注)このSSはあゆシナリオ全体のネタバレを含んでいます。
クリアしていない方は、このSSを読まないことをおすすめします。
『……うぐぅ』
聞き慣れた言葉を思い出した途端、俺の背中が引っ張られるような錯覚を覚えた。
『そこの人っ! どいてっ! どいてっ!』
同時に、騒がしい声と一緒に、俺の胸にぶつかってくるような錯覚も。
商店街を歩きながら、俺は以前のことを思い出していた。
すべての始まりの場所。
あいつとの、出会いの場所。
そして、再会の場所。
別れの日まで霞にかかっていた思い出が、今でははっきり思い出せる。
それと一緒に、その時のあいつの温もりが蘇ってくるような気がした。
あの真冬の日に、とても暖かかったあいつの肌の温もりが……
「すいません、たい焼き六つお願いします」
「あいよっ!」
俺の注文に、屋台の親父さんが威勢のいい声で返事した。
よくあいつが食い逃げしたときに、追っかけていた親父さん。
今では俺が来ると、よくおまけと言って何個か持たせてくれる。
型にさっと生地を流し込むのを見てから、俺はまわりの風景に目を移す。
春の柔らかい日差しが、街を優しく照らしている。
見上げてみれば、高い空が青く綺麗に広がっていた。
この間まで、雪のシャワーが限りなく降っていたのが嘘みたいに。
時はどんどん過ぎていく。
あいつとの別れの日以来、俺はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
そんな中でも、俺はあいつのことを忘れたくはなかった。
それが、あいつの願いだったから。
暖かいたいやきの詰まった袋を手に、並木道をゆっくりと歩く。
小さな俺達は、ここに願いをしまい込んだ。
そして、あいつが絶望して……
俺達が、その願いを再び手にした。
未来の自分に贈った願い事。
あいつは、ここから見えるあの場所でそれを願った。
俺達の学校で。
羽のついたリュックと、願いを込めた天使の人形を手にして。
あの場所であったことも、鮮明に思い出せる。
木に登って、この街を一望していたあいつ。
一緒に遊んで、疲れたあとにたい焼きを食べた俺達。
そして……
雪の上で傷つき、眠ったあいつ。
俺はそれを見て、何もする事は出来なくて……
ただ、あいつと指切りすることしか……
だけど……
あいつはずっと俺を待ち望んでいたように、胸にぶつかってきてくれた。
七年の空白を全て埋めるように。
天使のような翼を、ぴこぴこ羽ばたかせて……
それが、あいつの願いの始まりだったのかもしれない。
目を潤ませて、俺のことを見上げて……
小さな肩を震わせて、ここの土を掘って……
俺の胸で笑顔を浮かべて、願いとともに消えて……
その笑顔の下に、あいつは多くの物を抱え込んで……
俺は、それを受け止めてあげられたんだろうか。
ずっと、幻想にすがっていた俺は、あいつのことをわかってあげられたのだろうか。
並木道を抜けて、駅前の繁華街に出る。
人が行き交う歩道に、ちょこんと置かれているベンチ。
ここで、あいつは俺にクッキーを渡してくれた。
ここで、あいつは俺のことを見上げて「遅い」と言った。
それと……
大切な人をお互い失った記憶を持つ俺達は、ここで初めてキスをした。
お互いの傷を癒すように。
それから、俺達はここで会うようになった。
一人きりで、あいつはずっと待っていて、
俺が来ると嬉しそうに笑った。
天使のような笑みをうかべて……
俺にとって、あいつは天使だった。
秋子さんにとっても、名雪にとっても。
関わった人、みんなにとって、
あいつは、小さなな天使だった。
俺達を笑わせてくれて、
俺達を楽しくさせてくれて、
俺達を守ってくれて、
俺達を癒してくれて……
静かな廊下に、俺の靴音だけが響く。
壁に掛けられた名札を、一つ一つ確認していく。
頭の中で、ずっと焼き付けてある名前。
そして……
あいつの名札が、一つだけ下げてあるのを見つけた。
小さく、ドアをノックする。
だけど、返事は返ってこない。
そっと扉を開けて、中を見渡す。
窓際に置かれた、一つのベッド。
そのベッドで、俺のよく知っている女の子が眠っていた。
穏やかな笑みを浮かべて……
中に入った俺は、ベッドの脇にある椅子に腰掛けた。
そして、テーブルにたい焼きの入った袋を置く。
間近に女の子の顔を見てみると、その顔は少しこけ、色白になっていた。
だけど、それも仕方がない。
七年間、ずっと眠っていたんだから……
失った分、
また、取り戻せばいいんだから……
だから……
また、笑顔を見せてくれよ。
俺に出来ることは限られてるけど、
出来ることは出来るだけしてやる。
俺も、お前のそばで笑ってやるから。
もし、何かあっても……
一人で抱えることはするなよ。
俺がいることを忘れないでくれよ。
俺が、ずっとそばにいるんだから……
柔らかな風が、カーテンをそっと揺らす。
その隙間から、陽の光が漏れて女の子の顔を照らす。
「んっ……」
つむっていた目に、力が籠もる。
そして……
ゆっくりと、その瞳が開かれる。
「祐一君……」
記憶の中の笑顔と、彼女の笑顔が重なる。
あの、優しい笑顔。
だから、俺も笑顔で……
「おはよう、あゆ」
おはよう。
俺の天使様……