▼ 2008/11/16(日) 【重要】高みでの独走――「コミックマーケット」見本誌図書館設立問題
コミケット75アピール「ごあいさつ」より。
今回の申し込みにおいて、コミケットが長期目標としている「同人誌図書館」の公開形態について、サークルの皆さんにアンケートを実施しました。その結果ですが、「誰でも利用可能:25%」「前提知識を持つ人に公開:61%」「研究目的のみ公開:10%」「反対:5%」となりました。今後については、このアンケート結果や、自由記述いただいた反対理由にも留意しつつ、さらに検討を深めていきたいと思います。
ただ、反対理由の中には「奥付の住所・氏名は『個人情報』である」、「限られた個人の趣味だから」、「サークルの売り上げが落ちる」という意見もありました。何を懸念されているか理解はできるのですが、一方で、自分が同人誌を発行していることの意味・責任について、今一度考えてほしいと思います。不特定多数に頒布を行う同人誌活動は決して 責任から放たれた「美味しいところ取り」ではありません。
また、図書館というのは、新しい出会い・発見の場でもあり、文化の蓄積の場でもあります。前回の繰り返しにはなりますが、社会から注目を受けるようになった同人誌の世界を、内部の論理だけで社会に納得させていくことは難しいことです。
ついにといいますか、やはりといいますか、同人誌図書館問題がついに「COMIC1」から「コミックマーケット」へとシフトしてきました。代表の一人が兼任しているこということで想像はつきましたが、こうも早急な行動に出るとは思わず驚いたというのが本音です。
《たどっていくべき順序――「COMIC1・コミックマーケット」見本誌明治大学寄贈問題》で書いた文の中に『おそらくこれから段階を踏んでサークル側にも働きかけていくことになるのでしょう』という風に書いたとおり、コミケ準備会はコミケ75の申し込みで図書館設立に関するアンケートを行いました。その結果が前出の「ごあいさつ」になるのですが、一部反対意見に対して『自分が同人誌を発行していることの意味・責任について、今一度考えてほしい』という、不明瞭な問いかけが行われました。
コミケが同人においての総本山のようなものというのは、確かに動かしようのない事実だと思います。しかし、あくまでも同人誌界の「一部」にコミケがあるのであって「全て」をコミケが占めているわけではありません。それに、同人の形態というのはジャンルごとどころか個人ごとにも違うわけで、考え方も本当に人それぞれです。
なのに、一部反対意見を一括りにした上で『同人誌を発行していることの意味・責任について、今一度考えてほしいと思います』と"同じ同人誌好きであったはずの人たち"から高みから見下ろしたような視線で言われましても、ただ戸惑うことしか出来ません。何故なら『同人誌を発行していることの意味』なんて、本当に人それぞれ違うはずなのですから。
作品の研究が高じて同人誌を作ろうと思った人がいる。
自分で考えた作品をどうしても形にしたいと思った人がいる。
特定作品が好きでたまらなくて同人誌を作ろうと思った人がいる。
友達が同人誌を作ろうって誘ってくれたからやろうと思った人がいる。
ショップで手に取った同人誌を見て自分も作りたいと思った人がいる。
原作ではさわり程度だったキャラ同士の恋愛シーンを見たいと思った人がいる。
終了した作品の続きを読みたくて自分でその続きを作ろうと思った人がいる。
ちょっと考えてみただけでもこれだけ出てきて、それぞれ考えていることも違うはずなのに、等しく「発行していることの意味」というものを突きつけた上で図書館の是非を問われましても、わけがわからず混乱する人だっているのではないでしょうか。同人に足を踏み入れたばかりの人や中高生には理解しがたいでしょうし、そもそも同人というものはそんなに敷居が高いものだったのでしょうか?
