おひさまにだかれて
Written by Kazuki Takatori
サァァァァァァァァ……
……だりぃ。
サァァァァァァァァ……
……眠ぃ。
サァァァァァァァァ……
……すっげえ憂鬱。
まったくよぉ、いつになったら雨止むんだよ。
一週間だぜ!? 一週間!
いくら秋雨前線があるからって、なんでこんなに毎日雨が降るんだよ!
「うぅ……」
「あのっ、夾くん?」
「……あぁ?」
机に突っ伏したまま横を向くと、透が俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? なんだか気分が悪そうですが……」
心配そうな、透の顔。
「そんな顔しなくたって、別になんともねぇよ」
「そうですか?」
「何度も聞くな……」
ため息をついて、もう一度突っ伏す。
教室のざわめきも、雨のせいでもっと鬱陶しいしさ……早く帰りてぇ。
帰って布団入って、早くメシ喰って寝て……
あと一時間の授業が、こんなに鬱陶しく感じることなんて始めてだ……
「本田さん、別にこいつのことは気にしなくてもいいよ」
「ゆ、由希くん?」
「こいつのことだから、きっと帰るころには教室壊すぐらいバカ元気になってるよ」
か、勝手なこと言いやがって……
「でも、なんか顔色も悪そうですし」
「透、なんかキョンのことえらく心配してるみたいだな」
んげっ、ヤンキーまで……
「だって、いつもの元気がないですし……夾くん、どこかお悪いのですか?」
「別にどこも悪くねぇよ」
「そう……なら……」
っ!?
せ、背筋が寒い……花島か!?
「私の電波で、元気にさせてあげるわよ……?」
「え、遠慮しとく」
「別にいいのよ……? ただ、ちょっと加減を間違ったら病院送りになるかもしれないけど」
「だからいらねえって言ってるだろ!?
……あっ」
ぱたんっ
な、情けねぇ……
この俺が、立ち上がっただけで立ちくらみなんてよぉ……
「きょ、夾くん!?」
「自業自得だな」
「……これは重症ね」
「ま、今日は土曜だし、半ドンってことで救われたなぁ、キョン」
「キョンって呼ぶな、キョンって……」
まったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって……ほんっと、胸くそ悪ぃ……
「あ、あの、夾くん?」
「……なんだよ、透」
「もしよろしかったら、私といっしょに帰りませんか?」
「……はぁ?」
アタマがぼーっとしてるせいか、聞き間違えたような気がする。
「私でよろしかったら、帰りご一緒したいのですが……」
「別にいい」
いらん世話だ。
透の親切も、度が過ぎてるんだよ。
「なんだよ、せっかく透が誘ってるんだぞ?」
「……顎持つな、このヤンキー」
「そうよ、透くんのお誘いなのに?」
「花島も覗き込むなっ!」
てめえら、はっきり言って怖えんだよっ!
俺は一気に後ずさって、二人から離れた。
「べべべべべべつにいいのですっ! 私が強引に誘ったのですし……」
「いいのか? 本当に」
「はいです……夾くんが大丈夫というのなら」
「残念ね……下手に透くんに手を出そうものなら、電波で●●●にしてあげようと思ったのに」
「あたしも、ヤキ入れてやろうと思ったんだけどなぁ」
「だからそれはやめろっ!」
こいつらだけは、絶対敵にまわしたくねぇな……
「すいません、すいませんっ!」
「大丈夫だよ、本田さん」
「由希くん?」
「こいつが大丈夫だって言ってるんだから、ね」
「……でも」
「きっと猫のように這って帰ってくるんだろうけどさ」
……無茶苦茶むかつく。
「おい、透」
突っ伏しながら、俺は透に声をかけた。
「は、はいっ」
「一緒に帰ってやる」
「……はい?」
「だから、一緒に帰ってやるって」
クソ由希にあんなこと言われて、黙ってられるかってんだ!
「い、いいんですか?」
「ただし、今回一回きりだからなっ!」
そう、一回きり。
いつもこいつに迷惑かけてんだし……これ以上、積み重ねるのも嫌だからな。
「は、はいっ! 本田透、ふつつかながら夾くんのお供をさせていただきますっ!」
「……嫁に入るんじゃねえんだからよぉ」
透の言葉に脱力しながら……俺は自分の意識が遠ざかっていくのを感じた。
あと一時間で、やっと家へ帰れるんだ……
「おい、クソガキ」
なんだよ……休ませてくれよ……
「いい度胸だなぁ、あたしの授業で居眠りなんざ」
「あ、先生」
なんだ、クソ先公か。
いいや、寝ちまえっと。
「ちょうどいい機会だなっと」
「せ、先生だめですっ!!」
……何だ?
顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは……
「!!」
『レッツ白髪染め』?!
「っ!!」
「なに怯えてるんだ? オレンジ頭」
「てめえの手に持ってるそれは何だ!」
「いつでもお前の頭を黒く染めれるように持っといてるんだよ」
「笑いながら言うんじゃねぇっ!!」
ま、マジで怖ぇんだよ!
「ほら、ウダウダ言ってると、とっとと頭にこれぶっかけるぞ?」
「うるせぇ! 俺のは地……毛……」
あれっ……?
「きょ、夾くんっ!?」
だめだ……
机に突っ伏すしかねぇ……
「ほほう、ついに観念したか? オレンジ頭」
「違ぇ……」
「せ、先生……夾くん、調子が悪いみたいなんです。この時間だけ、そっとしておいてくれませんか?」
「あぁ?」
透……?
その言葉の後、先公の手が俺の額に触れた。
「ふん……ま、微熱ってとこか。バカも風邪引くもんだな」
「俺はバカじゃねぇ……」
「黙れバカ。まあ、あと一時間だ。とっとと寝てろ。授業の邪魔さえしなければ許してやる」
「ぐぁっ」
調子悪いってのに、頭押しつけるんじゃねぇよ!
「よかったですね、夾くん……」
また、心配そうに覗き込んでくる透。
「……心配ばっかしてると、ハゲるぞ」
一体、どうすればこいつに心配かけなくて済むんだろうな。
そんなことを考えているうちに、俺の意識はだんだん薄らいでいった……
☆
『夾くん、今晩のごはんは何がいいですか?』
いつも、透は笑顔で俺に話しかけてくる。
『だめですっ! 熱はしっかり治さなければ……』
端から見れば、はっきり言ってうざったい。
『お辛いならば、無理なさらず……』
でも、ただのお節介ってわけじゃないんだ。
こいつの場合は。
透は、いくつもの大切な物を無くしている。
おふくろ。
オヤジ。
頼るべき者。
住むべき家。
それは、俺も同じだった。
俺はそれらから逃げ、目をつぶってきた。
でも、透は違う。
一つ一つ、過去を振り向いていても、逃げようとはしない。
自分の足で、しっかり前へ歩いていこうとしている。
逃げようとしていた俺とは、まったく違うんだ。
そして、自分だけじゃなくて、周りにも目を配れている。
本当、凄い奴だと思う。
なんで、透はこんなに人に尽くせるんだろう。
どうして、俺は透と一緒にいられるんだろう……
もう……俺は、いられるはずじゃなかったのに……
「ん……」
暑い……
湿っぽくて、気持ち悪ぃ……
嫌な目覚め方だな。
体を起こして、軽く伸びをする。
首を回して目を開けると……
「……あれ?」
教室の中には、俺一人しかいなかった。
透の姿もない。
……先、帰っちまったのか?
…………
な、何で透の姿を探してるんだよ、俺っ!
別に、俺は一人でも平気なんだからよ。
……でも……
「あっ、夾くん」
その声に顔を上げると、ドアから入ってくる透の姿が見えた。
「よかった……起きられたのですね?」
「……ああ」
「ごめんなさい、紫呉さんと由希くんにちょっと遅くなるって連絡してきたんです」
「そうか」
俺がそう言うと、透は俺の隣の席に座った。
「透、今何時だ?」
「はい、もう二時ですけど」
二時?
