ガラスのラビリンス
終章
「うわっ……」
突然吹いた強風に、俺は思わず目をつむる。
暖かいけど、乱暴で……なんだか、ちょっと気分が悪い。
風が収まってすぐ、俺は服についた花びらを払い落とした。
ピンク色をした花びらが、地面に広がる同色の絨毯に溶け込んでいく。
少し見上げてみれば、桜並木がピンクの花びらに綺麗に包まれている。
あいつと冬の寒い日に歩いた何もない並木が、今じゃこんな綺麗な桜並木になっていた。
まあ、向こうじゃもっと早く桜が咲き終わったらしいけどな。
舞い散る花びらを見ながら、俺はそんなことを思っていた。
そして、また花びらのシャワーの中を歩き出す。
優しくなった風が、花びらと一緒に、俺のことを包み込んでくれていた。
……授業が休講で、なんか得したな。
午後の授業がなくなったおかげで、俺はこうしていることができた。
あれから二ヶ月たって……今じゃすっかり春らしくなってる。
小学校の時にあいつと歩いていた通学路は、今じゃ大学への通学路になっている。
もっとも、歩いているのは俺一人だけど。
あいつもきっと、今頃こんな風景を書き続けているんだろうな……
俺がきっかけをあげた道を、あいつはずっと先を目指して歩こうとしている。
そう思うだけで、なんだか嬉しくなる。
花びらのシャワーが終わってすぐ、俺の家が見えてきた。
今日は母さんも帰ってきているから、鍵を開ける必要がない。
「ただいまぁ」
ドアを開けながら、中に呼びかける。
「おかえり、拓」
母さんがリビングから出てきて、出迎えてくれる。
「今日はなんか随分早かったじゃない。どうしたの?」
「午後、休講になったから。何もする事もないし、早く帰ってきた」
「ふうん……あ、拓にあの子から宅配便が届いてるわよ」
「俺に?」
「そうよ。あなたの机の上に置いたから、ちゃんと確認しておいてね」
「はいはい」
俺は玄関から上がって、そのまま階段も駆け上がった。
そして、ドアを開ける。
開けっ放しの窓からの風が、なんだかとっても気持ちいい。
持っていた鞄をベッドに投げ捨てて、机の前に立つと、なんだか大きくて厚い包みがドンッと置いてあった。
「……なんだよ、これ」
差出人は……あいつ。
一体なんだろうと思いながら、俺は包みを開けだした。
取るのに手間はかかったけど、それでもなんとか中から入っていたものを取り出した。
「あっ……
……まったく、あいつらしいな」
俺はそれを改めて手にとって、苦笑しながら見つめた。
……なんだか、懐かしくなる。
子供のときのことを思い出させてくれるみたいで……嬉しいよな、こういうのって。
俺はそれを持って、部屋から出た。
そして、そのままあいつの部屋に入る。
あいつの部屋は、ベッドと机だけが置かれていて整然としていた。
こっちの部屋は、風と一緒にぽかぽかした陽が差し込んでいて、暖かい。
……こっちの部屋のほうが、やっぱり合うよな。
俺は、持っていたもの……キャンバスを、あいつのベッドの上にそっと置いた。
……ここに、飾っておこう。
俺と、あいつ……結の想い出。
それがきっと、お似合いだから。
そして、結の机に座って、俺はそれをじっと眺めることにした。
俺と結が、キャンバスの中で眠っている。
子供の俺達と、大人の俺達……
ずっと一緒だった俺達の想い出を、その中に込めたように、俺には見えた。
そう。
今でも……思いはずっと一緒なんだよな。
この絵の中の、俺達のように……
風が、カーテンを揺らした。
優しく、暖かく。
あの絵の中へも吹いていくように……
- End -