もし本当にサークルの協力を得た上で恒常的に公開をしたいのであれば、サークルに対して何らかのビジョンの提示があってから進められる話だと思うのですが、それらはようやくマンガ同人誌の保存と利活用に向けて −コミックマーケットの事例から−というWebページである程度公開されはしたものの、肝心のサークルに向けては前出のアンケートと「ごあいさつ」のみ。周知に足りうるものではありません。
また、恒常的な公開で付きものになるであろう「個人情報」問題も些細なことかのように扱っているのには苦笑いするばかりです。果たしてそれすらも「発行していることの責任」になるのでしょうか? こういった情報を一括して扱う場所を作るならば、起こりうる事態を最大限想定しておかないといけないはずだと思うのですが……
「図書館作りを進めよう」と思いついた人は一人もしくは数人でも、これまで数万人、数十万人、過去まで遡れば数百万人にも及ぶかもれしない人たちが様々な思いを携えて同人誌に関わってきたはずです。そして、その人達が向いていた方向は全員がバラバラ。それら色々な意見・思想を内包していくイベントだったはずだったコミケが、あらゆる前提をすっ飛ばして"同人活動に伴う責任"というものを突然突きつけて一つの方向に向かおうとしているのは残念でなりません。
準備会はこの「まず図書館作りありき」の動きを止める気はないようですが、これも「コミケは代替わりして、方針も変わった」と思うしかないのでしょうか。しかし、図書館での恒常的な公開に際し参加者の自由意志さえ奪われることになるのであれば、数えきれないほどの参加者が育て上げてきた場が「限られた人たち」の手で掌握されるということを意味するわけで、あまりにも先走りしすぎな行動と併せ、良き結末を迎えられるかどうか疑問に思います。
<2008.11.17 18:10 追記>
同人誌見本誌図書館に関する現状をまとめてみました。
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ただ、反対理由の中には「奥付の住所・氏名は『個人情報』である」、「限られた個人の趣味だから」、「サークルの売り上げが落ちる」という意見もありました。何を懸念されているか理解はできるのですが、一方で、自分が同人誌を発行していることの意味・責任について、今一度考えてほしいと思います。不特定多数に頒布を行う同人誌活動は決して 責任から放たれた「美味しいところ取り」ではありません。
また、図書館というのは、新しい出会い・発見の場でもあり、文化の蓄積の場でもあります。前回の繰り返しにはなりますが、社会から注目を受けるようになった同人誌の世界を、内部の論理だけで社会に納得させていくことは難しいことです。
ついにといいますか、やはりといいますか、同人誌図書館問題がついに「COMIC1」から「コミックマーケット」へとシフトしてきました。代表の一人が兼任しているこということで想像はつきましたが、こうも早急な行動に出るとは思わず驚いたというのが本音です。
《たどっていくべき順序――「COMIC1・コミックマーケット」見本誌明治大学寄贈問題》で書いた文の中に『おそらくこれから段階を踏んでサークル側にも働きかけていくことになるのでしょう』という風に書いたとおり、コミケ準備会はコミケ75の申し込みで図書館設立に関するアンケートを行いました。その結果が前出の「ごあいさつ」になるのですが、一部反対意見に対して『自分が同人誌を発行していることの意味・責任について、今一度考えてほしい』という、不明瞭な問いかけが行われました。
コミケが同人においての総本山のようなものというのは、確かに動かしようのない事実だと思います。しかし、あくまでも同人誌界の「一部」にコミケがあるのであって「全て」をコミケが占めているわけではありません。それに、同人の形態というのはジャンルごとどころか個人ごとにも違うわけで、考え方も本当に人それぞれです。
なのに、一部反対意見を一括りにした上で『同人誌を発行していることの意味・責任について、今一度考えてほしいと思います』と"同じ同人誌好きであったはずの人たち"から高みから見下ろしたような視線で言われましても、ただ戸惑うことしか出来ません。何故なら『同人誌を発行していることの意味』なんて、本当に人それぞれ違うはずなのですから。
作品の研究が高じて同人誌を作ろうと思った人がいる。
自分で考えた作品をどうしても形にしたいと思った人がいる。
特定作品が好きでたまらなくて同人誌を作ろうと思った人がいる。
友達が同人誌を作ろうって誘ってくれたからやろうと思った人がいる。
ショップで手に取った同人誌を見て自分も作りたいと思った人がいる。
原作ではさわり程度だったキャラ同士の恋愛シーンを見たいと思った人がいる。
終了した作品の続きを読みたくて自分でその続きを作ろうと思った人がいる。
ちょっと考えてみただけでもこれだけ出てきて、それぞれ考えていることも違うはずなのに、等しく「発行していることの意味」というものを突きつけた上で図書館の是非を問われましても、わけがわからず混乱する人だっているのではないでしょうか。同人に足を踏み入れたばかりの人や中高生には理解しがたいでしょうし、そもそも同人というものはそんなに敷居が高いものだったのでしょうか?
