

 なんか、まるで……

 ちりんっ

「鈴みたい……」
 風が吹くたびに鳴る、きれいな音。
 それは、あたしが大好きな鈴の音によく似てた。
「でしょ?」
 立ち上がって、ひさしに手を伸ばす名雪。
 いったい、なにしてるんだろ。
「はいっ」
 名雪はまた座ると、あたしに手のひらでつつんだものを見せてくれた。
 でも……
「何? これ」
 ガラスでできた、透明のまあるい玉。
 その下のほうが切れてて、糸に石みたいなのと、白い紙がくくりつけられてる。
「これはね、『ふうりん』って言うんだよ」
「ふうりん?」
「そう。『風』の『鈴』って書いて、風鈴って呼ぶの」
「風の、鈴……」
「ほら、見てて」
 風鈴の上のほうを持って、名雪が糸からさがってる紙に息を吹きかけた。

 ちりんっ

「わあっ」
「どう? 鈴みたいでしょ?」
「うんっ、ほんとに風の鈴なんだねっ」
「風が吹くと、この紙がゆれて、重りがガラスに当たって音が鳴るの」
「そうなんだぁ」
 わたしも、ふうっと息を吹きかけてみた。

 ちりんっ

「あははっ」
「真琴、風鈴って好き?」
「うん、大好きっ!
 でも、名雪……」
「なに?」
「もしかして、この音をずっと聴いてたの?」
「それもそうだけど」
 名雪はほほえむと、風鈴をそっと見つめた。
「わたしが、この風鈴をつけてたんだよ」
「名雪が?」
 あたしのことばに、名雪が小さくうなずく。
 そして、またひさしに風鈴をむすびつけた。
「今日は、お盆だから」
「お盆……」
 おかあさんが、教えてくれたっけ。
 お空に行っちゃった人たちのたましいが、ちょっとだけもどってくる時期……
「この風鈴はね、お父さんがわたしに作ってくれた風鈴なんだって」
「名雪に?」
「うん。
 わたしって赤ちゃんのとき、暑いのがとっても苦手だったんだって。すぐにぐずって、熱出しちゃったりして……
 それでね、お父さんが『夏でも名雪が元気になるように』って、この風鈴を作ってくれたんだよ」
「そうなんだぁ」
「だから、この風鈴はわたしの宝物なんだよ」
 うれしそうに言う名雪。
「お空の上にいる、お父さんがくれた大切な宝物だから……
 だからこの風鈴で、お盆にお父さんをお迎えしてあげるの」
「そっかぁ……」
 あたしは、名雪のおとうさんのことを知らない。
 おかあさんの部屋にある写真でちょこっと見たことがあるけど……でも、名雪が風鈴を大事にしてるのを見ると、おとうさんって優しかったんだろうなぁ。
「ねえ、真琴」
「うん?」
「真琴のお父さんって、どういう人だったの?」
「真琴の?」
「そうだよ」
 真琴の、おとうさん……
 ってことは、妖狐のときのことだよね。
「真琴のおとうさんは……よく、ごはんとかとってきてくれたなぁ」
「ごはんを?」
「真琴がケガしたときとかだよ」
「そっか……真琴、妖狐だったもんね」
「それに、祐一と名雪が助けてくれたことがあったでしょ?
 その後、おとうさんが言ってたんだ。『助けてもらったことに感謝しなさい』って。おとうさん、そういうことにはうるさかったから」
「礼儀正しいお父さんだったんだね」
「いたずらしたときなんか、よく怒られたんだよぅ……しっぽかまれたりして」
「真琴、妖狐のときもいたずら好きだったの?」
「あぅ」
 よくおとうさんのごはんを隠したりして、おしおきされて……今でも、その痛さはよーくおぼえてる。
「でも……」
「でも?」
「妖狐って、大人になったらひとりだちするの。
 だから、おとうさんたちともわかれるんだよ」
 そう。
 それが、掟。
 妖狐だけじゃなくて、動物たち、みんなの……
「……そうなの?」
 びっくりしたみたいな顔で見る名雪。
「それが、決まりだから」
「そうなんだ……」
「でもねっ」
 あたしはそう言って、名雪のほうを見た。
「おとうさんのことは今でも大好きだよ。いろいろなことを教えてくれたし、それに……真琴が大人になるまで、育ててくれたんだもん。
 それに……そのおかげで、真琴は人間になれたんだから。
 祐一や名雪、秋子おかあさんに、また会えたんだから……あたしは、おとうさんが大好きだよ」
 真琴が、大好きな人たち。
 その大好きって気持ちを教えてくれたのも、おとうさんだったもんね。
「名雪も、名雪のおとうさんのことが好き?」
「あたりまえだよ〜。
 だって、こんな素敵な風鈴をわたしに贈ってくれたんだもん」
 名雪が、にっこり笑いながら風鈴を見あげる。
「きっと空の上から、わたしたちのことを見守ってくれてるよ」
「真琴のおとうさんも、どこかで見守ってくれてるよね」
「もちろんだよっ」
 おたがいの顔を見合って、くすっと笑う。
 やっぱり、名雪って秋子おかあさんにそっくりだなぁ。
 ちょっとぼーってしてるけど、とっても優しいんだもん。
 そう思いながら、あたしも名雪といっしょに風鈴を見あげた。
 風が吹くと、ちりんちりんって風鈴が鳴る。
 それが、なんだかうれしい。
 まんまるのガラスの玉の中で、ちりんって。
 ちょっとふしぎで、とってもきれい。
 まるで、まんまるなそらから音がふってくるみたいで。
「ねえ、真琴」
 名雪が、風鈴を見あげたままはなしかけてくる。
「うん?」
 あたしも、風鈴を見たままこたえる。
「真琴は、この家が好き?」
 小さいけど、とっても優しい声。
「うん、大好きだよっ」
 あたしはにっこり笑って、そう答えた。
「だって、祐一がいるし、名雪がいるし、秋子おかあさんがいるし……みんなみんな、いっしょにいられるんだもん」
 祐一が言ってくれた「家族」。
 あたしは、それが大好き。
 だからあたしは、人間になってここに来たんだもん。
 みんなでいっしょにあそんで、笑って、眠って……そして、毎日そうやってみんなとあそぶの。
「そっか」
 名雪が、風鈴を見たままにっこりと笑う。
 あたしも、風鈴を見たままこくんとうなずいた。
 風鈴の中から見たお空が、ちょっとずつあかるくなっていくのを見たまま、あたしたちはずっと風鈴の音を聴いていた。
「お父さん」
「?」
 いきなり、名雪が小さな声で口をひらいた。
「新しい家族の、真琴だよ」
「えっ……」
 風鈴を見て、にっこりと笑ったまま。
「わたしの、妹なんだよ」
「っ!」
 あたしがびっくりしてると、名雪はあたしのほうに顔を向けた。
「お父さんに、ちゃんと教えてあげないとね」
「えっ?」
「真琴が、わたしの妹だって」
 あたしのあたまをやさしくなでてくれる名雪。
 それが、あたしはとてもうれしかった。
「あうーっ」
「きっと、お父さんも真琴のことが好きだよ」
「真琴も、おとうさんのことが好きっ!」
 あたしと名雪がそう言うと、風鈴がちりんって鳴った。
 まるで、返事してくれたみたいに。




 風鈴の中のお空が、ゆっくりと青くなっていく。
 きっと、おとうさんがあのお空の上で見てくれてるんだよね。
 まあるいそらの、その上で……

 

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