クレヨンしんちゃん
嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲

− 子供も、大人も −

 4月29日、午後2時。隣町のM駅前。
 昼飯を食べに来ただけのはずのウチは、その昼飯代を握りしめ、何故か映画館の前に立ってました。
 子供連れが目立つ中、ラフな格好のデカブツが一人。A館は「クレヨンしんちゃん」、そしてB館は「名探偵コナン」。行列がだんだん進んでいき、窓口に立ったウチは一言。
「クレヨンしんちゃん、大人1枚」

 というわけで、先週の予告どおりに映画館へ「クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲」を見に行って来ました。最初は平日の空いてる時間帯に行こうかなと思ったのですが、ちょっと考えてみて、あえて子供が多くいる日曜の午後の時間帯に足を運んでみることにしました。このほうが、子供たちと一緒に楽しめますし。
 座席はすぐに超満員。客席だけでは足らず、階段や後ろのスペースまでぎっしりと親子連れで埋め尽くされてました。

− あらすじ −

「太陽の塔」(大阪万博でのシンボルマーク)のドアップで幕が開けた物語は、春日部に建設された「21世紀博」というテーマパークで野原一家が遊んでいるところから始まります。
 楽しく遊んでいるみさえ・ひろしの二人に対し、まるで置き去りにされているようなしんのすけとひまわり。さらには他の大人たちも子供そっちのけで遊び始め、その子供たちはますます疎外されていきます。
 そして、やがて大人たちは21世紀博に行ったまま帰ってこなくなり、子供たちは荒れた街に放り出されてしまうのですが、その子供たちも、21世紀博を操っている組織によってさらわれてしまいます。
 その組織の名は「イエスタデイ・ワンス・モア」明るいはずだった21世紀の「現実の臭さ」に耐えられないケンとチャコは、21世紀になるのとともに、日本を20世紀の「古き良き頃」に戻そうとしていたのです。
 次々と子供たちが狩られていく中、しんのすけ率いる「かすかべ防衛隊」は、21世紀博に戦いを挑みます。
「懐かしいって、そんなにいいものなのかなぁ」という言葉とともに……


− 癒し系・懐古主義をぶっ飛ばせ! −

 えーっと。
 まず、見て一言。
 参りました。
 無条件降伏です。
 あまり前情報も入れずに臨んでみたのですが、大成功。
 とにかく、見てみることをおすすめします。
 いや、見たほうがいいです。
 というか、見なきゃ損です。
 てーか、見てください。お願いですから。
#特に「クレヨンしんちゃん」が嫌いな人&子供向けだと思ってる人。

 いや、反則ですよ。マジで。
 普段ならギャグで済んでしまうあるシーンが、そのまま直球ストレートの涙腺決壊シーンになってるんですから。
 そのギャグで、ひろしが「イエスタデイ・ワンス・モア」の洗脳から解けるのですが、その間の回想シーンでもうボロボロ。父親の背中を見ているひろしと、そのひろしの背中を見ているしんのすけの姿には、小さい頃の自分を重ねてしまいましたもん。
 父親の背中というのは子供にとって絶対のもので、小さい頃にその大きい背中を見続けていた子供にとって、その「絶対のもの」である父親の涙というのは、果てしなくショックを受けるものです。
 どういうシーンだったかは激しくネタばらしになってしまうので言いませんが、さらにその中にある、子供時代のひろしとしんのすけの邂逅。その後の「真実の現実」のシーンは、心にストレートに来ました。
 その「過去」を振り切った後。ボロボロになりながらも未来を取り戻しに行く、野原一家の姿もまた良かったです。ここもネタバレでほとんど言えません。けど、ただ二つ、まず子供に対して「今を大事に生きて、未来を作れ」。そして、大人たちに対して「昔を振り返りすぎずに未来を見据えて、子供たちの未来のための道を作れ」というメッセージがあったということだけは言えます。
 もちろん、他にもしんちゃんお得意のギャグもあるのですが、そのギャグを涙に変えてしまうとは……まさに、原監督恐るべしです。
 幕が閉まる頃には、あちこちからすすり泣きが。隣に座っていた4〜50歳ぐらいの父親は、子供から目を背けながら鼻をずずっと鳴らしているほどでした。ウチ自身も、ハンカチに頼りっぱなしでしたし……

 帰り道、ちょっと寄り道して、17年前……4歳まで住んでいた町に立ち寄ってみました。
 昔のそこは、文化住宅が建ち並び、そこら中に原っぱがあって、水をたたえた田んぼがあって、小さな商店街がにぎわっていて……でも、今では外環高速道路が通り、建て売り住宅が建ち並び、整備された公園のために田んぼは埋め立てられ、近所の大型スーパーマーケットの存在で商店街は廃れ、昔の面影などそこにはありませんでした。
 もう、20世紀ではないんです。
 確かにそこは、昔と同じはずの町。でも、21世紀という時代を現在進行形で進んでいるのです。
 昔を振り返ることなんて、人にはできても、「もの」にはできるわけありません。例え昔のものを復刻したとしても、それはあくまで「21世紀の現在進行形の中で作り直したもの」なのですから。
 たとえ振り返って逆に行こうとしても、それは未来を捨てるだけ。思い出はただの思い出でしかない。この作品での秘密結社「イエスタデイ・ワンス・モア」の二人、ケンとチャコは、未来を捨て現在をリセットしようとしましたが、未来を捨てたくないしんのすけたちによって過去の呪縛から抜けだし、今度は過去を大事にしつつ「自分たちだけの未来」を探しに行く……そこに、思い出というぬるい温もりに逃げずに、厳しく冷たくても現実を生きて、明日を作るんだという、静かだけど激しく、強いメッセージを感じ取りました。
 いろいろ、反省することしきりです。