もし本当にサークルの協力を得た上で恒常的に公開をしたいのであれば、サークルに対して何らかのビジョンの提示があってから進められる話だと思うのですが、それらはようやくマンガ同人誌の保存と利活用に向けて −コミックマーケットの事例から−というWebページである程度公開されはしたものの、肝心のサークルに向けては前出のアンケートと「ごあいさつ」のみ。周知に足りうるものではありません。
また、恒常的な公開で付きものになるであろう「個人情報」問題も些細なことかのように扱っているのには苦笑いするばかりです。果たしてそれすらも「発行していることの責任」になるのでしょうか? こういった情報を一括して扱う場所を作るならば、起こりうる事態を最大限想定しておかないといけないはずだと思うのですが……
「図書館作りを進めよう」と思いついた人は一人もしくは数人でも、これまで数万人、数十万人、過去まで遡れば数百万人にも及ぶかもれしない人たちが様々な思いを携えて同人誌に関わってきたはずです。そして、その人達が向いていた方向は全員がバラバラ。それら色々な意見・思想を内包していくイベントだったはずだったコミケが、あらゆる前提をすっ飛ばして"同人活動に伴う責任"というものを突然突きつけて一つの方向に向かおうとしているのは残念でなりません。
準備会はこの「まず図書館作りありき」の動きを止める気はないようですが、これも「コミケは代替わりして、方針も変わった」と思うしかないのでしょうか。しかし、図書館での恒常的な公開に際し参加者の自由意志さえ奪われることになるのであれば、数えきれないほどの参加者が育て上げてきた場が「限られた人たち」の手で掌握されるということを意味するわけで、あまりにも先走りしすぎな行動と併せ、良き結末を迎えられるかどうか疑問に思います。
<2008.11.17 18:10 追記>
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やはりコミケの図書館に反対意見が
今日の言わせれ11月6日に取り上げた同人誌図書館の件で、やはり反対意見というか反発する意見が出始めてますね。6日のエントリで書きましたが、個人情報の価値が図書館の構想が出た当時より重くなってきた以上、予想されてしかるべきものではあります。

# itit 2008年11月21日(金) 午後0時10分
はじめまして
「同人誌を発行していることの意味・責任」についてですが、私自身はどこの誰に対しても胸を張っていられるようにという思いで同人誌を作っていたので、今回のアピールに関してはそれほど違和感を感じませんでした。
そもそも自分の感情を形にして表現するということは、それほどハードルが低い行為だとは思えません。
身内にだけ配ってそれで終り、と考えていたとすれば少し感覚が甘いのではと感じます。
特に昨今のコミケの巨大さから考えれば、趣味を共有していない人に冷やかし半分に作品を観られる可能性も想像に難しくないはずです。
以上の理由で、私としては単純に見られたくないというだけで同人誌図書館に反対するというのは如何なものかと思っています。
ただし、もっと具体的に起こりうる弊害に関しては活発に意見を出すべきだし、準備会も慎重に検討するべきだと思っています。
おそらく最終的には現在保管されている見本誌を公開できるものと非公開のものに仕分ける作業になると予想できますので、反対理由に関してはやはり具体例を挙げるのが一番効果的なのだと思います。
# abc 2008年11月22日(土) 午後10時21分
そもそも論として、見本誌は図書館を作る為に
集められたのか?
過去の開催されたコミケすべてで、すべてのサークルに
そういうことが周知されて、文章で明示されていない
可能性があるのに、図書館をつくる目的に見本誌を
活用して法律的に問題がないのでしょうか?
法治国家日本において今回の準備会の行動は
問題行動だと思います。