授業が始まったの、十一時半だから……二時間半も寝てたのか。
「って、お前、ずっとここにいたのか?」
「はい。ぐっすり眠られていましたから」
「先に帰ってもよかったんだぞ?」
「で、でも、さっき夾くんとお約束しましたし、お約束は破っちゃいけませんから」
……まったく、しょうがない奴だぜ。
「お前、人生損してるよな」
「え?」
「何でもねぇ」
人のことは言えないか。
俺のほうが、いくつも損してるな……
「じゃあ、帰るぞ。透」
「もう、調子は大丈夫なのですか?」
「俺が大丈夫って言ったら大丈夫だ。ほら、行くぞ!」
立ち上がって、歩き出そうとしたその時。
「……あっ」
「きょ、夾くんっ!」
な……なんでふらつくんだよぉ……
体が言うこと聞かねぇし……
「突然立ち上がっちゃだめです。ゆっくり立ち上がらないと……」
「わ、わーってるよ……」
とうにかして机に手をかけて、ゆっくり立ち上がる俺。
本当、情けねぇ……!
「あの、よかったら肩をお貸ししましょうか?」
「……バカ。お前の小さい肩じゃ、俺の重さに耐えられねぇよ」
「は、はあ……」
これ以上、負担なんてかけられねぇよ。
「じゃ、行くぞ」
「はいっ」
俺がゆっくり歩き出すと、透も俺の横について歩き始めた。
校舎の中に、ほとんど人の姿はなかった。
外の雨の音と、俺達の足音が静かに響いているだけ。
昇降口から外を眺めてみても、まだ雨は当分止みそうもない。
いつになったら止むんだよ、これ……
「夾くん、お昼はどうします?」
俺が靴を履き替えていると、透が後ろから話しかけてきた。
「昼?」
「調子が悪いのでしたら、胃にいい物でも作りますけど……」
「……そうだな。重いのは食べられねぇや」
「わかりました。それでは、雑炊にしますねっ」
「そうしてくれ」
「はいっ!」
俺の言葉に、透はにこにこ笑いながら反応する。
……不思議だよな。本当に。
こいつがいると、ささくれ立った気持ちもすーっと治まっていく。
今日だって、いつもならイライラしてしょうがないはずなのに……
少しだけだけど、なんだか落ち着く。
「どういう雑炊がいいですか?」
「任せる」
「それじゃあ、しょう油とネギと卵を入れますね」
「ああ」
「がんばりますっ!」
たまに過剰な反応もするけど……まあ、こいつらしいや。
今も何を考えてるんだか、ずっとニコニコ笑ってるし。
「よっと」
オレンジ色の傘と、青色の傘が同時に開く。
雨音がぽたぽたと傘で弾ける中、俺達は一緒に歩き出した。
でも、歩くだけでもかったるい。
眠いし、だるいし……学校サボりゃよかったな。
別に、こんなとこ来る義理だってないわけだし。
「あまり調子が悪いようでしたら、はとりさんを呼びましょうか?」
……こいつの面倒を見る以外はな。
「しなくていいって……体質でしょうがねえんだから」
「はいです……」
「だから、お前は心配しすぎなんだってんだよ」
俺はそう言って、透の頭をこつんと叩いてやった。
「はうっ」
いつものとぼけた声を出して、透は俺のことを見上げた。
「まあ、わからなくはないけどよ……」
こいつの親父さん、体悪くして亡くなったんだっけな。
だから、心配したくなるのもわかる。
わかるけど……
「ですけど、本当に調子が悪かったら言って下さいね?」
やっぱり、心配性すぎるって。
「わーったよ」
まあ、もう慣れてはいるけどな。
こいつは、こういう奴なんだから。
ため息をついて、俺はちょっと先を歩こうとした。
「あっ、夾くん!」
「は?」
いきなり、俺の腕が後ろに引っ張られる。
「!?」
ばしゃっ!
「っ!!」
通り過ぎた車が、俺の目前で水を思いっきりはねやがった。
まあ、透が引っ張ってくれたおかげ……で……
「ん……?」
ぼんっ!
周りがいきなりでっかくなって、手にしていた傘が地面に落ちていく。
手を見れば、肉球があるしよ……
「ご、ごめんなさいっ!」
またか。
また抱きつきやがったか、透!