 この映画の最後近くに、ある曲が流れてきます。

 ――わたしは今日まで生きてみました
 ――ときには誰かの力を借りて
 ――ときには誰かにしがみついて
 ――わたしは今日まで生きてみました
 ――そして今 わたしは思っています
 ――明日からもこうして生きていくだろうと


 吉田拓郎の「今日までそして明日から」。
 子供から大人へなるときに、いくつも受け継がれていくメッセージ。
 大人の力を借りて育ってきたら、今度は生まれてきた子供のために力を貸して、明日を生きる力を育ててあげるんだ。
 ラストの光景を見ながら、ウチはそう感じました。
 あー、もう、クサいセリフだけど、いいや。言っちゃいます。
「親父、おふくろ、ありがと」って。

 あるワンシーンを思い出すたびに涙腺がゆるくなり、服の袖で瞼をぬぐうこと幾度。ちょっと時間を置いて考えてみたのですが、この映画では「誰かが死ぬ」とか「誰かが犠牲になる」という「泣かせの定番」が一つもないんですよ。むしろギャグに泣かされるって……友人たちも、やっぱりそのシーンでキたそうで。「男の勲章」を、馬鹿にしてはいけないのですな。そういう点で、スタッフのすごさを感じます。
 説教臭くないし、ぐぐっと引きつけられるし……こういう作品作りには、感服することしきりです。

 断言できます。
 この作品、とんでもない傑作です。
 アニメとしてだけではなく、映画としても「年代を代表する傑作」の部類に、間違いなく入るんじゃないでしょうか。
 帰りがけ、子供連れの父親が「また来週見に来ようか」と、赤く腫れた目で子供に笑いかけていたのを見たとき、確信しました。
 子供だけでなく、子供から団塊の世代まで、見てみて絶対損はない作品です。


「クレヨンしんちゃん」という作品を作った、原恵一監督をはじめとしたスタッフ、矢島晶子さんをはじめとしたキャストの方々。本当にありがとうございました。
 心より感謝いたします。

< 追記 >
 このレビューを書いてから1ヶ月経ちましたが、上映終了まで、結局通算6回この映画を見ることができました。
・東武松原シネマ(5回)
・AMCイクスピアリ舞浜
 1回1回見ていく中で、その前まではしっかり見えなかったものが1つずつ霞みが取れていくような感じで見えていき、その度にやはり感動してしまいました。
 まず、セリフ一つ一つに行き届いた原監督の細かい気配りがいい感じです。
 特にそれを感じたのは、ラストシーン付近にあるしんのすけの「ずるいゾ!」というセリフ。ケンとチャコが●●しようとしたときに発した言葉なのですが、実はしんのすけが勘違いして叫んだ言葉でした。しかし、この言葉はストレートに「過去を美化して未来から逃げるのがずるい」と取れるほど、鋭い言葉でした。大人であるひろしやみさえが言っていたらきっとどっちらけになっていたでしょうが、子供のしんのすけが言ったのには本当にドキッとさせられました。
 これをはじめとして、死とかそういう「ギミック」を使わずに、うまく心の琴線に触れるようなセリフが多い……それがこの「クレヨンしんちゃん」という映画なのかもしれません。
 そして、劇伴音楽の使い方も心ニクイですね。最後の「今日まで そして明日から」(吉田拓郎)と「元気でいてね」(こばやしさちこ)の連携はもちろんのこと、クライマックスシーン(しんのすけのタワーでの疾走シーン)のBGMは思いっきりやられました。弦中心のドライブした音楽が心に迫ってくるというか、ひろしが「俺の人生はつまらなくなんかない!」とケンとチャコの野望を(わずかながら)阻止するシーンから、みさえがオトナ帝国の警備員に身体を張ってタックルするシーン、そしてしんのすけが鼻血を出し転びながらもタワーの頂上へと疾走していくシーンでの「音楽」の連携……いきなりクライマックスへと持っていかず、一つ一つ過程を踏みながら最後のクライマックスへと繋げていくという曲作りには、本当に参りました。

 6回見ただけの価値は十分にありました。これは劇場で見るからこそ楽しめる映画です。
 満員の映画館でエンディングテーマ後に巻き起こった拍手と、「あのシーン」で聞こえたすすり泣きが、今でも耳に残って消えません。アニメ映画でこんなに鳥肌が立って身体が震えた映画なんて、今まで見たことがない。この時期、この映画の公開に立ち会えて、ウチは本当に幸せ者です。
 半年後にはビデオも出ると思うのですが、その時には画質が劣化しないDVDで是非とも出してほしいものです。劣化せずに見れる環境が最近では十分揃ってきているので、バンダイビジュアルに頑張ってDVD化してほしいです。サントラだって、出たら買いますよ。

 この映画を何度も見て思ったこと。
 未来は子供と大人の連携なくして作れない。
 そういうことです。

 そして、最後に。
 マジでこの映画は見れ。

初出 4/29、30日記
改訂 5/15
追記 6/04

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