同人ソフト温故知新 番外編Vol.5-2

- 制作者アンケートインタビュー その5
「MIX-BLOOD」中島享生さん -


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  制作者アンケートインタビュー「MIX-BLOOD」特集、お二人目は音楽担当の中島享生さんよりお返事が頂けました。中島さんは現在ゲーム音楽などで活躍されていて、近作としてはGBC版の「エストポリス伝記」を担当されています。

―― 中島さんが「MIX-BLOOD」というサークルで同人ソフトを制作されたきっかけはどういったものでしたか?
中島: 雑誌の同人サークルコーナーに、サウンドやります というハガキを出した事がきっかけです。
多数のサークルさんからお誘いを頂きましたが、ゲーム制作への意欲、北海道のサークルである という事が決め手で、MIX-BLOODへの参加を決めました。
 
―― 制作時に楽しかったことは何でしたか?
中島: 住んでいる地域がバラバラなので、普段はまるでメンバーに会えないのですが(当初高校生でしたし)、パソケ前日、グラフィック秋山氏の自宅に集まり、ソフト完成に向けて徹夜作業したのが印象深いですね。そんな事が新鮮だったんですねぇ…
あとはやはり、自分の作った音が、ゲームから鳴るのが一番の楽しみでした。
    
―― 制作時に大変なことは何でしたか?
中島: その後、私は東京へ出て来るのですが、打ち合わせの方法が電話しかなく、電話代が恐ろしいほど(特にリーダー浦さんが)かかってました。
今なら、ICQなりメールなり、安価なコミュニケーションの方法が幾つもあるので羨ましいですね。
 
―― 制作時の人数は何人でしたか?
中島: 私の参加によって、確か6人になったのではなかったかと…
   
―― 制作時の開発環境をお教え頂ければ幸いです。
中島: PC-8801MA2でした。今でも残ってます。そういや5"フロッピーも全部残ってますね。まだ読めるんだろうか。
   
―― 制作時に「これだけは絶対にしよう」「これだけは絶対やらないようにしよう」と決めていたことはありましたか?
 中島: パソケの開催日に間に合わせる為に、内容を犠牲にしない でしょうか。こればかりはリーダーじゃないと判らないかも。(リーダー以外は作業が遅かったという話も)
 
――  主に参加されていたイベントは何でしたか?
中島: ほぼパソケットのみ(コミケは未知の世界だったので)ですが、東京以外のパソケにも遠征していました。交通費と食事代が捻出されれば御の字で。
宇都宮で食ったタンメンは旨かったですよ。
   
―― ここ最近の同人ソフトの世界を見て、どう思われますか?
中島: すいません ほとんど知らないんです。
でも、開発環境がどんどん複雑・大規模になっていくのに、作り手がちゃんと付いて行ってるのはいい事ですね。
   
―― 今現在、制作されているもの(同人ソフトに限らず)、また今後制作を予定されているものは、どういったものがありますか?
中島: 個人的趣味で、FLASHコンテンツなど作っていきたいところです。
 
―― 最後に、あなたにとって、同人ソフトとはどういった存在でしたか?
中島: 田舎暮らしでは無縁だった、サークル活動。
やる気と情熱だけで始められる事。
小さい頃の、紙とハサミでの工作と、基本は同じなのかも。
 
―― その他、何かメッセージ・宣伝などがありましたらよろしくお願い致します。
中島: お金なんて、ちょっとでふわふわ。

 交通費と食事代が出れば御の字というのは、確かにありましたね。また、「紙とハサミでの工作と基本は同じ」という言葉には、そうだよなと頷かせて頂きました。
 突然の依頼にもかかわらず、お答え頂き誠にありがとうございました。

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