菊次郎の夏
監督:北野 武
主演:ビートたけし・関口雄介
ビデオ販売:バンダイビジュアル
公開時配給:日本ヘラルド
北野 武監督作品には、いくつかの共通点があります。
まず、バイオレンスシーンが多いということ。
次に「タケシ・ブルー」と呼ばれる、青を基調とした映像コントラスト。
「HANA−BI」でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した時も、この二つが作品の雰囲気を支配していました。
そして、次に製作されたのは、今回紹介する「菊次郎の夏」。
この映画では、前出のバイオレンスシーンなどは微塵もなく、それに取って代わって「優しさ」を配し、「タケシ・ブルー」をさらに強調した作品になっていました。
たくさん遊んで。すこーし泣いて。
主人公の少年・正男は祖母と二人暮らしのカギっ子。夏休みになると誰も遊んでくれなくて、ずっと独りぼっち。でも、豊橋にいる母の写真を見つけて「会いに行きたい」と思うようになる。
ある時、街を歩いていると不良にからまれる。そこに近所の中年夫婦がやってきて、正男を助け出す……と思いきや、今度は中年男が逆恐喝を。
妻は正男から事情を聴くと、中年男に2万円を渡して「一緒に豊橋へ行っておいで」と命じる。そこで素直に行くと思いきや、浅草のストリップや競輪場に正男を引っ張り出しては散財して、ついにはスッカラカン。結果、中年男と正男は様々なところを放浪してしまうことになった。
ヒッチハイクやイタズラで小銭を稼いだり、プールでみっともなく溺れたり、祭りを荒らしてテキ屋にボコボコにされたりと散々。果てには正男の母親がいるはずの家に行ってみると、そこには正男も知らない彼女の妻と子供がいたのだった。泣く正男に、中年男は落ち込みながらも慰める。最初はぶっきらぼうだった中年男も、正男とともに「母親に会いたい」と思っていたのだ。
やがて、道中で出会ったライダーや作家志望の放浪者とともにキャンプを始めることに。最初は落ち込んでいた正男も中年男も、彼らと遊ぶことで笑顔を取り戻した。
子供のように無邪気に遊んだ後、正男と中年男は皆と別れて東京に戻っていく。楽しい時間を過ごした正男は無邪気に笑うと、中年男に向かって「おじちゃんの名前、なんていうの?」と聞く。
中年男は「菊次郎だよっ、バカヤロー!」と言うと、笑いながら去っていった。
そして、正男も笑いながら元気に帰っていくのだった。
コメディアンと名監督
北野 武≠ビートたけしという図式は以前から言われてきましたが、この作品ではそれが顕著に現れていると思いました。
北野 武=「監督・脚本家」
ビートたけし=「コメディアン・俳優」
北野武は役者やエピソードを配する役で、ビートたけしはその上で喜んで踊る役。それはこれまでの「ソナチネ」や「HANA−BI」でも同じで、違うのは作品が向いているベクトルだけ。
この作品で「ビートたけし」は普段映画で見せなかったコメディアンとしての才能を十分に発揮し、「楽しませること」「笑わせること」をしっかりと実行していました。
そして、監督「北野 武」は俳優陣をしっかりと見据え、彼らに合った行動やセリフを逐一配していくといった仕事ぶりを見せてくれました。
この作品には、ビートキヨシやグレート義太夫、井手らっきょといったビートたけしになじみの深いコメディアンたちが出演しているのですが、その役というのがまさに「彼らでしかできない」と思える役どころ。彼らが持つ優しさと笑いの才能が、うまく作品にマッチしていたのではないかと思います。井手らっきょなんて「お笑いウルトラクイズ」ばりに全裸までやってましたからね……
Blue
やはり忘れられないのが「タケシ・ブルー」の存在です。
今回も、青を強調したコントラストや青色が多い場所というのを多用していたように見られます。海や川、そして空……田舎街を歩いていると、自然に目に飛び込んでくる「青」。特に「ソナチネ」や「HANA−BI」では、冷たく鋭い「青」が多かったのが、「菊次郎の夏」では、優しく包むような「青」が多かったです。
菊次郎がテキ屋にボコボコにされた後、正男が薬屋に行って菊次郎を介抱するシーンがあったのですが、その時もほんの少しだけ青っぽい照明が照らされていたのが、とても印象的でした。
そして、最後も「タケシ・ブルー」で幕を下ろすのですが……これは、やはり皆さんの目で見ていただきたいものです。
Summer
さて、この曲のテーマ曲である「Summer」という曲はご存じの方が多いと思われます。今は日産の自動車のCMで使用されていますし、昨夏は様々なテレビ番組でも流れていましたから。
この曲を作曲した久石 譲氏といえば、「風の谷のナウシカ」を始めとした宮崎駿作品で有名ですが、「キッズ・リターン」をはじめとした北野 武作品にも軒並み顔を出しています。
この耳馴染みのいい音楽が作品の特徴でもあり、また映像とばっちりマッチした選曲が、物語に一役買っていていいと思います。
夏の陽射しが漏れてくる木陰の下で、のんびりと景色を眺めている……「Summer」をじっくりと聴いていると、そんな情景が目に浮かんできます。
Return
「子供っぽさ」というのは、成長するにつれだんだん消えてしまいます。
ですが、この作品に出てくる大人たちはみんな「子供っぽい」大人たちです。
子供である正男と一緒に遊んでいるうちにそれはエスカレートし、全裸で「だるまさんがころんだ」をしたり、木で弓矢を作ったり、ターザンごっこをして肥溜めに突っ込んでしまったり……そのどれもが、とってもバカらしく、そして「懐かしい」と思えました。
「ああ、子供の頃はこういうことをよくやっていたな」と。
作品の始まりは浅草という都会の地ですが、作中の舞台のほとんどは田舎町。緑が多くて、田んぼや綺麗な川が流れているそこは、昔に回帰したような風景でした。
古ぼけたバス停の中で、菊次郎が「バスなんて来んのか、これ。30年前だぞ」と言うシーンがあるのですが、北野武が仕組んだようなそのセリフに思わずニヤリとしてしまいましたね。
「北野 武」……ひいては「ビートたけし」自身が昔に回帰したような、そんなセリフがなんだか嬉しかったです。
この作品はカンヌ国際映画祭でも受賞はしなかったものの、かなり高い評価を受けていました。ですが、やはり外国での感性と日本人の感性とは違うものがあるわけで、この懐かしさというのは日本人特有のものではないのでしょうか。
「映像美」としてもいい作品ではあるのですが、この作品では「触れあいの美しさ」がそれをさらに上回っていました。北野 武監督の「遊び」を、じっくりと見てみることをおすすめします。