「ごっ、ごごごごごごめんなさいっ!」
俺が睨むと、透は俺に傘をかざして屈んだ。
「別に、いいけどよお……」
多分、水がかからないようにってやったんだろうし。
「でも、どうすればいいんだよ。こんな雨の中で濡れて帰りたくなんかないぜ?」
「は、はあ……」
こんな天気で傘も差さないまま帰るなんて、風邪ひいて下さいって言ってるもんだぜ。
「あっ」
「?」
突然、透が声を上げたかと思うと……
「よいしょっと」
透は自分の鞄に俺の制服とかを入れると、
「こうすればいいんですっ」
「うわっ!」
いきなり、俺のことを抱え上げやがった。
「おいっ、やめろってば!」
「だって、風邪ひいちゃいますし……このほうが、あったかくて楽ですよっ」
ぽふっ
「…………」
透の手が、俺の頭に乗った途端……なんだか、反発する気が失せちまった。
これ以上反発したって、透の手に傷つけちまうかもしれないし……
「わーったよ。このままでいてやるよ」
仕方なく、俺はそう言ってやった。
「はいですっ」
嬉しそうに言う透。
そして、頭に置いていた手で俺の頭をそっと撫でてきやがった。
「そ、そこまでするのはやめろっ!」
「ダメですか?」
「……ダメだ」
恥ずかしいったらありゃしねえんだからよぉ。
「そうですか……残念です」
何が残念なんだよ。
そうツッコミたかったけど……そんなことができないくらい、透の細い腕が暖かくて気持ちいい。
冷たく、うざったかった雨が嘘のように。
「透」
「なんですか?」
「……なんでもない」
まあ、いいか。
口に出さなくても……今、感じていられるだけで。
本当に、優しく包み込んでくれてるんだから。
……ああ、そうか。
『帰らないと……ダメです』
『帰りましょう……お家に』
『一緒に……過ごしたいんです!』
俺の本当の姿を見ても、「怖い」と言っても、必死に俺にしがみついていたこの手。
そして……俺のことを抱きとめてくれたこの手。
いつでも、この手が俺のことを包んでくれていた。
そうだ。
温かいんだ。
こいつの隣にいるだけで。
師匠にはあのとき「ぬるま湯」とか言ったけど……違う。
透は……心も体も、温かいんだよな。
まるで、太陽みたいに。
俺の冷たく尖った感情を……お前は、優しく溶かしてくれるんだ。
もう……
離れたくない。
「夾くん、お口開けてくださいっ」
「嫌だ」
「だって、調子が良くないんですし」
「調子が良くなくたって、自分で食べられる!」
家に帰ってきたのはいいけどさ。
「でも、少しでも体は休めたほうがいいですっ」
「俺はもう元気だっつーの」
結局、こうなるんだよなぁ。
少し休んでる間に透が雑炊を作ってくれたと思ったら、これだ。
いつもの世話焼きモードで、俺のそばを離れようとしない。
「……そうですか?」
「本人がそう言ってるんだからそう思え……って、落ち込むな!」
ああっ、もう鬱陶しい!
「あーらら、夾くんったら女の子を泣かして、いーけないんだ、いけないんだー♪」
し、紫呉の野郎……
「てめえ、紫呉っ!」
「な、泣いてなんかいませんよっ」
あたふたしてたら説得力ないぞ、透。
「はははっ……ところで透くん、まだ雑炊は残っているのかい?」
「あ、はい。先ほど作ったばかりですので、あつあつのうちに食べちゃってくださいね」
「うんうん。それじゃ、二人とも……ご・ゆっ・く・り♪」
そう言って、紫呉はドアを閉めやがった。
……後で絶対仕返ししてやる。
「?」
透と透で、わかんねえって顔をしてるしよ。
「気にするんじゃねえって」
「は、はあ」
相変わらず、透はレンゲを持ったままでいる。
……ま、いいか。
「あーんっ」
「……?」
「早く食べさせろよ」
「は、はい?」
「食べさせたいんだろ? 早くしねえと、口閉じるぞ!」
「わ、わかりましたっ!」
だから、そんなに力むなって……
「あ、あーん」
「……あーん」
ぱくっ
……美味い。
やっぱり、俺の作ったのなんか比べられないほどだ。
「ど、どうですか?」
「……不味くはない」
「美味しいですか?」
「ああ」
すっかり空いていた腹が、だんだん温かくなっていく。
「あとは、俺で食べられるからいい」
「そうですか……では、食べ終わるまでお待ちしてますね」
「……好きにしてろ」
なんだか、笑っちまうな。
こいつらしいっていうか、なんていうか。
ま、いっか。
こいつが望んでるだけじゃなく……俺だって、望んでいたんだしな。
「まだまだ、おかわりもたくさんありますからねっ」
「ああ」
こいつの……透の側に、いられることを。
[ END ]